[スポンサーリンク]

スポットライトリサーチ

フォトメカニカル有機結晶を紫外線照射、世界最速で剥離

[スポンサーリンク]

第321回のスポットライトリサーチは、大阪市立大学大学院工学研究科(小畠研究室)・玉置 将人さんにお願いしました。

分子レベルでエネルギーを力や動きへと変換する素子「分子アクチューエータ」は、未来的なナノロボットの部品になったりと諸々の応用が期待できます。これを光応答性の結晶性化合物で組みあげると「動く結晶」になりますが、大きさや応答速度を制御することは未だ困難です。本成果では、適切な応答を示す適切なサイズの結晶片を紫外光照射で剥離して製造できることを示しています。Cryst. Growth Des.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。

“Light-Driven Rapid Peeling of Photochromic Diarylethene Single Crystals”
Tamaoki, M.; Kitagawa, D.; Kobatake, S. Cryst. Growth Des. 2021, 21, 3093–3099.doi: 10.1021/acs.cgd.1c00270

それでは今回もインタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

光照射によって色が変化するフォトクロミック化合物からなる結晶に紫外線を照射すると、フォトメカニカル挙動という、結晶形状変化が起こります。このフォトメカニカル挙動は電気配線や回路を必要とせず、非接触で遠隔でも操作が可能なことから、次世代のアクチュエーターへの応用が期待されています。しかし、挙動速度は結晶サイズに依存するため、適切なサイズの結晶を作り分けることが課題とされていました。

本研究では、フォトクロミック化合物であるジアリールエテン1a(図1)の結晶に紫外線を照射すると、結晶から小さな結晶片が剥がれるように分離する挙動を発見しました(図2)。画像の下方から紫外線を数秒間照射したところ、紫外線照射面から結晶が剥離されました。剥離は開始してからおよそ175マイクロ秒で完了し、非常に高速で剥離が進行しました。

図1 本研究で使用したジアリールエテン

図2 結晶1aに紫外線を画像の下方から照射したときの剥離の様子(白黒のハイスピードカメラ画像)

また、剥離した結晶片を取り出し、可視光線をあて続け真っ直ぐにした後、紫外線を照射したときの結晶片の挙動を観察しました(図3)。すると、結晶片は0.5秒で高速屈曲を示し、剥離した結晶片は高速屈曲に適した結晶サイズであることが明らかになりました。このことから今回発見した剥離挙動は、高速屈曲を示すフォトアクチュエーター素子の新たな作製法を提案します。

図3 剥離した結晶片の光照射挙動

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

はじめて剥離挙動を目にした瞬間が、最も思い入れがあります。元々、分子スケールの変化によって結晶全体が動く点に魅力を感じ、フォトメカニカル挙動のテーマを担当しました。それを自らの手で実現できたときはとても感動しました。剥離挙動はほんの一瞬の出来事であり、それを撮影することは難しかったのですが、初めてハイスピードカメラでの撮影に成功したときは、嬉しさのあまり研究室のメンバーに動画を見せに回ったことを覚えています。(笑)

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

結晶の扱いに苦戦しました。私自身が不器用ということもあり、ミクロサイズの結晶の扱いに慣れるまでには多大な時間と労力を要しました。これを乗り越えることができたのは、完全に根性です。(笑)どれだけ腕がプルプル震えても、顕微鏡をのぞいて結晶を触ることを止めなかったことで慣れることができました。おかげで、今では研究室の学生の中で、一番結晶の扱いが上手な自信があります。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学は人々の生活を根底で支えている学問だと考えています。その化学によって、人々の生活を大きく支えるような材料・製品を開発したいです。自分で開発したモノが世界中で使われる、これほど研究者冥利に尽きることはありません。いつか私の研究が世界の役に立つ日を夢見て、化学と向き合っていきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

