第322回のスポットライトリサーチは、東北大学多元物質科学研究所 (水上研究室)・小和田俊行 助教にお願いしました。
光で生体高分子を操作する技術は、生命科学研究を進展させる強力なツールになります。中でも細胞内タンパク質の連結技術は、その機能や局在にダイレクトな影響を与えることが出来ます。今回の紹介する研究では、生物工学(遺伝子操作)と化学(分子設計)の力を相乗的に活用するというアイデアから、新規タンパク質連結法の開発に成功しました。Angew. Chem. Int. Ed.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。
“Optical manipulation of subcellular protein translocation using a photoactivatable covalent labeling system”
Kowada, T.; Arai, K.; Yoshimura, A.; Matsui, T.; Kikuchi, K.; Mizukami, S. Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 11378.DOI:10.1002/anie.202016684
本研究の共同研究者でもあり、小和田さんと縁の深い水上進 教授・菊地和也 教授からともにコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
阪大時代に菊地研究室で共同研究を開始して10年以上が経ちます。5年前に私が東北大に移ったときに、米国留学から帰国して研究室の立ち上げに尽力してもらいました。研究室の要としてラボ内のほとんどの研究を牽引してもらっており、大変感謝しています。(水上)
阪大時代の大学院生の指導では、優しいながらも締めるところはピリッと対応していた姿が印象的です。特に有機合成のtipsの伝授はピカイチでしたが、今は細胞実験も自由にこなしているそうで、楽器演奏が得意である器用さが発揮されているのだと思います。最近はスリムになったようですが、家族持ちになってラーメン屋巡りの頻度は下がったのでしょうか?(菊地)
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
オプトジェネティクス(光遺伝学)は細胞の機能制御のみならず、生きている動物の行動や記憶の制御まで実現可能な光操作技術であり、近年爆発的に研究が進められています。Chem-Stationでも紹介記事が掲載されており、マウスの頭部にLED光源が埋め込まれている有名な写真を目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。最近ではヒトの失われた視覚の回復への有効性も示されるなど、オプトジェネティクスは世界的にも注目されている夢のある技術のひとつです。
今回我々は、遺伝子工学と合成小分子の力を合わせることによって、オプトジェネティクスを補完する蛋白質二量化の光操作技術の開発に成功しました。具体的には、光応答性蛋白質二量化剤CBHDの開発と、生細胞内で光照射依存的に2種のタグ蛋白質を共有結合で連結可能な系を構築しました。今回の研究の要素技術であるBL-tag技術は、本論文の責任著者である菊地先生と水上先生が独自に開発した共有結合性の蛋白質ラベル化技術です。今回、BL-tagのリガンドであるβラクタム系抗生物質のカルボキシ基に光解離性保護基(ケージド基)を導入することで、蛋白質ラベル化を光誘起できることを見出しました。CBHDはこのケージドBL-tagリガンドとHaloTagリガンド(市販化されている共有結合性の蛋白質ラベル化技術)から構成されています。それぞれのタグ蛋白質と蛍光蛋白質の融合蛋白質を発現させた細胞に対してCBHDを添加し光照射を行うことで、生細胞内で様々な細胞小器官への蛋白質の移行を制御できることが示されました。
我々が開発した手法では、共有結合性の蛋白質二量体を濃度非依存的に維持することが可能です。したがって、光照射の強度や時間を変えて蛋白質二量化の程度を制御することで、細胞内シグナル伝達の活性化の度合いを変え、さらに長時間維持することが可能になると期待されます。非共有結合性の相互作用を介して蛋白質二量体が形成されるオプトジェネティクスでは、多くの場合、光照射をやめると熱的に解離してしまうため、この点は本技術の優位な点だと考えています。また、現在は蛍光蛋白質を利用していますが、その代わりに二量化剤のリンカー部に蛍光色素を導入することで可視化と光制御を同時に行うことが可能だと考えられます。さらに、DMNPEとは異なる波長で切断できるケージド基や、酵素反応で開裂する官能基をリンカー部に導入することで、可逆的な光制御ならびに光活性化に続く内在性酵素の活性化のモニタリングが可能になると考えています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究は吉村博士(以後、吉村君)が卒業間近に取り組んでいたテーマなのですが、その当時はいくら検討しても生細胞内での蛋白質二量化を実現することができませんでした。