[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アレ?アレノン使えばノンラセミ化?!

[スポンサーリンク]

ラセミ化しないペプチド合成への新しいアプローチが誕生した。アレノンを縮合剤として用いると、対応するジペプチドを高収率で与える。本手法は液相および固相ポリペプチド合成にも応用できる。

ペプチド縮合剤の開発

1901年にFischerらがジペプチドを合成して以来、創薬や材料化学を中心としたファインケミカル分野におけるペプチドの需要性が高まり、その合成研究は飛躍的な発展を遂げてきた。最も一般的なペプチド合成法は、縮合剤を用いた活性エステル中間体を経由するa-アミノ酸同士のペプチド結合形成であり、これまでに様々な縮合剤が開発されてきた。

初めて汎用された縮合剤は、Sheehanらによって開発されたジシクロヘキシルカルボジイミドである(Figure 1A) [1]。その後StevensとMunkらは、ケテンイミンを縮合剤とするペプチド結合形成反応を報告した(Figure 1B) [2]。しかし、これらの手法は、オキサゾロン形成(Path A)あるいは、カルボニルα位の分子内脱プロトン化(Path B)により進行する生成物のラセミ化が問題であった[3]。後者については、縮合剤由来の塩基中心が作用して起こる。ラセミ化を抑制するため、オキサゾロンが形成され難い中間体を経由するHOBtやHOAt、Oxymaなどが開発され、信頼性の高い補助縮合剤として利用されている。

一方、最近江西師範大学のZhaoらはイナミドがラセミ化を伴わないペプチド合成に有用な縮合剤であることを報告した(Figure 1C)[4]。窒素原子上の電子求引基であるトシル基がイナミドの塩基性を抑え、ラセミ化を回避する。しかしイナミドの反応性が低く、固相ペプチド合成には適用できない。
Zhaoらは、活性エステル生成には求電子的なsp炭素が必要であること、活性エステルの塩基性を抑えることがラセミ化防止の鍵であることに着目した。その結果、今回sp炭素をもつアレノンを用いると塩基性部位を含まないa-カルボニルビニルエステル中間体を経由して、ラセミ化することなく種々のペプチドが得られることを見いだした(Figure 1D)。

Figure 1. (A) Sheehanらの反応 (B) Stevensらの反応 (C) Zhaoらの反応 (D) 今回の反応

 

“Allenone-Mediated Racemization/Epimerization-Free Peptide Bond Formation and Its Application in Peptide Synthesis”
Wang, Z.; Wang, X.; Wang, P.; Zhao, J. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 10374–10381.
DOI: 10.1021/jacs.1c04614

論文著者の紹介


研究者: Junfeng Zhao, 赵军锋 (Symform, 2019, PDF)
研究者の経歴:
1998–2001 B.S., Beijing Normal University
2002–2005 M.S., Central China Normal University (Prof. Mingwu Ding)
2005–2006 Ph. D. candidate, Chengdu Institute of Organic Chemistry (Prof. Liuzhu Gong)
2006–2010 Ph. D. Nanyang Technological University (Prof. Teckpeng Loh)
2010–2011 Postdoc, Nanyang Technological University (Prof. Chuanfa Liu)
2011–2013 Postdoc, University of Bonn (Prof. Michael Famulok) and University of Münster (Prof. Armido Studer)
2013–2014 Assistant Professor, University of Hong Kong (Prof. Dan Yang)
2014– Professor, Jiangxi Normal University

論文の概要

研究内容: 生物活性を有するペプチドやタンパク質、多環式化合物の合成および修飾法の開発
本反応は、a-カルボニルビニルエステル中間体合成とアミド縮合の2段階で進行する(Figure 2A)。著者らは、ジクロロエタン中、カルボン酸1とアレノン2を反応させると、1,4-付加と異性化のカスケード反応により良好な収率でα-カルボニルビニルエステル中間体3が得られることを見いだした。基質適用範囲は広く、脂肪族(1a)、芳香族(1b)、a,b-不飽和カルボン酸(1c and 1d)を用いたいずれの場合も良好な収率で対応する3a3dを与えた(Figure 2B)。続いてDMF中、3と種々のアミン4が反応することで対応するアミド5が得られた。このとき、嵩高いアミン(4a)や求核性の劣る芳香族アミン(4d)の反応では、触媒量のHOBtを加えることでそれぞれ5a5dが高収率で得られた。3の反応性が極めて高いことから、ワンポット反応でもアミドの収率はほとんど低下しない。
次に著者らは、本手法がペプチド合成にも適用できるかを検証した。その結果、種々の天然/非天然アミノ酸から対応するジペプチドがラセミ化することなく高収率で得られた(Figure 2C)。嵩高いN-メチルアミノ酸(5e)や、無保護のヒドロキシ基を有するトレオニンやセリン(5f and 5g)、無保護のアミノ基を有するトリプトファン(5h)をもつジペプチドも合成できる。さらに本手法は液相および固相のポリペプチド合成にも適用可能であることから、極めて実用性に富んだ反応といえる。

