第314回のスポットライトリサーチは、東京農工大学工学府(鈴木研究室)、日本学術振興会特別研究員の朝田 晴美さんにお願いしました。
デバイスを薄型化するには様々な技術が必要となります。この研究では、未来の情報通信用のスマートフォンに載せるレンズなどの材料としての活用が期待できる、高屈折率・無反射なメタサーフェスを世界で最も高い周波数で実現させました。本研究成果は米国光学会Optics Express誌およびプレスリリースに公開されています。
“Reflectionless metasurface with high refractive index in the terahertz waveband “
Asada Harumi, Kota Endo, and Takehito Suzuki
Optics Express Vol. 29,Issue 10, pp. 14513-14524 (2021), https://doi.org/10.1364/OE.420827
研究室を主宰されている鈴木 健仁 准教授から、朝田さんについて以下のコメントを頂いています。パワーあふれる朝田さんの今後のご活躍が期待されます。それでは、今回も現場のリアルなお話をお楽しみ下さい!
朝田さんの研究者としての姿勢には、自身の研究に対する粘り強さが第一にあります。今回の研究でも、はじめは想定していたようにはうまくいかなかったところもありましたが、そこで諦めず、繰り返しの実験、データ整理、考察を粘り強く進め、論文として発表できる内容へとまとめ上げました。学部生の頃、宇宙関係のものづくりサークルに所属し、ロケットや人工模擬衛星の工作に取り組んでいたそうです。そこで培った挑戦する心意気も研究を進める中で大きく役立っているのではないかと思います。今後も粘り強さと挑戦する心意気を持って、研究者としてより一層成長していくことを期待しています。
Q1. 今回のプレスリリース対象となったのはどんな研究ですか?
テラヘルツ波帯(THz = 1012Hz)の電磁波は、近年運用が始まった5Gのさらに次の世代の高速無線通信(6G、Beyond 5G)や、非破壊イメージングでの利用が期待されています。しかし、シリコン、シクロオレフィンポリマーなどを用いた従来のテラヘルツ波帯のレンズは、3次元で厚みのある構造となり、スマートフォンなどのデバイスへ載せようとすると、デバイスが厚くなってしまいます。そこで最近進められているのが、フラットオプティクスと呼ばれる試みです。メタサーフェスという薄型の人工構造材料を用いて、従来の3次元で厚みのあるレンズを2次元で薄型のレンズに置き換えていく試みのことです。
メタサーフェスは、図1のように、波長よりも小さな構造(メタアトム)を周期的に配置して、波長よりも大きな全体構造を成した人工構造材料です。メタアトムの材料、形状、寸法の設計により、屈折率、反射などの光学特性を人工的に制御できるスーパー材料です(メタサーフェスの「メタ」は“超”を意味する語です)。高い屈折率でありながら極めて低い反射を設計したメタサーフェスは、フラットオプティクスの材料に適しています。シリコン、酸化マグネシウムなどの自然界の材料や、これまで報告されてきていたメタサーフェスでは、屈折率が高くなると、一緒に反射も高くなってしまうことが問題でした。反射が高い材料は、レンズのために使うには扱いづらい材料です。そんな中2017年に、私たちの研究室から高屈折率かつ無反射なメタサーフェスを0.3THz帯で実現することに成功しました。誘電体基板の表と裏の両面にカット金属ワイヤを配置した構造で、メタサーフェスの誘電性(電界に対する応答)と磁性(磁界に対する応答)を同時に制御し、高屈折率でありながら無反射な特性を独自に実現しました。
しかしながら、1THz以上の高い周波数では、高屈折率なメタサーフェスも、高屈折率かつ無反射なメタサーフェスも充実していませんでした。メタサーフェスを1THz以上(波長300μm以下)で動作させるには、数μm~数10μmの大きさのメタアトムを作製する必要があります。数10μmオーダーは、フォトリソグラフィでは小さすぎ、半導体リソグラフィでは大きすぎて、作製しづらいオーダーです。本研究では、厚さ5μmの極薄のポリイミドフィルムを誘電体基板にして設計を進め、数μm~数10μmの大きさの構造を描画できるプリンターを用いて作製し、3THzで高屈折率・無反射なメタサーフェスを実現しました(図2)。本研究の高屈折率・無反射なメタサーフェスを、6Gや7Gといった未来の情報通信用のスマートフォンに載せるレンズなどの材料としての活用が期待できます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
学部4年生のとき、卒論で取り組んだ研究テーマをジャーナル論文化できた、というところに特に思い入れがあります。試作した素子を初めて実験したのは、学部4年生の12月30日のことでした。待望の試作素子ができあがった!ということで、宅急便を受け取り、その足で研究室へ向かい、実験室でひとり実験に取り組んだのをよく覚えています。
