第 326回のスポットライトリサーチは、早稲田大学理工学術院 山口潤一郎研究室 博士課程 3 年の 一色 遼大 さんにお願いしました。
一色さんの所属する山口研究室は、「分子をつなぐ」「分子をぶっ壊す」「革新的分子を創る」をテーマに掲げ、魅力的な反応や分子を次々に報告している非常にエネルギッシュな研究室です。一色さんは、グループが独自に開発した触媒を応用して新規かつ有用性の高いスルフィド合成法を確立し J. Am. Chem. Soc (JACS) 誌に報告しました。
Ni-Catalyzed Aryl Sulfide Synthesis through an Aryl Exchange Reaction
Isshiki, R.; Kurosawa, M. B.; Muto, K.; Yamaguchi, J.
J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 10333-10340.
DOI: 10.1021/jacs.1c04215
本反応はメディシナルケミストリーを専門としている筆者から見ても非常に興味深く、ぜひ使用してみたいと思いました。穏和かつ基質適用範囲の広い本反応は医薬品合成における終盤での修飾 (Late-Stage Functionalization) にもってこいであり、実際にインドメタシンやハロペリドールを誘導体化することに成功しています。
一色さんは 2021年7月現在、博士課程3年生でありながら、スポットライトリサーチへの登場は既に 2 回目となります。前回の第 260 回 SR「エステルからエステルをつくる」は D1 の時のお仕事で ACS catalysis に掲載されており、今回の記事は D2 のお仕事で、ともに化学分野の超一流誌への掲載となります。これほどの業績を年1ペースで産み出せる能力は、稀有というだけでは物足りないほどです。前回記事でも言及されているように、山口先生をして「何報目の論文かわからない」と言わしめており、羨ましい限り 今から仲良くしておきたい 一色さんはまさに有機化学界のホープ中のホープと言えるでしょう。研究室を主催されている山口潤一郎先生より、一色さんの人柄についてコメントをいただいております。
これ2回目ですよね?笑 ケムステ代表の研究室の学生だから取り上げられるんだと思われると困りますが、純粋にケムステスタッフからのご依頼です。なお、本企画は自己推薦もウェルカムであるため、ぜひ取り上げてほしい!と思ったらご一報ください。
さて、一色くんは早稲田での僕の研究室の1期生であり、研究生活を通じてこんな感じに化学を好きになり、成長してくれたらよいなと思う学生そのままです。少しぶっきらぼうなところはありますが、秘める化学への愛情は人一倍高く、自分の目標に向かって一心不乱に研究することができます。新型コロナ蔓延のため、彼の大好きな飲み会が全く開催されず、半分ぐらい良いところが失われていますが(僕も同じです)、高い研究遂行能力は変わらず、既に十数報彼と共著論文があります。間違いなく、活躍できる人材として輩出する予定ですので、これをご覧の先生方、ぜひ彼を助教として採用してあげてください。
山口潤一郎
教授からの評価もまさに折り紙付きですね! それでは、2 回目となる一色さんへのインタビューをお楽しみください! スポットライトリサーチムービーもありますよ〜!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください
今回私たちは、アリールスルフィドと種々の芳香族化合物との芳香環交換反応を利用したアリールスルフィド合成法を開発しました。
近年、異なる化学結合を一挙に切断可能な遷移金属触媒を使用し、二種類の芳香族化合物の芳香環を付け替える芳香環交換反応が注目を集めています。当研究室でもこれまでに、独自に開発した Ni/dcypt触媒を用い芳香族 (擬) ハロゲン化物と芳香族エステルの芳香環を付け替えるエステル転移反応を報告しています (図1) [1]。
図1 芳香族(擬)ハロゲン化物と芳香族エステルとのエステル転移反応
私たちは、この反応のコンセプトに合成的有用性を示すことを目的とし研究を継続しました。そしてアリールスルフィドを芳香環交換反応に適用できれば悪臭や毒性が問題視されるチオールを使用しないスルフィド合成が実現できると着想しました。種々検討の結果、Ni/dcypt触媒を用いることで無臭のピリジルスルフィドをスルフィド源とし、様々な芳香族化合物をスルフィド化することに成功しました (図2)。本反応は塩基を必要としないため官能基許容性が高く、医薬品などの複雑化合物の合成終盤での誘導体化にも利用できます。
図2 芳香環交換反応を利用したスルフィド合成法
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください
スルフィド源として 2-ピリジルスルフィドを使用した点を工夫しました。芳香環交換反応は生成物も触媒と反応しうるため原料と生成物の反応性の差を利用し平衡を偏らせる手法が多く用いられています。そのため適用可能な化合物には制限がありました。芳香族エステルとの芳香環交換反応の際に生成する 2-ピリジルエステルは Ni/dcypt 触媒により脱カルボニル化が進行しジアリールエーテルへ変換できます。生成物のエステルをエーテルに変換してキャップすることで平衡反応になることを防ぎました (図3)。また、ピリジルスルフィドは無臭で扱いやすいだけではなく原料の 2-メルカプトピリジンも無臭の固体であるといった利点があります。
添加剤の亜鉛が用いる基質によって異なる働きをするという点も面白いと思っています。詳細は論文を読んでみてください。
図3 エステルとの交換反応 エーテルキャップ
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
機構解明実験に苦労しました。Ni 錯体をいじるのが初めてだったので綺麗な単結晶を出す点や、前半部分の酢酸亜鉛の効果を考える点に苦戦しました。酢酸亜鉛のそれらしい効果をやっと見つけ出したのに結局本番の基質適用範囲の調査では一切使われないというなんとも悲しい結末になってしまいました。でも結果的にキレイな反応になったので満足です。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
現在日本学術振興会の海外特別研究員 (海外学振) を申請していて、博士取得後は海外で博士研究員として働くことを希望しています。その後は大学に戻り、大学教員として、学生の教育はもちろんのこと、自分の手で面白い反応や化合物をたくさん発見していきたいと考えています。
新型コロナの影響下、海外渡航はなかなか厳しいところはありますが、なんとか海外学振に通ってくれることを祈っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
すでにこの反応よりも面白い反応を見つけているので、その反応で卒業までにもう一度スポットライトリサーチに登場することが目標です。楽しみにしていてください。一色の学生生活最後の大仕事に乞うご期待です。
最後に、日頃の研究を指導してくださっている潤さん、慶さん、英介さん、カトケンさん、原料をたくさん作ってくれた黒澤さんにこの場を借りて感謝申し上げます。また、こうした形で研究紹介を行う機会を下さったケムステスタッフの皆様にも深く感謝いたします。
研究者の略歴
名前: 一色 遼大
所属: 早稲田大学大学院先進理工学研究科応用化学専攻 山口潤一郎研究室
博士課程三年 日本学術振興会特別研究員 (DC1)
研究テーマ: 炭素-炭素結合切断型触媒的カップリング反応の開発
筆頭著者の一色さん (写真左) と 2nd author の黒澤さん (写真右)
一色さんは 2021年3月19〜22日に開催された日本化学会春季年会で学生講演賞も受賞されています! (リンク: 山口研究室ブログ) 重ねておめでとうございます!!
スポットライトリサーチムービー
気合の入ったムービーも提供していただきました! お楽しみください!
参考文献
- Isshiki, R.; Inayama, N.; Muto, K.; Yamaguchi, J., “Ester Transfer Reaction of Aromatic Esters with Haloarenes and Arenols by a Nickel Catalyst“, ACS Catal., 2020, 10, 3490-3494, DOI: 10.1021/acscatal.0c00291.