神経難病における iPS 細胞創薬に基づいた医師主導治験を完了 -筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療の世界に新たな扉を開く-
慶應義塾大学病院神経内科診療科部長の中原仁教授および同医学部生理学教室の岡野栄之教授、髙橋愼一特任教授、森本悟特任講師らの研究グループは、筋萎縮性側索硬化症(ALS) 患者にロピニロール塩酸塩を投与する医師主導治験を行い、その安全性と有効性を明らかにしました。
同グループは 2016 年に、京都大学の山中伸弥教授が発明した iPS 細胞を用いて、パーキンソン病の薬であるロピニロール塩酸塩が ALS の病態に有効であることを見出しました。今回の臨床試験により、その薬の安全性と効果が ALS 患者でも確認され、iPS 細胞創薬によって、既存薬以上の臨床的疾患進行抑制効果をもたらしうる薬剤の同定に世界で初めて成功しました。
具体的には、ロピニロール塩酸塩を最終的に16mg内服することで、1年間の試験期間で、 病気の進行を 27.9 週間(約 7 か月)遅らせる可能性があることがわかりました。
今回の研究結果により、有効な治療法に乏しい ALS という非常に重い病に、新たな治療の選択肢がもたらされる可能性が示されました。
慶應義塾大学プレスリリース 2021/05/20
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/2021/5/20/28-80089/ より引用
筋萎縮性側索硬化症 (Amyotrophic Lateral Sclerosis: ALS) は神経変性疾患に分類される難病の一つで、運動ニューロンの変性 (機能不全・細胞死) により全身の筋肉が進行性に麻痺していき、最後には呼吸筋の麻痺により死に至る恐ろしい病気です。有病率は人口1万人にひとり程で、発症後3〜5年で死亡することが多いと言われています。根治療法は現在のところありません。
ALS はアンメットメディカルニーズ* (満たされない医療ニーズ) の最たるもので、2021年5月現在、承認されている薬はリルゾール (リルテック®) とエダラボン (ラジカット®・ラジカヴァ®) の2剤のみ、それも一部の患者さんの進行をわずかに抑えるのみです (図1)。
*アンメットメディカルニーズについてはこちらのブログの解説をご覧ください。
慶應義塾大学医学部の岡野栄之教授らは、ALS の患者さんから樹立した疾患 iPS 細胞を用いて、1232種の既存薬のスクリーニングを行いました。患者由来 iPS 細胞から誘導された運動ニューロンは、 ALS で特徴的なタンパク質 (FUS または TDP-43) の変異が再現されており、この細胞におけるALS関連の表現型 (神経細胞死、タンパク質の局在異常、ストレス顆粒の形成など) の抑制を判断項目とした結果、9つの既存薬を見出しました。そのうち4剤が血液脳関門を透過可能な中枢薬であり、最終的に最も効果の高い薬剤として、神経変性疾患であるパーキンソン病の治療薬であるロピニロール塩酸塩 (レキップ®) が開発候補品として選択されました。その後、ロピニロール塩酸塩の ALS に対する医師主導治験が開始され、Phase I/IIa での忍容性試験を経て、2021年に Phase III 試験が終了、結果はプラセボ群を有意に上回る治療成績となりました。
(治験についての詳しい内容はプレスリリース全文をご参照ください)
ロピニロールってどんな薬?
ロピニロールは1980年代にスミスクライン社 (現在のグラクソ・スミスクライン社) でパーキンソン病治療薬として開発が開始され、1996年に英国で承認されたのを皮切りに、2021年現在 70か国以上で承認されています。本邦では 2006年にレキップ®錠として承認されました。
(参考記事: グラクソ、パーキンソン病治療薬「レキップ錠」を販売開始)
ちなみにレキップという商品名の由来は、医薬品インタビューフォームによると
Re(再び)という接頭語と equip(人に身支度させる、必要品を持たせる、供給する)という動詞を組み合 わせ、「再び活動ができる」「再びドパミンを供給する」という意味をこめて命名された。
とのことです。
2021年5月現在は、パーキンソン病とレストレスレッグス症候群に適応を持っています。その作用機序はドパミンD2受容体系アゴニスト (=受容体作動薬) であり、非麦角系ドパミンアゴニストに分類されます。
パーキンソン病は、運動機能を司る神経伝達物質ドパミン (医学界ではドーパミンと伸ばさずにドパミンと呼びます) を産生する神経細胞が変性し、体を動かす命令が上手に働かなくなる病気です。その足りなくなったドパミンの機能を補う物質がドパミンアゴニストです。ロピニロールはドパミンの代わりにシナプスのドパミン受容体を刺激し、神経伝達をスムーズにすることによってパーキンソン病の運動症状を改善します。
ロピニロールのメディシナルケミストリー
さて、ロピニロールは 図1 に示す化学構造を有しています。
図1 ロピニロールの化学構造
案外単純な構造をしています。オキシインドールの4位にエチルアミンが伸び、さらにプロピル基が2個ついただけです。なぜこのような構造になったかは、ドパミンの構造と見比べれば何となく分かるかもしれません (図2)。
図2 ドパミンとロピニロールの化学構造の比較
ドパミンは、アドレナリン・ノルアドレナリンや覚醒剤であるメタンフェタミンなどと同様のフェネチルアミン (フェニル-エチル-アミン) に分類されます。ロピニロールの構造をよく見ると、フェニル基からエチル基 (正確にはメチレンx2) が伸び、その先に窒素原子が置換しているところまではドパミンと同じです。違いは2個のヒドロキシ基と窒素原子上の2個のプロピル基です。実は、ロピニロールはドパミンの構造を基に、以下のような変遷を経てデザインされました[2]。
図3 ドパミンからロピニロールに至るまでの構造変換 (文献[2]より引用)
