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化学者のつぶやき

π-アリルイリジウムに新たな光を

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可視光照射下でのイリジウム触媒によるアリルアルコールの不斉アリル位アルキル化が開発された

キラルな遷移金属触媒を光励起させる

キラルな遷移金属触媒を光励起させる手法は、不斉反応の新展開として近年注目を集める。本手法は極性反応では実現困難であった変換を可能とする点で有力である。2014年にMeggersらは、L-Ir1触媒の光励起により、2-アシルイミダゾールの不斉a位アルキル化に成功した(図1A)[1]。本報告を皮切りに、光励起させた遷移金属触媒のルイス酸性を利用する研究が盛んとなる[2]。また、2016年にPetersとFuらは本手法をカップリング反応に適用した(図1B) [3]。彼らは銅/(S)-L1触媒を光励起することで、三級アルキルクロリドとカルバゾール類との不斉カップリングを達成した[3]。しかし、カップリング反応への適用はこの1例のみであった。
本論文著者のMelchiorreらは、Carreiraらのイリジウム/(S)-L2触媒によるアリルアルコールの不斉アリル位アルキル化反応において、可視光を吸収するπ-アリルイリジウム種に着目した(図1B)[4]。この中間体を光励起させれば、新機構での不斉カップリング反応が進行すると考えた(図1C)。

図1. (A) 光励起に関する先行研究 (B) Carreiraらの不斉アリル位アルキル化反応(写真は論文より引用) (C) 本研究の着想

“Catalytic Asymmetric C–C Cross-Couplings Enabled by Photoexcitation”
Crisenza, G. E. M.; Faraone, A.; Gandolfo, E.; Mazzarella, D.; Melchiorre, P. Nat. Chem. 2021, 13, 575–580.
DOI: 10.1038/s41557-021-00683-5

論文著者の紹介


研究者:Paolo Melchiorre
研究者の経歴:
2000–2003                  Ph.D., University of Bologna, Italy (Prof. A. Umani-Ronchi and Prof. P. G. Cozzi)
2002                               Research Period, Åarhus University, Denmark (Prof. K. A. Jørgensen)
2003–2006                  Postdoc, University of Bologna (Prof. G. Bartoli)
2007–2009                  Assistant Professor, University of Bologna
2009–                             Professor and Senior group leader, Institute of Chemical Research of Catalonia (ICIQ), Spain
2018–                             Senior Tenured Scientist, Italian Institute of Technology (IIT), Italy
研究内容:可視光を用いる不斉触媒反応の開発及びその機構解明

論文の概要

Carreiraらの条件を参考に、ラセミ体のアリルアルコール1と1,4-ジヒドロピリジン(DHP)部位をもつラジカル前駆体2に対し、[Ir(cod)Cl]2/(S)-L2触媒存在下、トリフルオロ酢酸(TFA)を添加し、青色光を照射することで、高エナンチオ選択的にブランチ体3が得られた(図2A)。ブロモ基、アミノ基をもつフェニルアリルアルコールは高収率で3を与え(3a, 3b)、チエニル部位をもつ1を用いても反応は進行した(3c)。さらに、カルバゾールやインドールを有するラジカル前駆体2は高収率で対応する3を生成した(3d, 3e)。また抗HIV薬のエファビレンツ誘導体も低収率ながら、合成できた(3f)。
続いて、筆者らは反応機構解明を行った(図2B)。π-アリルイリジウム触媒存在下、1に代わり、ラジカル捕捉剤としてアリルスルホン4を添加したところ、2から生じたラジカルが4に捕捉された5が生成した。また、ラジカル開始剤(CAN)を添加し、遮光条件で反応させると3は痕跡量しか生成しなかった。これらの結果から、本反応機構において可視光照射下でのラジカルの生成が示唆された。
以上の反応機構解明により、次の反応機構が提唱された(図2C)。まずTFA存在下、イリジウムと(S)-L2から形成されるIr(I)錯体Aにアリルアルコールが酸化的付加し、π-アリルイリジウム錯体Bが生成する。Bの可視光励起により生じたC2と一電子移動(SET)を起こし、a-アミノラジカルとDを与える。これらがラジカル–メタルクロスオーバー[5]によりEを生成し、続く還元的脱離により3が得られる。なお、アリル位のエナンチオ選択性は還元的脱離の際に発現する。

図2. (A) 基質適用範囲 (B) 反応機構解明研究 (C) 推定反応機構

 

以上、励起状態のπ-アリルイリジウム種を触媒とする、C–C結合のカップリング反応が開発された。本報告を糧に、光励起された遷移金属触媒を用いる新たな不斉カップリング反応の開発に期待したい。

参考文献

  1. Huo, H.; Shen, X.; Wang, C.; Zhang, L.; Röse, P.; Chen, L.-A.; Harms, K.; Marsch, M.; Hilt, G.; Meggers, E. Asymmetric Photoredox Transition-Metal Catalysis Activated by Visible Light. Nature 2014, 515, 100–103. DOI: 1038/nature13892
  2. Jiang, C.; Chen, W.; Zheng, W.-H.; Lu, H. Advances in Asymmetric Visible-Light Photocatalysis, 2015–2019. Org. Biomol. Chem. 2019, 17, 8673–8689. DOI: 10.1039/c9ob01609k
  3. Kainz, Q. M.; Matier, C. D.; Bartoszewicz, A.; Zultanski, S. L.; Peters, J. C.; Fu, G. C. Asymmetric Copper-Catalyzed C-N Cross-Couplings Induced by Visible Light. Science 2016, 351, 681–684. DOI: 1126/science.aad8313
  4. Rössler, S. L.; Krautwald, S.; Carreira, E. M. Study of Intermediates in Iridium–(Phosphoramidite,Olefin)-Catalyzed Enantioselective Allylic Substitution. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 3603–3606. DOI: 10.1021/jacs.6b12421
  5. Leifert, D.; Studer, A. The Persistent Radical Effect in Organic Synthesis. Angew. Chem., Int. Ed. 2020, 59, 74–108. DOI: 10.1002/anie.201903726
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