試作素子は、「うまく作製できた素子」と「うまく作製できなかった素子」、それぞれ1品を受け取っていました。年末に敢行した初回の実験ではまずは「うまく作製できた素子」の方を測定したのですが、一見すると失敗に思える結果が出てしまい、そのときはかなり落胆してしまいました。「うまく作製できた素子」でダメなら、「うまく作製できなかった素子」ももちろん……、と考えてもおかしくないと思います。しかしその後の私は、(だめで元々、でもひょっとすると今後の参考になるデータが得られるかもしれない)と考え、「うまく作製できなかった素子」の測定もしてみることに決めました。そしてその「うまく作製できなかった素子」を測定した2回目の実験で、素子が設計通りに動作している可能性を見出だすことができたのです。
さらに実験や解析、データ整理を繰り返していった結果、丸2年を掛けてついに今回の論文の形に仕上げることができました(ちなみに、論文に載ったのは結局「うまく作製できた素子」の方でした)。最初の「失敗」で諦めずに取り組んだ研究が論文になったこと、しかもそれをアメリカ光学会の有名なジャーナル論文の1つであるOptics Expressでアクセプトできたことは、これまでの自分の努力が大きく実ったようで、とても嬉しく感じました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
研究室で先輩たちが発表してきた先行研究との違いをどうアピールするかという点に苦労しました。メタサーフェスは、そのメタアトムの寸法を小さくしていくだけで、動作する周波数を高くすることができます。たとえば今回の「高屈折率・無反射なメタサーフェス」自体は、研究室の先輩が2017年に0.3THzでの動作を実現しています。0.3THzよりも周波数が10倍高い(つまり波長が10分の1の)3THzで動作するメタサーフェスは、理論上は、メタアトムを10分の1の大きさにするだけで設計できてしまいます。実際に実現するためには、メタアトムに用いる材料の特性も周波数で変化するため、それを考慮した設計が必要であったり、メタアトムの寸法が小さくなるとその分作製が困難になるため、作製方法に工夫が必要になったりするのですが、そこをしっかりとアピールできないと、エディターや査読者からは「先行研究から周波数を変えただけ」と思われてしまいます。実際に、論文投稿後の最初のチェックでは「Quality Check Failed」となり、「以前の論文との違いを詳細に説明したカバーレターを提出するように」との連絡がありました。
今回の論文での「Quality Check Failed」から、その後の査読も勝ち抜いてアクセプトできた要因のひとつは、先生との会話の中でのアドバイスをもとに進めた解析と考察だと思います。これまで独自な高屈折率で無反射なメタサーフェスの設計や解析には、作製に使用する金や銅などの金属の導電率しか用いたことがなかったのですが、今回、金属の複素導電率の実部と虚部をそれぞれ自由に変化させた解析を試しました。日常の会話(というより大先輩研究者との会話)の中で得たヒントから試したその解析により、金属の複素導電率の実部と虚部の値により独自な高屈折率で無反射なメタサーフェスの特性を制御できるという、これまで知られていなかった新たな知見を得ることができ、先行研究とは異なる独自性を示すことができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
研究テーマの主の柱となる学問(物理)とともに、第2、第3の柱として、化学にも向き合っていきたいと思っています。メタサーフェスは物理寄りの研究です。しかしたとえば、メタサーフェスにはポリイミドなどの高分子材料が用いられており、化学分野の専門知識により独自な高屈折率で無反射なメタサーフェスの理解をさらに深められる可能性があります。独自なメタサーフェスが、高屈折率でありながら無反射で動作する学理は実はまだ完全には構築できておらず、今後その原理を理解していくためにも、物理だけでなく化学からのアプローチにも取り組みたいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
自分が取り組んでいる研究、関わっている研究に愛着を持つことが大事だと思います。Q2で答えたように、今回の論文はもともと学部4年生のときに卒論の研究テーマとして取り組んでいた内容です。修士課程では、現在、博士課程で取り組んでいる新たな研究テーマも開始したのですが、卒論時の研究テーマも忘れずに手元に持ち、並行して実験やデータ整理を進めていった結果、ジャーナル論文として世の中へ発表することができました。また、研究を「失敗」から「成功」へつなげるために、一見些細なものに宿っているヒントを見逃さないことがとても重要です。たとえば今回の研究が論文になったのは、「最初の実験はうまくいかなかったけど、もう一度試してみよう」「先生があのとき話をしていた、あの解析を試してみよう」という2つの小さなきっかけを逃さずに取り組んだ結果だと思っています。研究を自分の身体の一部のように考え、日々手間を掛けていくことで、研究が花開いていくのだと思います。いま進めているその研究テーマを大事にしていきましょう!
研究者の略歴
名前: 朝田晴美
所属: 東京農工大学工学府電子情報専攻博士課程1年、日本学術振興会特別研究員
専門: メタサーフェス、テラヘルツ波工学、熱輻射
略歴: 2018年3月 東京農工大学工学部 電気電子工学科卒業
2021年3月 東京農工大学工学府 博士前期課程 電気電子情報工学専攻修了
2021年4月- 東京農工大学工学府 博士後期課程 電子情報工学専攻
2021年4月- 日本学術振興会特別研究員(DC1)