第325回のスポットライトリサーチは、中央大学大学院 応用化学専攻 分光化学システム研究室(片山研究室)出身の海老原 誠さんにお願いしました。
片山研究室では、時空間分解分光やデータサイエンスを駆使して新しい分光分析手法を精力的に開発されています。
半導体光触媒を利用した水分解反応は近年劇的な発展が報告されており、人工光合成の実現に向けた注目が集まっています。天然の光合成システムを模倣した多段階光吸収を利用した光触媒(Zスキーム型光触媒)は特に注目されている系の一つですが、複数のコンポーネントが不均一に分布した複合系であり、微視的な反応メカニズムの解明は困難を極めていました。今回紹介する研究では、片山研が得意とする時空間分解分光とデータサイエンスの手法を組み合わせることで、活性サイトの分布を可視化する画期的な成果を上げられています。Nature Communications誌に原著論文として公開され、プレスリリースも公開されています。
Charge Carrier Mapping for Z-scheme Photocatalytic Water-Splitting Sheet via Categorization of Microscopic Time-resolved Image Sequences”
Makoto Ebihara, Takeshi Ikeda, Sayuri Okunaka, Hiromasa Tokudome, Kazunari Domen & Kenji Katayamae, Nature Communications 2021, 12, 3716. DOI:10.1038/s41467-021-24061-4
研究室を主催する片山建二教授からは、海老原さんと本成果について以下のようなコメントをいただいています。
海老原誠君は、学部4年生から、私の研究グループに参加しました。学業成績もよかったのですが、明朗・快活で何でもできる、という感じの学生でした。当時、JSTの研究で本研究成果にもつながった新しい計測装置+数理解析、今でいう計測インフォマティクスの研究にとりかかったころで、彼はそのど真ん中の研究テーマに協力して取り組んでもらいました。そのため、装置もなかなかできず、解析手法も決まらず、暗中模索のまま、2年が経過し、研究成果が出始めたのも、彼が修士2年になったころでした。装置・数理が定まってからは、次々と成果があがり、修士を終えるころには、この論文を含め、4報の報告、うち1つは表紙にも採用されました。この3年間はやることなすことすべて新しいことだったはずですが、前提なく素直に受け入れる彼の性格がいい方向に向かったと思います。また、この研究成果の肝になったデータからの気づきは、私も気づかなかったところで、彼がいなければたどりつけなかった成果です。PhDに進学してほしかったですが、「前提なく」、新しいものを受け入れながら、新しい道を見つけることにしたようです。彼の将来の活躍を期待しています。
それではインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
当研究室で開発してきた顕微鏡による測定と画像データの情報科学的処理手法を組み合わせて、光触媒水分解材料中の水分解反応における電荷輸送過程を可視化した研究です。
今回共同研究をさせていただいたTOTO株式会社と東京大学による人工光合成プロジェクトにおいて、水素発生光触媒と酸素発生光触媒を複合したZスキーム型光触媒と呼ばれる材料が開発され(図1)、安価で大量生産できるシート状の材料が高い水分解効率を示すことが知られています。しかし、従来水分解反応の性能は水分解効率や光電流効率で評価され、膜全体の平均的な性能評価しかできませんでした。特に今回の研究対象である複合的な材料の場合、単一材料の組成や膜の不均一性がµmのスケールで生じており、反応の活性・不活性点が存在していることは明らかですが、局所的な反応効率の違いを示す分析は困難でした。そこで本研究では、新たな光触媒水分解材料の性能評価方法として、当研究室で開発したパターン光照射時間分解位相差顕微鏡(PI-PM法)によって得られた時間分解画像中の各点での電荷信号を集めてビックデータとして、クラスタリングと呼ばれる電荷信号の類似性から電荷の種類を区別する手法(図2)を組み合わせることで光触媒水分解シート上の水分解反応の活性・不活性サイトを識別することに成功しました。(図3)この分析手法は、近年急速に進む大規模な光触媒パネルの実用化に向けた材料や設計プロセスの最適化に貢献することが期待されています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
結果の再現性が確実に取れていて、合理的な説明できるかということを強く意識して、研究を進めていきました。特に結果の再現性という点では、時間分解測定はサンプル界面に添加する測定溶媒の量や光学配置のわずかなズレなど、数多くの細かい実験条件を少し変えるだけでも信号強度が大きく変化してしまうデリケートな測定のため、信号が安定して得られる実験条件を何週間もかけて模索しました。朝早くから実験を始め、大学が閉まるギリギリまで測定室にこもり続けることもありましたが、納得のいく結果が初めて得られたときは、誰もいない研究室内で一人で喜んだことを覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
今回測定したZスキーム型複合材料の電荷輸送過程のメカニズムについて報告されている例がほとんどなかったため、この研究のメインの解析まで辿り着くための数々の測定が非常に大変でした。その中でもロジウムをドープしたチタン酸ストロンチウム(Rh:SrTiO3)のみが特異的な電荷応答の信号を示し、その考察に時間を要しました。先行研究から、Rh:SrTiO3はRhのドーピングによって特殊なバンド構造をしているため、光生成したプラスの電荷(ホール)が蓄積し、酸化されやすい材料であることが原因ではないかと思い、酸化反応を妨げるような溶媒を添加して測定を行ってみると、信号が大きく変化し、この電荷成分を特定できました。この研究では、今まで自分が培ってきた経験や知識に加え、あらゆる先行研究に目を通し、様々な視点から可能性を探ることで新しい発見にたどり着きました。この過程そのものが自分が学んできた研究の集大成であり、その論文が権威のあるNature Communications誌にアクセプトされたことは自分が取り組んできたことが報われた瞬間であり、非常に嬉しかったです。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
研究の進め方や思考力、自分の考えの伝え方など研究プロセスでは非常に多くのことを学びました。化学のみならず、どの分野においても柔軟な発想が提案できる仕事をしていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
いつも先生に言われていたことですが、「得られた結果に対して、偏見を持たずに純粋な目で解釈する」ということはこの研究において非常に重要でした。測定結果のわずかな違いを見逃さずに、自分の考えが主張できたことが、この研究の成功の鍵だったと思います。研究生活は上手くいかないことがほとんどだと思いますが、粘り強く、自分の仕事に誇りを持てるように日々コツコツと積み重ねていけば道は開けるはずです。
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研究者の略歴
名前:海老原 誠(えびはら まこと)
所属:中央大学大学院 応用化学専攻 分光化学システム研究室(片山研)(研究当時)
略歴: 2021年3月 中央大学大学院 応用化学専攻 修了