[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

ピリジンの立体装飾でアルカロイドをつくる

[スポンサーリンク]

複雑テルペンアルカロイド 、アルテミシジンの全合成がわずか11工程で達成された。ピリジンの巧みな立体装飾(脱芳香族的付加環化反応)による、アルテミシジン類の主骨格構築と立体特異的な官能基導入が鍵である。

アデノシンーリン酸に類似したアルテミシジン類とその合成

天然にはDNAやRNAの構成単位であるヌクレオチドに類似した化合物(ヌクレオチド類似体)が存在する。例えば、モノテルペンアルカロイドであるアルテミシジン(altemicidin: 1)や類縁体SB-203207(2)とSB-203208(3)は(図1A)、アデノシン一リン酸(AMP: 4)と分子の大きさや電荷分布が類似する(図1B)[1, 2]。そのため、13はヌクレオチド類似体として逆転写酵素阻害剤などのリード化合物として注目される。

13は、極性官能基が密集したヘキサヒドロアザインデン骨格(図1 青色部分)をもち、合成難易度は高い。実際12の全合成が達成されているが、いずれも約30工程に及ぶ多段階合成であり[3]、創薬研究を加速させるためには、より効率的な13の合成法の開発が必要である。
13は生合成を模倣すると、イリドイド5の位置選択的な酸化によって合成できると考えられる(図1C左)。本論文の著者であるMaimone准教授は、生合成模倣型の骨格構築に続く酸化反応による高酸化セスキテルペン類の合成を得意とする[4]。しかし今回彼らは、1にテトラヒドロピリジンが“埋もれて”いることに着目し、古典的なピリジンの脱芳香族的官能基化によって構築できると考えた[5]

すなわち、酸化度が高いが、1-3の主骨格とすべての官能基を有する合成中間体6を選定し、1の合成を計画した(図1C右)。中間体6は、3-シアノピリジン(7)とオキシム誘導体の脱芳香族化を伴う付加環化によって合成できると考えた。

図1. A. アルテミシジン類 B. アルテミシジンとAMPの静電ポテンシャル図(一部論文より引用) C. 合成戦略

 

Dearomative Synthetic Entry into the Altemicidin Alkaloids
Harmange Magnani, C. S.; Maimone, T. J. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 7935–7939.
DOI: 10.1021/jacs.1c04147

論文著者の紹介


研究者:Thomas J. Maimone
研究者の経歴:
–2004 B.S. University of California, Berkeley, USA (Prof. Dirk Trauner)
2005–2009 Ph.D., The Scripps Research Institute, USA (Prof. Phil S. Baran)
2009–2012 Postdoc, Massachusetts Institute of Technology, USA (Prof. Stephen L. Buchwald)
2012–2018 Assistant Professor, University of California, Berkeley, USA
2018– Associate Professor, University of California, Berkeley, USA
研究内容:天然物の全合成

論文の概要

実際に、オキシム誘導体としてシリルエノールエーテル8を選択し、8を3-シアノピリジン(7)に付加した後に環化させることでヘキサヒドロアザインデン骨格の構築を試みた。

まず7からクロロギ酸フェニルとTMSOTfにより調製したピリジニウム塩に、8を作用させることで脱芳香族化体9を合成した。脱芳香族化体9をオキシム10に誘導後、加熱することで、立体特異的なニトロンの分子内1,3-双極子付加環化反応を進行させ、続くフェニルカルバメートの除去により望みの付加環化体6を得た。

つまり、”余分な酸素架橋部位”はオレフィンとの反応性の獲得と、第三級アミン部位の立体選択的な構築のために必要であった。本合成法により、単純なピリジン誘導体から5工程で、1の主骨格構築と第三級アミンの導入が可能となった。しかし、61へと導くためには”酸素架橋部位”、すなわち、オキシムエーテル部位のC–O結合とN–O結合の還元が必要であった。6をアセチル化した11を種々の還元条件に付したが、望みの還元体を得ることはできなかった。

検討の結果、11をメチル化した後に、Mo(CO)3(MeCN)3とNaBH3CNを作用させることで目的の還元が進行し、テトラヒドロピリジン12を得ることに成功した。最後に、12に種々の官能基変換を施すことで1を合成した。

