今回紹介する論文は2002年公開とだいぶ昔のものになりますが、筆者が愛用している反応のひとつです。
超原子価ヨウ素試薬は非常に便利な酸化剤で、どの有機合成研究室でも何種類かは常備しているかと思います。IBX や Dess-Martin ペルヨージナンなどはその代表例で、アルコールを酸化してアルデヒドで止めたいとなったらこれらが第一選択ではないでしょうか (Dess-Martin 試薬は高価なのが難点。こんなのもあります)。
さて、ビス(トリフルオロアセトキシ)ヨードベンゼン (phenyliodine(III) bis(trifluoroacetate), 通称 PIFA)という超原子価ヨウ素試薬 (図1) があります。利用例はコチラをご覧ください。東京化成工業では ¥4,200/5 g と、比較的入手しやすい価格で販売されています。常温で固体の取り扱いやすい試薬です。この PIFA を用いた、あまり有名ではないけど (人によっては) 便利な反応を紹介します。
図1 PIFAの構造式
PIFAで芳香族アミド窒素のパラ位をヒドロキシ化
城西大学の Itoh らは、2002年の J. Org. Chem. 誌に “Introduction of a Hydroxy Group at the Para Position and N-Iodophenylation of N-Arylamides Using Phenyliodine(III) Bis(Trifluoroacetate)” [1] というタイトルの論文を発表しています。城西大学の坂本武史先生の個人HPで全文PDFが公開されていますので、詳細はリンク先をご覧ください。
基本的な反応の概要は図2に示します。
図2 PIFAによる芳香族アミド パラ位水酸化の基本的条件 (文献[1]より引用)
室温下、1.2 当量の PIFA で窒素原子のパラ位を選択的にヒドロキシ化 (水酸化)します。わりと短時間かつ添加物も 10 当量のトリフルオロ酢酸だけ (金属触媒不要!) なので、非常に使いやすい条件で良好な収率を達成していると言えます。さらなる適用例を図3に示します。
図3 PIFA による芳香族アミド para 位水酸化の適用例 (文献[1]より引用)
entry 9 のようにちょっぴり混み合っていても、60% 弱の収率で para-ヒドロキシ化体が得られます。
芳香族ヒドロキシ基 はアルコキシ基・アシロキシ基などへの変換も可能な創薬上有用な置換基であり、特にトリフラート (-OTf) へ変換すると擬ハロゲンとなるため、各種カップリング反応の足場として利用できます。この PIFA によるヒドロキシ化反応、筆者も特定の誘導体を作るのにしか使ったことがないのですが、よくよく考えればそこそこマイルドかつダイレクトな C-H 活性化反応であり、いわゆる Late-Stage Functionalization にも応用できるのではないでしょうか。
反応機構
気になる反応機構は以下に示します。
図4 PIFA によるアミド パラ位のヒドロキシ化機構 (文献[1]より引用)
この反応では窒素原子のヨードフェニル化も起こることがあります (図4 path B)。そちらをメインで起こす条件検討も論文[1]に記載されていますが、ここでは割愛します。
ヒドロキシ化の場合、PIFAのヨウ素原子と基質のアミド窒素原子が N-I 結合を形成し、ヨードベンゼンが脱離して窒素原子上にカチオンが生じます (図4 path A)。このカチオンが共鳴により窒素原子のパラ位に移動し、カウンターアニオンであるトリフルオロアセタートが付加、最後にトリフルオロアセトキシ基が加水分解されてヒドロキシ基となります。論文[1] によると、アミドの窒素原子またはカルボニル基の先が電子供与性であれば path A が進行しやすく、逆に電子求引性であれば path B が進行しやすくなるようです。
ところで、図4を見て誰もが気になるのが「オルト位への置換は起きないの?」ということだと思います。論文[1]ではパラ位に電荷が集中しやすいためと書いてあり、それに加えてオルト位ではアミドの立体障害も相まって、基本的にはパラ位への置換が優先すると予想されます。ただ、パラ位が塞がれている場合 (図3 entry 5,6) はオルト位にヒドロキシ基が置換していますし、条件を変えればメタ位にも行っています。他の反応でもオルト置換体が取れてこないわけではないと思いますが、収率を見ても基本的にパラ置換がメインなのだと思います。
位置選択性の例外
これは unpublished なデータなのですが、筆者は独自実験で例外的にオルト置換が優先する条件を発見しました。論文[1]ではオキシインドールを基質とし 5-ヒドロキシオキシインドールを収率 81%で得ています (図5)。この反応例は生理活性物質でもある 5-ヒドロキシオキシインドールの合成法として SciFinder® でもいくつかヒットします。筆者はこれに倣い、4-メチルオキシインドールのヒドロキシ化を試みました。TLCは 1 スポットで綺麗に進行し、後処理も滞りなく進みました。1H-NMR でも芳香環のピークは J=9 Hz程度の doublet が2つ。うん、できたできた… … … … … 待てよ?
「オルト置換を否定する証拠が無いな…」
そう思って NOESY を取ってみました。するとなんと、4位メチル基上のプロトンと芳香環上の1本のプロトンピークにはっきりとした相関が見られました。つまり、この反応はメチル基の隣接位 (5位) ではなく、窒素原子の隣接位 (7位) で進行したことが分かりました (図5)。
図5 オキシインドール類の PIFA/TFA 条件によるヒドロキシ化
この原因も考察の域を出ないのですが、4-メチルオキシインドールはアミドの先が環構造で固定されていてオルト位の立体障害が小さくなっており、なおかつパラ位に隣接するメチル基の立体障害のためにオルト位優先で反応が進行したものと考えています。図2 の entry 2 を見ると、4-メチルオキシインドールの開環体とも見なせる 1f ではパラ位置換が優先していることからも、環化による立体障害の減少が大きいと思われます。オルト/パラの置換位置を1H-NMR で判別しにくいことは 図5 の例のようにままあると思いますので、新規化合物に適用した際は二次元 NMR などでしっかりと構造を確認した方がよいでしょう。
創薬における代謝物解析への応用
さて話を本筋であるパラ位ヒドロキシ化に戻しますが、同様の反応は生体内でも起こりえます。C-H ヒドロキシ化はお手のもの、薬物代謝酵素の代名詞であるシトクロムP450 (CYP) による代謝反応です。例として、脂質異常症治療薬アトルバスタチン (リピトール®) の代謝反応を図6に示します。
図6 アトルバスタチンの代謝経路の一つ: アミド窒素パラ位ヒドロキシ化
また、抗がん剤 (分子標的薬) スニチニブ (スーテント®) は、CYPによる 5-フルオロオキシインドール部位の酸化的脱フッ素化 (F 原子が -OH に置換する) が起き、それがさらにキノンイミン構造へと酸化されることで代謝活性化されると報告されています (図7) [2]。この場合も、結果的に CYP によるアミド窒素のパラ位ヒドロキシ化が起きています。図7の下段へ続く矢印に示される様に、p-ヒドロキシアセトアニリド構造は生体内で酸化されることで求核的解毒剤グルタチオン (GSH) やその他のタンパク質のシステイン残基と共有結合し、グルタチオンの枯渇や細胞毒性を引き起こす懸念があります。代表的な p-ヒドロキシアセトアニリド化合物 (というかそのもの) にアセトアミノフェンがあり、代謝による肝障害は深刻な副作用となっています (関連記事: その構造、使って大丈夫ですか? 〜創薬におけるアブナいヤツら〜)。医薬品の代謝生成物は実際に CYP と反応させてみるまで何が出来るか不明な場合が多いのですが、CYPによる酸化パターン、電子密度や立体障害などを勘案し経験的に予測することは可能です。芳香族アミドが構造中に含まれていたら、そのパラ位ヒドロキシ化は充分起こり得りかつ代謝活性化を考慮すべき反応の一つとなります。予想代謝部位をフッ素で塞ぐという戦略も、図7の例のように必ずしも安全ではないことが近年分かってきました。またアミド窒素パラ位にメトキシ基などのアルコキシ基がある場合も注意が必要であり、CYPによるO-脱アルキル化で p-ヒドロキシアセトアニリド構造が生じ得ます。
図7 スニチニブの代謝経路の一つ: 酸化的脱フッ素化とそれに続く代謝活性化 (文献[2]より引用)
前置きが長くなりましたが、このような代謝物の生成予測と代謝物評品の合成にも、PIFA を用いたヒドロキシ化反応が応用可能と思われます。もし開発品の構造にアセトアニリド構造が含まれている場合、Late-Stage Hydroxylation で PIFA/TFA 反応を適用し、一工程で予想代謝物を取ってくることができるかもしれません。そうするとヒドロキシ基の保護/脱保護を繰り返して1から合成するステップを省くことができ、コストや時間の節約にもなります。
まとめ
今回紹介した反応は有機合成的な簡便さだけでなく、創薬における構造活性相関の取得と代謝物予測の両方に有用かもしれない非常に応用性の高い反応だと考えられます。本記事執筆時から 19 年も前の論文ですが、こういったものが眠っていると思うと掘り返してみたくなりますね。
最後になりましたが、PIFA を含む超原子価ヨウ素化合物は爆発の危険が伴います。PIFA は室温下では安定ですが、加熱による爆発の危険性が指摘されていますので、保管や取扱には十分注意してください。
参考文献
- Itoh, N.; Sakamoto, T.; Miyazawa, E.; Kikugawa, Y., “Introduction of a Hydroxy Group at the Para Position and N-Iodophenylation of N-Arylamides Using Phenyliodine(III) Bis(Trifluoroacetate)“, J. Org. Chem, 2002, 67(21), 7424-7428, DOI: /10.1021/jo0260847.
- 570-584, DOI Cytochromes P450 1A2 and 3A4 Catalyze the Metabolic Activation of Sunitinib