その後、水上先生が東北大学で研究室を立ち上げた直後に配属された荒井君がこのテーマを引き継ぐことになるのですが、それでもすんなりとはいきませんでした。来る日も来る日も荒井君は二量化剤の濃度や光照射条件などを変えて検討したのですがうまくいきません。そこで、ふと思いつきで「HaloTagとBL-tagの局在場所を逆にしてみたら?」と提案したところ、荒井君があっさりと上図のような顕微鏡画像を持ってきて、その時は感動しました。その後はどの細胞小器官の組み合わせを試しても問題なく二量化が進行することがわかり、あっという間にデータが蓄積されていきました。閃きって大事ですね。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
一番苦労したのは吉村君の卒業後に荒井君が研究室に入ってきたので、シームレスにテーマを引き継ぐことができず、細かいノウハウが継承されなかったことです。幸いなことに、荒井君は学部時代に有機合成の技術を習得していたので二量化剤の合成とin vitro評価はあっという間に終えることができました。ただ、細胞培養と顕微鏡観察については研究室の立ち上げ直後ということもあり、一つずつ手探りで実験環境を整えて測定条件を決めていくしかありませんでした。
あとは、蛋白質の移行効率・速度が2種のタグ蛋白質の発現量や初期局在(膜に固定されているか、細胞質で自由拡散しているか)に大きく影響されることです。論文化の段階でそれらのパラメーターを変えながら様々条件検討したところ、実は吉村君が初期に取り組んでいた条件も少し変えるだけで二量化が進行することがわかりました。ある意味、荒井君が吉村君の実験結果を完璧に再現できていたことになるのですが、期待する結果が得られなかった時期は何が原因なのか見当もつかず大変でした。やはり様々な分子がひしめき合う細胞内での蛋白質と小分子の相互作用を頭で理解するのは未だに私には困難です。単純な思い付きが功を奏したのはラッキーでしたが、思いついたアイデアを試した人にしか掴めない幸運だと思うので、今後もあれこれ妄想しながら試していきたいです。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は有機合成化学の研究室出身で、分子の形と機能に魅力を感じています。特にアダマンタンやフルオレンは学部4回生の時に触れてから頭から離れません。いつか自分の手で、見る人の心を惹きつける分子を生み出し、「おもろいやん」と感じてもらえる研究を成し遂げたいです。最終的には、合成化学の力で生命科学の未解決課題を解き明かしていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最近はオンラインシンポジウムでいろんな研究分野の講演が気軽に聴けるので、学生の皆さんには積極的に自分とは異なる分野の研究に興味を持ってもらえたらと思います。自分が本当に好きなものを見つけるには、いろいろつまみ食いするのは良いことだと思っています。偉そうなことを言っていますが、これは自分の反省として、学生の時は生化学が苦手でろくに勉強してきませんでした。今となっては生命科学研究がとても楽しく感じているので、人生何があるかわかりません。
私はそうした異分野交流を促す場である「化学フロンティア研究会」を数名の先生方と共同で運営しています(月刊「化学」4月号を参照ください。宣伝ですいません)。最近何かとケムステを賑わせているコメディアンの古川さんもその一員で、大きな刺激をもらっています。それが参考になるかわかりませんが、学生の皆さんにも化学を語り合える仲間をたくさん作って研究を楽しんでもらえたらと思います。
研究者の略歴
小和田 俊行(こわだ としゆき)
東北大学多元物質科学研究所 水上研究室
略歴:
2005年3月 京都大学工学部工業化学科 卒業
2007年3月 京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻 博士前期課程修了(大江浩一 教授)
2010年3月 京都大学大学院工学研究科物質エネルギー化学専攻 博士後期課程修了(大江浩一 教授)
2010年4月~2011年3月 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任研究員(菊地和也 教授)
2011年4月~2014年9月 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 特任助教(菊地和也 教授)
2014年10月~2016年10月 米国スタンフォード大学 博士研究員(Jianghong Rao教授)
2016年11月~ 東北大学多元物質科学研究所 助教(水上 進 教授)