ここで重要なのは、オキシインドール骨格はフェノールのバイオアイソスター (生物学的等価体) だということです。ドパミンのアミノ基をジプロピルアミノ基とすることで、ドパミンアゴニスト活性 (EC50) を維持したまま脂溶性を上げることに成功しています。 しかし、空気酸化を受けやすいというカテコール構造のデメリットのためか、一つのヒドロキシ基をより安定なバイオアイソスターのオキシインドールに変換した7-ヒドロキシロピニロールが合成されました。すると、その EC50 は劇的に小さく(=効果が高く) なりました。さらに残ったヒドロキシ基を除去してもドパミンと遜色のない EC50 を有するロピニロールが得られ、これが開発化合物として選定されました。
ALSに対するロピニロールの推定作用機序
さて、パーキンソン病に対するロピニロールの主な作用機序はドパミンD2アゴニスト作用ですが、今回効果が認められた ALS に対してはどうなのでしょうか。岡野教授らは、次の 3つのメカニズムを提唱しています[2]。
1.ドパミンアゴニスト作用
2. 抗酸化作用
3. ミトコンドリア保護作用
1.はパーキンソン病と同じ作用機序です。ALS も運動障害を呈する疾患であるため、ドパミン作動精神系の刺激は症状の緩和に役立つ可能性があります。また、ドパミンアゴニスト自体が神経保護物質として働くという報告も散見されるため、治療効果の一部にドパミンアゴニスト作用が関与している可能性は高いと考えられます。
2.はロピニロール独自の作用と考えられます。オキシインドールはフェノールのバイオアイソスターであり、フェノールは一般に抗酸化物質として作用します。つまり、オキシインドールも抗酸化作用を有する可能性が高く、事実、5-ヒドロキシオキシインドールなどは強力な抗酸化活性を有することが報告されています[3]。他のドパミンアゴニストであるプラミペキソール、ロチゴチン、ブロモクリプチン、ペルゴリドなどはオキシインドール骨格を持ちません。この違いがロピニロールの高い ALS 抑制作用に関与している可能性があります。
3.もロピニロールの構造が大きく関与していると考えられます。ロピニロールの第3級アミンは生理的条件下でプロトン化を受け、アンモニウムカチオンになります。一般的に電荷を持つ化合物は血液脳関門を透過できませんが、ロピニロールのアンモニウム窒素にはやや長めアルキル基が置換し、脂溶性の高い構造となっています。界面活性剤を想像すると良いかと思います。その高い脂溶性のためロピニロールは容易に血液脳関門を透過することができます。パーキンソン病の治療のためであっても血液脳関門を透過する必要があるため、この点については間違いありません。さらに巧妙と考えられるのは、脂溶性の高いカチオンはミトコンドリアに局在しやすいということです。ミトコンドリアの膜は負電荷を帯びているため、正電荷を有する化合物が集積しやすい傾向にあります (その性質を利用しているのがローダミン123や JC-1 などの蛍光プローブです)。つまりロピニロールは、血液脳関門を透過したうえ、ミトコンドリアに局在して抗酸化作用を示すことでミトコンドリアを保護している可能性があります (図4)。ミトコンドリアの品質管理はさまざまな神経変性疾患と密接に関与すると言われており、ロピニロールはその効果を示すために理にかなった構造的特徴を有していると考えられます。
図4 ロピニロールのミトコンドリア局在モデル (文献[2]より引用)
iPS細胞創薬のこれから
岡野教授らは ALS の他にも、パーキンソン病患者由来のiPS細胞から樹立した神経細胞を用いて既存薬のスクリーニングを行い、高血圧治療薬であるカルシウム拮抗薬のベニジピンにパーキンソン病進行抑制効果を見出しています[4]。患者由来iPS細胞からはこれまでモデル動物で再現の難しかった病態をよく反映した細胞を樹立でき、今後の難治疾患創薬において欠かせないものとなってくるでしょう。今回のロピニロールの発見は、まさしくその嚆矢であると言えます。
参考文献
[1] 岡野栄之、iPS細胞技術を用いた神経難病の病態解析と創薬研究、日本内科学会雑誌、2019、108 (12)、2547~2553、DOI: 10.2169/naika.108.2547 [2] Okano, H.; Yasuda, D., Fujimori, K.; Morimoto, S.; Takahashi, S., Ropinirole, a New ALS Drug Candidate Developed Using iPSCs, Trends in Pharmacological Sciences, 2020, 41(2), 99-109, DOI: 10.1016/j.tips.2019.12.002 [3] Antioxidant activities of 5-hydroxyoxindole and its 3-hydroxy-3-phenacyl derivatives: the suppression of lipid peroxidation and intracellular oxidative stress, Bioorganic and Medicinal Chemistry, 2013, 21(24), 7709-14, DOI: 10.1016/j.bmc.2013.10.021[4] Tabata, Y.; Imaizumi, Y.; Sugawara, M.; Andoh-Noda, T.; Muh Chyi Chai, S.B.; Sone, T; Yamazaki, K.; Ito, M.; Tsukahara, K.; Saya, H.; Hattori, N.; Kohyama, J.; Okano, H., T-type Calcium Channels Determine the Vulnerability of Dopaminergic Neurons to Mitochondrial Stress in Familial Parkinson Disease, Stem Cell Reports, 2018, 11(5), 1171-1184, DOI: 10.1016/j.stemcr.2018.09.006
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