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化学者のつぶやき

フッフッフッフッフッ(F5)、これからはCF3からSF5にスルフィド(S)

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CF3基の代替として注目されるSF5基。それを導入可能なSF5化剤の簡便調製法が開発された。ジアゾ化合物に調製したSF5化剤であるSF5Clを作用させると、様々なSF5置換化合物への前駆体となるα-SF5カルボニル化合物が合成できる。

SF5置換化合物の合成法

 高い電子求引性と脂溶性を示す官能基の代表格はCF3基であり、医農薬や材料分野で活躍している。

現在、CF3基の代替として密かに注目を集めているのがSF5基である。SF5基はフッ素原子が四角錐状に配列した構造を有し、CF3基よりも高い電子求引性、脂溶性、嵩高さ、化学安定性を示す(図 1A)。

しかし、いまだ汎用されない理由に、SF5置換化合物の合成に課題があった。

CF3基は近年数多の新規反応が開発されCF3置換化合物の合成は容易となった。

一方で、SF5置換化合物の合成法は主に

(1)芳香族チオールや芳香族ジスルフィドのフッ素化反応、

(2)SF5化剤と不飽和炭化水素のラジカル付加反応の2つのみで発展途上にある(図 1B)[2]

特に(2)に関して、SF5化剤は市販されておらずその調製法も確立されていない。SF5化剤には反応性と安定性の観点からSF5Clが使われる。

SF5ClはSF4にオートクレーブ中でClFと反応させることで調製できるが、SF4の強い毒性、腐食性が問題となる(図 1C)。

そこで近年、SF4を用いないSF5Clの調製法が開発された。乾燥KF、硫黄粉末、Cl2をBr2存在下で反応させるとSF5Clが得られる(Winter法)[3]

さらに最近、気体のCl2やBr2を用いない方法も開発された。TFAを触媒としてMeCN中で乾燥KF、硫黄粉末、トリクロロイソシアヌル酸(TCCA)を反応させる (Togni法)[4]。しかし、Togni法は生成したSF5Clの収率や精製方法は示されていなかった。

 そこで今回、QingらはTogni法の改良を試み、調製したSF5Clを用いて、ジアゾ化合物のSF5化反応の開発に成功した(図 1D)。

 

図1 A. SF5基の化学的性質 B. SF5置換化合物の合成 C. SF5Clの合成法 D. 今回の反応

 

Chemoselective Hydro(Chloro)pentafluorosulfanylation of Diazo  Compounds with Pentafluorosulfanyl Chloride

Shou, J.-Y.; Xu, X.-H.; Qing, F.-L. Angew. Chem., Int. Ed. 2021, 60, 15271-15275.

DOI: 10.1002/anie.202103606

論文著者の紹介

研究者:Feng-Ling Qing
研究者の経歴:
–1990 Ph.D., Shanghai Institute of Organic Chemistry (SIOC), Chinese Academy of Sciences
1991–1992 Assistant, Shanghai Institute of Organic Chemistry
1992–1995 Postdoc, Wyth Research, New York, USA
1995–1999 Deputy Principal Investigator, Elemental Organic Laboratory, SIOC
1999–2009 Principal Investigator, Key Laboratory of Organofluorine Chemistry, SIOC
2000– Professor, Donghua University
研究内容:フッ素化合物の合成法, フッ素化合物のアルキル化反応, フッ素含有生理活性物質の合成

論文の概要

著者らはTogniらの条件を精査したところ、TFAは必須でなく「遮光」により、SF5Clを良好な収率で得られることを発見した(図 2A)。遮光しない場合、SF5Clの代わりにSO2F2やSOF2が生成する。また、調製したSF5Clはヘキサンで抽出可能で、ヘキサン溶液として室温で数ヶ月安定に保存できる。
続いて、α-SF5カルボニル化合物の合成を試みた。α-ジアゾケトン1aに、調製したSF5Clヘキサン溶液を作用させることで、α-クロロSF5ケトン2aBが得られると考えた(図 2B)。

しかし、Et3B触媒条件下反応させたが[5]、1aの分解が優先した。次に、単純にジクロロメタン中で1aにSF5Clを作用させたところ、SF5基が導入されたα-SF5ケトン2aAに加え、α-クロロケトン3が副生した。3は系中で生成した塩酸と1aが反応し副生したと考え、中和の目的で塩基を検討したところ、K3PO4を添加することで良好な収率で2aAを得ることに成功した。
推定反応機構を示す (図 2C左)。まず、SF5Clから微量に生じたSF5ラジカルとジアゾ化合物1が反応し、脱窒素を伴い中間体IM1となる。IM1は求電子性ラジカルであるため、求電子性のClをもつSF5Clと反応せず、代わりに、ヘキサンと反応してα-SF5カルボニル化合物2Aを与える。生成したヘキシルラジカルはSF5Clと反応して、クロロヘキサンとSF5ラジカルが生成する。
著者らは2Bを得るために、SF5Clの極性転換を図った(図 2C右)。

すなわち、遷移金属触媒(MXLn)とSF5Cl が反応することで、求核的なClをもつMXLnClが生じ、IM1と反応してα-クロロSF5カルボニル化合物2Bが得られると考えた(図 2C右)。

1aを用いて種々の触媒と配位子を検討したところ、Cu(MeCN)4PF6触媒、配位子L1とした場合、最も良好な収率でα-クロロSF5ケトン2aBを与えた。

本反応は、芳香環上に様々官能基をもつ(例:エステル1b、ハロゲン1c)ジアゾケトンのみならず、α-ジアゾエステル1dでも良好な収率で2A2Bを与えた(図 2D)。

 

図2 A. SF5Clの改良調製法 B. ジアゾ化合物1aとSF5Clの反応 C. 推定反応機構 D. 基質適用範囲の一部

 

以上、QingらはSF5化剤であるSF5Clの改良調製法を開発し、α-ジアゾカルボニル化合物からのα-SF5およびα-クロロSF5カルボニル化合物変換法を見いだした。これらSF5カルボニル化合物は医農薬品や材料の原料としての利用が期待できる。

 参考文献

  1. 宇部興産株式会社医薬事業部 UBE Aromatic SF5 Compounds, URL: https://www.ube.com/contents/jp/chemical/pharmaceutical/pdf/sf5-chemicais.pdf
  2. Savoie, P. R.; Welch, J. T. Preparation and Utility of Organic Pentafluorosulfanyl-Containing Compounds Chem. Rev. 2015, 115, 1130–1190. DOI: 1021/cr500336u
  3. Winter, R., Patent WO2009152385, December, 17, 2009.
  4. Pitts, C. R.; Santschi, N.; Togni, A., Patent WO2019229103, December, 5, 2019.
  5. Aït-Mohand, S.; Dolbier, W. R. New and Convenient Method for Incorporation of Pentafluorosulfanyl (SF5) Substituents Into Aliphatic Organic Compounds Org. Lett. 2002, 4, 3013–3015. DOI: 1021/ol026483o
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