普段から拝見させていただいているChem-Station様に、スポットライトリサーチとして私の研究を取り上げていただき、大変光栄に思います。私は普段から、自身の研究テーマに対して愛着を持つことを大切にしています。実験がうまくいかないときもありますが、そんな一面も可愛がってあげられるような愛着を持つことで、研究は良い方向へ進むのではないかと考えています。深い愛を注ぎすぎてメンヘラにならない程度に、みなさんもぜひ愛着をもって研究を行ってみてください。

最後に私たちの研究室が運営しているYouTubeチャンネルを紹介させていただきます。このチャンネルでは、私たちが専攻している光化学の知識や、実験操作・装置の説明を、理系でなくても大学生でなくてもわかりやすいような内容で配信していく予定です。ぜひチャンネル登録をお願いします!(コバタケ研の実験ノート

研究者の略歴

名前:玉置 将人(たまおき まさと)
所属:大阪市立大学大学院工学研究科化学生物系専攻 小畠研究室
研究テーマ: ジアリールエテン単結晶による光誘起高速ピーリング
略歴:
2020年3月 大阪市立大学 工学部 化学バイオ工学科 卒業
2020年4月 大阪市立大学大学院 工学研究科 化学生物系専攻 前期博士課程 入学
現在 前期博士課程2年

Avatar photo

cosine

投稿者の記事一覧

博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

関連記事

  1. 初めての減圧蒸留
  2. 金属から出る光の色を利用し、食中毒の原因菌を迅速かつ同時に識別す…
  3. 「架橋ナノゲル」を応用したがんワクチンDDS
  4. 日化年会に参加しました:たまたま聞いたA講演より
  5. ベンゼン環を壊す“アレノフィル”
  6. 第99回日本化学会年会 付設展示会ケムステキャンペーン Part…
  7. 不斉カルボニル触媒で酵素模倣型不斉マンニッヒ反応
  8. 炭素繊維は鉄とアルミに勝るか? 2

注目情報

ピックアップ記事

  1. ヌノ・マウリド Nuno Maulide
  2. 生体共役反応 Bioconjugation
  3. TMSClを使ってチタンを再生!チタン触媒を用いたケトン合成
  4. 樹脂コンパウンド材料におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用とは?
  5. TBSの「未来の起源」が熱い!
  6. エーザイ、米国で抗てんかん剤「Banzel」(ルフィナミド)の小児適応の承認取得
  7. 電話番号のように文献を探すーRefPapers
  8. MEDCHEM NEWS 33-4 号「創薬人育成事業の活動報告」
  9. チアゾリジンチオン
  10. 第41回ケムステVシンポ「デジタル化社会における化学研究の多様性」を開催します!

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年7月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

モータータンパク質に匹敵する性能の人工分子モーターをつくる

第640回のスポットライトリサーチは、分子科学研究所・総合研究大学院大学(飯野グループ)原島崇徳さん…

マーフィー試薬 Marfey reagent

概要Marfey試薬(1-フルオロ-2,4-ジニトロフェニル-5-L-アラニンアミド、略称:FD…

UC Berkeley と Baker Hughes が提携して脱炭素材料研究所を設立

ポイント 今回新たに設立される研究所 Baker Hughes Institute for…

メトキシ基で転位をコントロール!Niduterpenoid Bの全合成

ナザロフ環化に続く二度の環拡大というカスケード反応により、多環式複雑天然物niduterpenoid…

金属酸化物ナノ粒子触媒の「水の酸化反応に対する駆動力」の実験的観測

第639回のスポットライトリサーチは、東京科学大学理学院化学系(前田研究室)の岡崎 めぐみ 助教にお…

【無料ウェビナー】粒子分散の最前線~評価法から処理技術まで徹底解説~(三洋貿易株式会社)

1.ウェビナー概要2025年2月26日から28日までの3日間にわたり開催される三…

第18回日本化学連合シンポジウム「社会実装を実現する化学人材創出における新たな視点」

日本化学連合ではシンポジウムを毎年2回開催しています。そのうち2025年3月4日開催のシンポジウムで…

理研の一般公開に参加してみた

bergです。去る2024年11月16日(土)、横浜市鶴見区にある、理化学研究所横浜キャンパスの一般…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー