[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

お望みの立体構造のジアミン、作ります。

[スポンサーリンク]

ヨウ素(I2)を触媒とする、アルケンの立体特異的ジアミノ化法が開発された。本手法は異なる立体化学のジアミンの簡便な作り分けを可能にした。

立体特異的な1,2-ジアミン合成

1,2-ジアミン構造は多くの医薬品や分子触媒の活性を担う骨格であるため、簡便かつ立体構造を制御したジアミン合成法の開発意義は大きい。最も直截的な1,2-ジアミン合成法としてアルケンのジアミノ化反応が知られるが、これまでの報告の多くは遷移金属[1]やアジド化剤[2]が必要もしくは立体の制御が困難であった[3]。遷移金属やアジド化剤を用いないアルケンに対する立体特異的なジアミノ化として、超原子価ヨウ素によるアンチジアミンの合成[5]やセレン触媒を用いるシンジアミンの合成[6]が報告されている(図 1A)。しかし、強力な酸化剤の使用や基質適用範囲が限られるなど、依然として改良の余地があった。
一方で、著者らは以前、銅やヨウ素分子を触媒としたクロラミン-Tを用いるアルケンのアジリジン化反応を報告している(図 1B)[6]。本論文ではクロラミン-Tをより電子不足なクロラミン-Nsにすることで、アジリジン化に続く開環反応を達成した。これはアルケンに対する立体特異的なジアミノ化反応である(図 1C)。また、同一分子内に2つの窒素原子をもつ分子を設計することで、同じ触媒系によるシン付加反応も報告している。これら同一触媒系の立体特異的な付加反応と適切な構造のアルケンを組み合わせることで、異なる立体構造の1,2-ジアミンの作り分けが可能となった。

図 1. (A) 立体特異的なジアミノ化反応、 (B) クロラミン類を用いたアジリジン化反応、(C) 今回の反応

 

“Diastereodivergent Intermolecular 1,2-Diamination of  Unactivated Alkenes Enabled by Iodine Catalysis”

Minakata, S.; Miwa, H.; Yamamoto, K.; Hirayama, A.; Okumura, S. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 4112–4118.

DOI: 10.1021/jacs.1c00228

論文著者の紹介


研究者: 南方 聖司
研究者の経歴:
1988–1993 Ph.D., Osaka University, Japan
1993–1995 Research Fellow, DIC Corporation, Japan
1995–1997  Assistant Professor, Osaka University, Japan
1997–2000 Visiting Researcher, California Institute of Technology, USA (Prof. Erick M. Carreira)
2000–2002  Lecturer, Osaka University, Japan
2002–2010 Associate Professor, Osaka University, Japan
2010–present  Professor, Osaka University, Japan
研究内容:二酸化炭素を活用した合成化学、ヘテロ環合成法開発

論文の概要

ヨウ素と次亜塩素酸ナトリウム存在下、アルケン1にノシルアミドを加えると立体特異的にジアミノ化反応が進行し、アンチジアミン2を与える(図 2A)。アルケンには、ピロリドン1aやインデン1bが利用でき、アルコールをもつ基質1cであっても高収率で対応する2が得られる。また、ノシルアミドの代わりにクロラミン-BBSをアルケン3と反応させると立体特異的にジアミノ化が進行し、スルファミド4が得られる。シン付加反応は五員環3aや七員環3bといった単純な環状アルケンに加えて、インドールのような複素環式化合物3cにも適用できる。
本反応の立体特異性は図2Bの推定反応機構で説明される。アンチ付加反応において、次亜塩素酸ナトリウムとノシルアミドより生じたクロラミン-Ns(I-i)とヨウ素が反応し、ヨウ化物イオンと中間体II-iが生成する。生じたII-iがアルケンに付加し、環状ヨードニウム中間体およびアミドアニオン中間体III-iを与える。このIII-iがヨードニウム中間体にSN2型で求核攻撃し、IV-iが生成する。続けて、ヨウ化物イオンがIV-iの塩素を引き抜き、生じたアミドアニオンが、ヨウ素をもつ炭素に求核攻撃することでアジリジン骨格(V-i)が形成される。V-iはクロラミン-Nsによる求核攻撃で容易に開環し、アンチ1,2-ジアミンが生成する。シン付加反応の場合はIV-iiとヨウ化物イオンから生じたアミドアニオンが、ヨウ素をもつ炭素に求核攻撃することでシン1,2-ジアミン(V-ii)を得る。IVからVへの変換の際に生じる一塩化ヨウ素とヨウ化ナトリウムはヨウ素と塩化ナトリウムとなり、触媒サイクルが完結する。一連の反応(求核攻撃、脱離、環化)は立体保持で進行するため、立体特異的にジアミノ化が進行する。また、アンチ/シン付加反応で得られた1,2-ジアミンの窒素ユニットは容易にアミノ基(–NH2)に誘導できる。

図 2. (A) 最適反応条件および基質適用範囲、(B) 推定反応機構

以上、ヨウ素を触媒とする、アルケンの立体特異的ジアミノ化法が開発された。この立体特異的ジアミノ化反応に適切な構造のアルケンを用いることで、異なる立体構造の1,2-ジアミンを作り分けが可能となった。本反応は1,2-ジアミン構造をもつ医薬品、分子触媒などの合成に応用でき、様々な分野に貢献しうる可能性を秘めている。

参考文献

  1. Zhu, Y.; Cornwall, R. G.; Du, H.; Zhao, B.; Shi, Y. Catalytic Diamination of Olefins via N–N Bond Activation. Acc.  Chem. Res. 2014, 47, 3665. DOI: 10.1021/ar500344t
  2. Yuan, Y.-A.; Lu, D.-F.; Chen, Y.-R.; Xu, H. Iron-Catalyzed Direct Diazidation for a Broad Range of Olefins. Angew. Chem., Int. Ed. 2016, 55, 534. DOI: 10.1002/anie.201507550
  3. Cai, C.-Y.; Shu, X.-M.; Xu, H.-C. Practical and Stereoselective Electrocatalytic 1,2-Diamination of Alkenes.Nat. Commun. 2019, 10, 4953. DOI: 10.1038/s41467-019-13024-5
  4. Souto, J. A.; González, Y.; Iglesias, A.; Zian, D.; Lishchynskyi, A.; Muñiz, Iodine (III) Promoted Intermolecular Diamination of Alkenes. Chem. Asian. J.  2012, 7, 1103. DOI: 10.1002/anie.201103077
  5. Tao, Z.; Gilbert, B. B.; Denmark, S. E. Catalytic, Enantioselective syn-Diamination of Alkenes. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 19161. DOI: 10.1021/jacs.9b11261
  6. Minakata, S. Utilization of N–X Bonds in the Synthesis of N-Heterocycles. Acc. Chem. Res. 2009, 42, 1172. DOI: 10.1021/ar900059r

他のジアミン合成法(ケムステ記事)

Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. Ru触媒で異なるアルキン同士をantiで付加させる
  2. プロトン共役電子移動を用いた半導体キャリア密度の精密制御
  3. みんなーフィラデルフィアに行きたいかー!
  4. 第21回次世代を担う有機化学シンポジウム
  5. 有機合成化学協会誌2020年10月号:ハロゲンダンス・Cpルテニ…
  6. 『Ph.D.』の起源をちょっと調べてみました① 概要編
  7. 物凄く狭い場所での化学
  8. 免疫/アレルギーーChemical Times特集より

注目情報

ピックアップ記事

  1. フィッツィンガー キノリン合成 Pfitzinger Quinoline Synthesis
  2. ケムステ新コンテンツ「化学地球儀」
  3. 超薄型、曲げられるMPU開発 セイコーエプソン
  4. 新たな特殊ペプチド合成を切り拓く「コドンボックスの人工分割」
  5. 第35回「金属錯体の分子間相互作用で切り拓く新しい光化学」長谷川美貴 教授
  6. 世界最高速度でCO₂からマルチカーボン化合物を合成~電気エネルギーを用いたCO₂の還元資源化~
  7. 酵素を模倣した鉄錯体触媒による水溶液中でのメタンからメタノールへの選択的な変換を達成!
  8. CAS番号の登録が1億個突破!
  9. キラルオキサゾリジノン
  10. 第41回―「クロム錯体のユニークな触媒活性と反応性を解明する」Klaus Theopold教授

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年7月
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

注目情報

最新記事

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

水を含み湿度に応答するラメラ構造ポリマー材料の開発

第651回のスポットライトリサーチは、京都大学大学院工学研究科(大内研究室)の堀池優貴 さんにお願い…

第57回有機金属若手の会 夏の学校

案内:今年度も、有機金属若手の会夏の学校を2泊3日の合宿形式で開催します。有機金…

高用量ビタミンB12がALSに治療効果を発揮する。しかし流通問題も。

2024年11月20日、エーザイ株式会社は、筋萎縮性側索硬化症用剤「ロゼバラミン…

第23回次世代を担う有機化学シンポジウム

「若手研究者が口頭発表する機会や自由闊達にディスカッションする場を増やし、若手の研究活動をエンカレッ…

ペロブスカイト太陽電池開発におけるマテリアルズ・インフォマティクスの活用

持続可能な社会の実現に向けて、太陽電池は太陽光発電における中心的な要素として注目…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー