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スポットライトリサーチ

血液検査による新しいがん診断方法の開発!

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第329回のスポットライトリサーチは、九州大学先導物質化学研究所で助教をされている龍崎 奏(りゅうざき そう)さんにお願いしました。

がんの診断、この技術を向上させることは安心な生活の観点から重要です。今回紹介いただける成果は、血中に存在する細胞から分泌されるエクソソームという微粒子の形状に注目して調べることで、がんの診断を可能にするかもしれない新技術です。着眼点がそもそも独創的ですが、液中微粒子の形状測定をアイデア溢れる方法で実現されている点が目を見張る、分析化学分野の素晴らしい成果です。 Analytical Chemistry誌に原著論文として公開されており、プレスリリースも公開されその他メディア(日経バイオテクがん+プラス)でも取り上げられています。

“Rapid Discrimination of Extracellular Vesicles by Shape Distribution Analysis”
Sou Ryuzaki*, Takao Yasui, Makusu Tsutsui, Kazumichi Yokota, Yuki Komoto, Piyawan Paisrisarn, Noritada Kaji, Daisuke Ito, Kaoru Tamada, Takahiro Ochiya, Masateru Taniguchi, Yoshinobu Baba*, and Tomoji Kawai*, Anal. Chem. 2021, 93, 7037–7044. DOI:10.1021/acs.analchem.1c00258

それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回の研究では、体液中に存在するエクソソームと呼ばれる生体粒子の形状分布が、がん診断の新しい指標として使える可能性を発見しました
エクソソームとは細胞から分泌される直径100 nm程の粒子で、血液や尿などの体液中に存在しています。これまで電子顕微鏡によって様々な形を有するエクソソームが観察されてきましたが、溶液中(体液中)に分散しているエクソソームの形状を計測する技術はありませんでした。今回、私たちは、独自に開発してきたナノポアデバイスと呼ばれる1粒子形状解析技術(図1)を用いることで、溶液中の肝がん細胞、乳がん細胞、大腸がん細胞由来のエクソソームの形状分布を計測することに成功し、さらにその形状分布がそれぞれ異なっていることを発見しました(図2)。例えば、肝がん細胞由来のエクソソームは球状粒子とラグビーボールのような楕円球状の粒子が混在していましたが、乳がん細胞由来のエクソソームは球状粒子のみでした。また、乳がん患者と健常者の血中エクソソームを比較したところ、異なった形状分布をしており、今回の実験では乳がん患者と健常者の識別が可能でした。今後、さらに様々なエクソソームを計測する必要がありますが、本研究により、体液中エクソソームの形状分布を調べることで体内のがんを検出し、さらにそのがんの種類も特定できる可能性が示唆されました。

図1. 1粒子形状解析ナノポアデバイスの概略図。粒子が分散した電解質溶液でデバイスを満たし、電気泳動で粒子をナノポア構造に通過させます。その際にナノポアを流れているイオン電流が粒子によって遮断されるため、ブロッキング電流が発生します。そのブロッキング電流を解析することで、ナノポア通過粒子の形状を見積もることができます。[S. Ryuzaki, et al., Nanotechnology 2017, 28, 155501.]

図2. エクソソーム形状解析の概略図。エクソソームのTEM像(左上)。エクソソームによるブロッキング電流(右上)。肝がん細胞、乳がん細胞、大腸がん細胞由来エクソソームの形状分布、および健常者と乳がん患者の血中エクソソームの形状分布(下)。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

今回の研究成果に繋がった一番重要な点は、独自に開発してきた1粒子形状解析技術を用いた点です。この技術開発は、前職の大阪大学にいた時に携わった仕事で、筒井准教授、谷口教授、川合特任教授の下で研究をさせて頂きました。その後、現在の九州大学先導物質化学研究所のナノバイオデバイス国際連携分野に着任したのですが、全く新しいことを始めるのではなく、この独自技術を活かしたバイオデバイスを開発したいと思い、今回の研究テーマに辿り着きました。質問の意図からは少し外れてしまいますが、ポスドクや特任助教などの若手研究者は、キャリアアップに伴い研究テーマが変わってしまうことが多いと思います。ですが、培った経験を可能な限り活かせる研究テーマを継続的に設定することが大切だと思います。過去の研究テーマを新しいラボに持ち込む事は色々と難しい点もありますが、そこに注力することは長い目でみたら無駄にはならないと思います。そういった意味で、「研究を遂行するための環境作り」は、工夫した点の1つかもしれません。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本研究の難しかった点は、大量のデータを正しく統計解析することでした。本実験では7種類のエクソソームを計測していますが、いずれの試料においても500個程のエクソソームを1粒子ずつ計測しています。そのため、約3500個の形状データが得られる訳ですが、これらのデータを手作業で解析することは困難です。そこで、LabVIEWなどのプログラムを用いて解析を行うのですが、図2に示すようにブロッキング電流は様々なシグナル形状を示していたため、全てのシグナルを正しく検出し、さらにそこから形状データへ変換するアルゴリズムを構築することが大きな課題でした。残念ながらこれを打破するためのブレイクスルーは特になく、地道にトライアンドエラーを繰り返す事で最終的にプログラムの作成に成功しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

ACSの雑誌を見ても明らかなように、ここ最近は物理、化学、生物の境界線が無くなってきています。さらに、どの分野にもデータサイエンスが活用されてきています。そのため、今後はいい意味で化学を意識する事なく、独創性の高い学際研究を行なっていきたいと考えています。また、今回の研究は工学よりの研究だったので、今後は理学よりの研究も行なっていきます。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

研究を行う上で、研究意義とその先に何があるのかを明確に意識することはとても大切だと思います。今回の研究は、「簡便な新しいがん診断方法の開発」といった分かりやすい研究テーマでしたが、今回の成果に辿り着くまでには細かい研究も行なっています。一連の研究の中で、それぞれの実験の位置付けを理解し、常に研究意義を意識することで最終的に纏まった成果に繋がっていくのだと思います。そして、その研究成果の先にどういった社会的効果が期待されるのか、それを深く考えることで研究の質が上がっていくように感じます。今後も自分が行なっている研究の意義や、その先に何があるのかを考え、初心を忘れずに研究を進めていきたいと思います。
最後になりますが、本研究を行うにあたり熱心にご指導頂きました、谷口正輝教授、馬場嘉信教授、川合知二招聘教授、そして共著者の皆様に厚く御礼申し上げます。

関連リンク

  1. プレスリリース:エクソソームの形状分布解析に成功 ~新しいがん診断指標として期待

研究者の略歴

名前:龍崎 奏(りゅうざき そう)

所属: 九州大学 先導物質化学研究所

専門: 物性物理、プラズモニクス、ナノバイオデバイス

略歴:
2007-2010:東京工業大学 原子核工学専攻 博士課程
2010-2011:University of Copenhagen, Nano-Science Center(Postdoc)
2012-2014:大阪大学 産業科学研究所(特任助教)
2014-現在:九州大学 先導物質化学研究所(助教)
2017-2021:JSTさきがけ(兼任)

spectol21

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ニューヨークでポスドクやってました。今は旧帝大JKJ。専門は超高速レーザー分光で、分子集合体の電子ダイナミクスや、有機固体と無機固体の境界、化学反応の実時間観測に特に興味を持っています。

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