Figure2. (A) 反応経路 (B) アミド結合形成 (C) ペプチド結合形成

 

以上、アレノンを用いたペプチド結合形成反応が開発された。本手法は、ペプチド合成において最も厄介なラセミ化/エピメリ化を回避できる。今後、ペプチド医薬開発への貢献が期待される。

 参考文献

  1. Sheehan, J. C.; Hess, G. P. A New Method of Forming Peptide Bonds. J. Am. Chem. Soc. 1955, 77, 1067−1068. DOI: 10.1021/ja01609a099
  2. Stevens, C. L.; Munk, M. E. Nitrogen Analogs of Ketenes. V.1 Formation of the Peptide Bond. J. Am. Chem. Soc. 1958, 80, 4069−4071. DOI:10.1021/ja01548a060
  3. El-Faham, A.; Albericio, F. Peptide Coupling Reagents, More than a Letter Soup. Chem. Rev. 2011, 111, 6557−6602. DOI: 10.1021/cr100048w
  4. Hu, L.; Xu, S.; Zhao, Z.; Yang, Y.; Peng, Z.; Yang, M.; Wang,; Zhao, J. Ynamides as Racemization-Free Coupling Reagents for Amide and Peptide Synthesis. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 13135−13138. DOI: 10.1021/jacs.6b07230
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. MI×データ科学|オンライン|コース
  2. 多彩な蛍光を発する単一分子有機化合物をつくる
  3. いまさら聞けない、けど勉強したい 試薬の使い方  セミナー(全5…
  4. 生体外の環境でタンパクを守るランダムポリマーの設計
  5. 創薬人育成サマースクール2019(関東地区) ~くすりを創る研究…
  6. 【太陽HD】”世界一の技術”アルカリ現像…
  7. ラジカルと有機金属の反応を駆使した第3級アルキル鈴木―宮浦型カッ…
  8. 化学と株価

注目情報

ピックアップ記事

  1. アセタール還元によるエーテル合成 Ether Synthesis by Reduction of Acetal
  2. 2021年ノーベル化学賞ケムステ予想当選者発表!
  3. 光親和性標識 photoaffinity labeling (PAL)
  4. 人を器用にするDNAーナノ化学研究より
  5. 炭素をBNに置き換えると…
  6. 求電子的インドール:極性転換を利用したインドールの新たな反応性!
  7. 第42回「激動の時代を研究者として生きる」荘司長三教授
  8. 有機合成化学協会誌2022年2月号:有機触媒・ルイス酸触媒・近赤外光応答性ポルフィリン類縁色素・アリルパラジウム中間体・スルホン・ポリオキソメタレート
  9. SciFinder Future Leaders プログラム体験記 まとめ
  10. ひらめききらめく:/1 「創」のとき、夢の鼓動 /北海道

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年8月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

【ユシロ】新卒採用情報(2026卒)

ユシロは、創業以来80年間、“油”で「ものづくり」と「人々の暮らし」を支え続けている化学メーカーです…

Host-Guest相互作用を利用した世界初の自己修復材料”WIZARDシリーズ”

昨今、脱炭素社会への実現に向け、石油原料を主に使用している樹脂に対し、メンテナンス性の軽減や材料の長…

有機合成化学協会誌2025年4月号:リングサイズ発散・プベルル酸・イナミド・第5族遷移金属アルキリデン錯体・強発光性白金錯体

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年4月号がオンラインで公開されています!…

第57回若手ペプチド夏の勉強会

日時2025年8月3日(日)~8月5日(火) 合宿型勉強会会場三…

人工光合成の方法で有機合成反応を実現

第653回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 学際統合物質科学研究機構 野依特別研究室 (斎藤研…

乙卯研究所 2025年度下期 研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

次世代の二次元物質 遷移金属ダイカルコゲナイド

ムーアの法則の限界と二次元半導体現代の半導体デバイス産業では、作製時の低コスト化や動作速度向上、…

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー