ボロナート錯体を用いたラジカルアリール転位反応が開発された。本反応はホウ素から炭素へラジカルアリール転位させることを可能にした初めての例である。
ラジカルアリール転位反応とボロナート化学
ラジカルアリール転位反応は同一分子上に生じたラジカル中心がアリール基に付加し、スピロ環状の中間体を経由して、アリール基の位置を移動できる特徴的な反応である(図 1A)。これまで様々な原子(X = C, N, O, Siなど)から炭素へのアリール転位反応が知られるが、ホウ素からラジカルアリール転位する例はない。これは、今回の著者であるStuderらやAggarwalらが報告したように、ホウ素の空のp軌道と炭素ラジカルが相互作用しやすく、アリール転位よりもホウ素原子の転位が優先されるためである(図 1B左)[1]。
今回著者らはアリールボロナート錯体に着目した。ボロナート錯体は空のp軌道がなく、炭素ラジカルとアリール基が相互作用できると考えたためである(図 1B右)。ボロナート錯体のラジカル化学は近年報告例が増加している。例えば、著者ら、Aggarwalら、Renaudらによってラジカル-極性クロスオーバー反応を介したボロナート錯体の1,2-アリール転位反応が報告された(図 1C)[2]。これらの反応では、中間体にα-炭素ラジカルアニオンAが生じる。しかし、ラジカルアリール転位は起こらずに、Aが一電子移動で酸化されて双性イオン中間体Bを経由する極性機構型1,2-アリール転位が進行する。
今回、著者らは、遠位に炭素ラジカルを誘起することで、ボロナート錯体[3]のラジカルアリール転位反応を開発した(図 1D)。本手法は未達成であったホウ素から炭素へラジカルアリール転位させることを可能にした初めての例である。
“Radical Aryl Migration from Boron to Carbon”
Wang, D.; Mück-Lichtenfeld, C.; Daniliuc, C. G.; Studer, A. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 9320–9326.
DOI: 10.1021/jacs.1c04217
論文著者の紹介
研究者:Armido Studer
研究者の経歴:
1987–1991 Bachelor, ETH Zürich, Switzerland (Prof. D. Seebach)
1992–1995 PhD, ETH Zürich, Switzerland (Prof. D. Seebach)
1995–1996 Postdoc, University of Pittsburgh, USA (Prof. D. P. Curran)
1996–2000 Independent Researcher, Laboratory of Organic Chemistry, ETH Zürich, Switzerland
2000–2004 Associate Professor (C3), Philipps-Universität Marburg, Germany
2004–2009 Full Professor (C4), Organic-Chemistry Institute, WWU Münster, Germany
2009– Full Professor (W3), Organic-Chemistry Institute, WWU Münster, Germany
研究内容: ラジカル化学
論文の概要
著者らは、次のような作業仮説を立てた(図 2A)。まず、ボロン酸エステル1aとアリールリチウムからボロナート錯体2aを調製する。2aのアルケン部位に有機ラジカルが付加し炭素ラジカル3aとなる。この3aが分子内ラジカル1,5-アリール転位すればラジカルアニオン4aとなり、その後ハロアルカン(RX)との一電子移動反応により目的の化合物5aを与える、というラジカル連鎖反応である。反応開始となる有機ラジカルは、適切なハロアルカンの光照射による均等開裂で生成可能と考えた。
この仮説に基づき、著者らはEt2O中で1aとフェニルリチウムから2aを調製し、MeCN中2aとCF3Iを光照射下(365 nm)室温で反応させた(図 2B)。その結果、5aが収率71%で得られることがわかった。また、本反応は様々なアリールリチウムが適用できた。例えば、tert-ブチルフェニル(5b)、ナフタレン(5c)、ベンゾジオキソール(5d)、ベンゾチオフェン(5e)、キノリン(5f)体が合成できた。また、ボロン酸エステル1の基質適用範囲を調査したところ、2,2-ジアルキル体(1g,1h)、環状化合物(1i–1k)を用いても問題なく反応が進行した。不斉炭素中心をもつ1lや1mではジアステレオ選択的に対応する5を与えた。また、一炭素少ないボロン酸エステル1nを用いたところ低収率ではあるが、1,4-アリール転位も進行した。リン酸エステルをもつハロアルカンを用いた場合でも反応は進行し、5pを収率43%で与えた。
著者らは、DFT計算を用いて1,5-ラジカルアリール転位に関する詳細を研究した。その結果、本転位反応は椅子型の遷移状態を経由していることが示唆された(図 2A下)。これは、5lや5mがジアステレオ選択的に得られたことを合理的に説明できる結果である。
以上、著者らはアルケニル基をもつボロナートの1,5-ラジカルアリール転位反応を開発した。本反応はホウ素から炭素へのラジカルアリール転位を達成した初めての例である。本手法は、種々のアリールリチウムから容易にボロナート錯体を調製できるため、多様な含ホウ素ビルディングブロック合成法としての活躍が期待できる。
参考文献
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- Wang, D.; Mück-Lichtenfeld, C.; Studer, A. 1,n-Bisborylalkanes via Radical Boron Migration. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 9119−9123. DOI: 10.1021/jacs.0c03058