以上、3-シアノピリジンの脱芳香族的官能基化と分子内双極付加環化による迅速なヘキサヒドロアザインデン骨格の構築を鍵反応として1の合成が11工程で達成された。

参考文献

  1. (a) Takahashi, A.; Kurasawa, S.; Ikeda, D.; Okami, Y.; Takeuchi, T. Altemicidin, a New Acaricidal and Antitumor Substance I. Taxonomy, Fermentation, Isolation and Physico-Chemical and Biological Properties. J. Antibiot. 1989, 42, 1556–1561. DOI: 10.7164/antibiotics.42.1556 (b) Takahashi, A.; Ikeda, D.; Nakamura, H.; Naganawa, H.; Kurasawa, S.; Okami, Y.; Takeuchi, T.; Iitaka, Y. Altemicidin, a New Acaricidal and Antitumor Substance II. Structural Determination. J. Antibiot. 1989, 42, 1562–1566. DOI: 10.7164/antibiotics.42.1562 (c) Takahashi, A.; Naganawa, H.; Ikeda, D.; Okami, Y. Structure Determination of Altemicidin by NMR Spectroscopic Analysis. Tetrahedron 1991, 47, 3621–3632. DOI: 10.1016/s0040-4020(01)80875-9
  2. Houge-Frydrych, C. S. V.; Gilpin, M. L.; Skett, P. W.; Tyler, J. W. SB-203207 and SB-203208, Two Novel Isoleucyl tRNA Synthetase Inhibitors from a Streptomyces Sp. J. Antibiot. 2000, 53 364–372, DOI: 10.7164/antibiotics.53.364
  3. (a) Kende, A. S.; Liu, K.; Brands, K. M. J. Total Synthesis of (-)-Altemicidin: A Novel Exploitation of the Potier-Polonovski Rearrangement. J. Am. Chem. Soc. 1995, 117, 10597–10598. DOI: 10.1021/ja00147a032 (b) Hirooka, Y.; Ikeuchi, K.; Kawamoto, Y.; Akao, Y.; Furuta, T.; Asakawa, T.; Inai, M.; Wakimoto, T.; Fukuyama, T.; Kan, T. Enantioselective Synthesis of SB-203207. Org. Lett. 2014, 16, 1646–1649. DOI: 10.1021/ol5002973
  4. (a) Hung, K.; Condakes, M. L.; Morikawa, T.; Maimone, T. J. Oxidative Entry into the Illicium Sesquiterpenes: Enantiospecific Synthesis of (+)-Pseudoanisatin. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 16616–16619. DOI: 10.1021/jacs.6b11739 (b) Condakes, M. L.; Hung, K.; Harwood, S. J.; Maimone, T. J. Total Syntheses of (−)-Majucin and (−)-Jiadifenoxolane A, Complex Majucin-Type Illicium Sesquiterpenes. J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 17783–17786. DOI: 10.1021/jacs.7b11493 (c) Hung, K.; Condakes, M. L.; Novaes, L. F. T.; Harwood, S. J.; Morikawa, T.; Yang, Z.; Maimone, T. J. Development of a Terpene Feedstock-Based Oxidative Synthetic Approach to the Illicium Sesquiterpenes. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 3083–3099. DOI: 10.1021/jacs.8b12247
  5. Huck, C. J.; Sarlah, D. Shaping Molecular Landscapes: Recent Advances, Opportunities, and Challenges in Dearomatization. Chem 2020, 6, 1589–1603. DOI: 10.1016/j.chempr.2020.06.015

著者に関するケムステ記事

Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. 文具に凝るといふことを化学者もしてみむとてするなり⑤:ショットノ…
  2. HTML vs PDF ~化学者と電子書籍(ジャーナル)
  3. 文献検索サイトをもっと便利に:X-MOLをレビュー
  4. CRISPRで薬剤分子-タンパク相互作用を解明する
  5. 試薬の構造式検索 ~便利な機能と使い方~
  6. 「炭素ナノリング」の大量合成と有機デバイス素子の作製に成功!
  7. 実験教育に最適!:鈴木ー宮浦クロスカップリング反応体験キット
  8. SPring-8って何?(初級編)

注目情報

ピックアップ記事

  1. 【マイクロ波化学(株) 石油化学/プラスチック業界向けウェビナー】 マイクロ波による新事業 石油化学・プラスチック業界のための脱炭素・電化ソリューション
  2. ベックマン転位 Beckmann Rearrangement
  3. 配位子保護金属クラスターを用いた近赤外―可視光変換
  4. DNAを人工的につくる-生体内での転写・翻訳に成功!
  5. 【超難問】幻のインドールアルカロイドの全合成【パズル】
  6. 米デュポンの7-9月期、ハリケーン被害などで最終赤字
  7. スポンジシリーズがアップデートされました。
  8. 世界の中心で成果を叫んだもの
  9. ローカル環境でPDFを作成する(Windows版)
  10. 光で分子の結合状態を変えることに成功

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年8月
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

注目情報

最新記事

中村 真紀 Maki NAKAMURA

中村真紀(Maki NAKAMURA 産業技術総合研究所)は、日本の化学者である。産業技術総合研究所…

フッ素が実現する高効率なレアメタルフリー水電解酸素生成触媒

第638回のスポットライトリサーチは、東京工業大学(現 東京科学大学) 理学院化学系 (前田研究室)…

【四国化成ホールディングス】新卒採用情報(2026卒)

◆求める人財像:『使命感にあふれ、自ら考え挑戦する人財』私たちが社員に求めるのは、「独創力」…

マイクロ波に少しでもご興味のある方へ まるっとマイクロ波セミナー 〜マイクロ波技術の基本からできることまで〜

プロセスの脱炭素化及び効率化のキーテクノロジーとして注目されている、電子レンジでおなじみの”マイクロ…

世界の技術進歩を支える四国化成の「独創力」

「独創力」を体現する四国化成の研究開発四国化成の開発部隊は、長年蓄積してきた有機…

四国化成ってどんな会社?

私たち四国化成ホールディングス株式会社は、企業理念「独創力」を掲げ、「有機合成技術」…

アザボリンはニ度異性化するっ!

1,2-アザボリンの光異性化により、ホウ素・窒素原子を含むベンズバレンの合成が達成された。本異性化は…

マティアス・クリストマン Mathias Christmann

マティアス・クリストマン(Mathias Christmann, 1972年10…

ケムステイブニングミキサー2025に参加しよう!

化学の研究者が1年に一度、一斉に集まる日本化学会春季年会。第105回となる今年は、3月26日(水…

有機合成化学協会誌2025年1月号:完全キャップ化メッセンジャーRNA・COVID-19経口治療薬・発光機能分子・感圧化学センサー・キュバンScaffold Editing

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2025年1月号がオンライン公開されています。…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー