第311回のスポットライトリサーチは、埼玉大学大学院 理工学研究科 基礎化学コース古川 俊輔 助教にお願いしました。
今回は、古川先生らのプレスリリース「お椀型分子の表と裏を利用した強誘電体メモリの作製~ナノレベル高密度メモリのための新分子デザイン~」に関してインタビューいたしました。古川先生とは古くから交流がある私が古川さんにインタビューする形式というChem-Stationの私物化も甚だしいと言われても仕方ないレベルのカオス状況ですが、研究もさることながらその後のNatureportfolio; Behind the Paperでの記事の内容(下記参照)が衝撃的に面白すぎて記事を依頼せざるを得ませんでした。私が依頼しなくても誰か記事を依頼してくれるだろうと思っていたら、どうやら凄すぎて逆に誰も依頼できなかったようです笑。スラムダンクでいうなら、「一歩も、動けんのか!!」の部分ですね(画像自粛)。下記が論文情報になります。
“Ferroelectric columnar assemblies from the bowl-to-bowl inversion of aromatic cores”
Shunsuke Furukawa, Jianyun Wu, Masaya Koyama, Keisuke Hayashi, Norihisa Hoshino, Takashi Takeda, Yasutaka Suzuki, Jun Kawamata, Masaichi Saito & Tomoyuki Akutagawa
Nat. Commun. 2021, 12, 768.
この研究は、新学術領域π造形科学(2014年〜2019年)の目玉ともなる素晴らしい研究成果で、最終報告書にも書きたい、と思って、新学術領域終了の最後の方(2019年)に何回か、古川先生に「こないだあのスマネン論文レビュー返したって言ってましたよね?まだ通んないんすか?」とか失礼なことを言ったりしてました(π造形のことはNatureportfolio; Behind the Paperでも触れられており胸アツでした。ちなみに我々の研究Gはどちらかといえば討ち死にした方のスマネン液晶の研究もやっていました笑)。そんな私からしてみると、まさしくこの論文が2021年に掲載されたのを見た時は、それはもうまさにこんな感じでした。
しかも、今回はなんと、古川先生に“スポットライトムービー”として、研究の紹介のムービーも作成していただきました!!最近は大学の助教業のみならず、ハイパーマルチメディアクリエーター(仮)としての活動を展開されている古川先生だけあってテレビ顔負けの演出でとても面白い動画になっております。まずはムービーをお楽しみの上、記事をご覧ください!それではどうぞ!!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
お椀型分子の反転挙動を使って強誘電体メモリを創ることに成功しました。この結果にどんな意味があるかというと、一般に、強誘電体メモリに使われる強誘電物質は無機化合物です。一方、有機物の強誘電体は比較的珍しいのですが、メモリの源泉となる「0」、「1」を分子のサイズでできたらナノレベル高密度メモリができるということで注目されています。
今回の研究では、有機物の強誘電体をユニークな分子の形で達成しました。使った分子はトリチアスマネン誘導体というもので、分子骨格がお椀型をしています。この分子に外部電場をかけると、お椀がペコペコ反転することを見出しました(ペコペコって音が出るわけではないですが)。このボウル反転現象に伴って生じる双極子モーメントをスイッチングすることで、有機強誘電体メモリとすることに成功しました。(論文はこちら、日本語の解説はこちら)。
Q2. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
それはまさに地獄でした。論文執筆中のことですが、共同研究先の芥川先生に幾度となく叱責されるという、それはそれはおぞましい夢を幾度となくみました。というのも、この論文が世に出たのは最近のことなのですが、論文を書き始めて2年余が経過してしまっていました。これは完全に僕の不徳の致すところで、ARchemisTという化学エンタメコミュニティの立ち上げにかなり時間を割いていました。立ち上げ準備から実装まで、対応すべきことがぷよぷよの様に次から次へと降ってきて、とても論文どころではなくなっていました。そんな最中でも、ずっと論文のことが頭から離れず、夜な夜なうなされる始末―― 分子のぺこぺこ反転もさることながら、共著の皆様には僕もぺこぺこ頭を下げることしかできませんでした。誤解を招くといけないのできちんとお伝えしておくと、実際に芥川先生に叱責を受けたという事実はありません(笑)。完全に僕の妄想です。状況をお伝えしたところ、とても紳士的な神対応をしていただきました。
Q3. Natureportfolio (Behind the Paper)でのgif動画とコメディアンにはビビりました。あれはどういう経緯でああなったんですか?Natureから怒られませんでしたか?笑
これ(下図)のことですか?笑
有機物の柔軟性を表現しようと思って全力で考えた結果、このようになりました。よくプレゼン準備とかしてて「このメッセージを的確に伝えられるフリー素材ネットに転がってないかなぁ」ってことあるじゃないですか。でも最終的に見つからないことって結構あると思うんですよね。自分が伝えたいメッセージが明確になればなるほど、適当なフリー素材じゃ満足できなくなる。それだったら、始めから自分で作ればいいじゃない、って最近はそんな感じで初めから作るようにしています。これ見たら「ああ、あのペコペコ野郎ね」って研究内容も含めて伝わりやすいかなって。
コメディアンという肩書ですが、事実に即して書いたらこうなりました。Behind the Paperはブログ形式で、自分で登録情報を入力するシステムなので、基本的には何を書くにしても自己責任です。で、なぜコメディアンか?ですが、最近、化学のアウトリーチ活動ということで、YouTubeで化学エンタメ動画を公開しています。撮影中はほとんどやってることがコメディアン兼ディレクターなので、リアクションのとり方とか撮影の仕方とか試行錯誤しながら日々勉強です。あと自分なりのこだわりなんですが、Assistant Professor (Comedian)ではなくComedian (Assistant Professor) にしました。最近、プロの芸人さんでも有名大学の大学院を卒業しました!みたいに話題になるじゃないですか。でも芸人やってて学術の最先端で論文書ける人はいないですよね。そうなれたらいいなって思いもあってこの肩書にしています。まだまだ道半ばではありますが。
(聞き手;なるほど、「自分で作ればいいじゃない」 = 「自分を素材に自分で作ればいいじゃない」、そしてNatureにはペコらなくて済んだということで承知いたしました笑)
化学って多くの人は高校生のときに選択して学び始めるじゃないですか。小中学生の理科でもちょっと化学のエッセンスは学ぶけど、圧倒的にふれる機会が少ないし、高校で化学選択しなかったらその後見聞きもしないものになっちゃうんですよね。教科書から学ぶ化学以外に、面白おかしくエッセンスとして化学にふれるコンテンツがあっても良いなっていう思いもあって、YouTubeの活動を始めてみました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
前回のインタビューでは、“もう1つ2つ別の柱をたてたうえで化学と向き合っていきたい”って答えてるみたいです。あれから2年経ちますが、その方向性は概ね変わってないです。むしろ加速してます。僕はマルチプレーヤー気質なので、化学だけに注力してしまうと自分の良さを活かしきれないなって、最近になってそんなふうに自分に正直に生きられるようになってきました。「化学者にもいろんな形があっていいじゃない。化学者YouTuberとかいても面白そうですよね」とか言ってたら、自分がなってました(笑)。
将来は、イキの良い若い人たちと研究生活を継続していきたいです。僕も若手研究者を名乗るには年寄りの部類に入ってきました(顔がふざけてるせいか未だに学生と間違えられたりしますが)。ただ心配なのは、年々アカデミアの魅力というものが相対的に損なわれつつあるのではないか、ということです。ノーベル賞受賞者の先生方が警鐘を鳴らしてくれているおかげで、僅かながら状況は改善しているものの、「他国と比べて給料は出ない」、「頑張って博士号とってもポストがない」となれば優秀な人材ほど外に出ていってしまいます。これは現役世代である僕たちにも責任があります。日本の化学のリブランディングが必要に思います。この状況を打破して化学をより発展させるために、個人的にいろんなトライをしています。しばらくガチャついた活動をすることになると思いますが、生温かく見守っていただけると嬉しいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
もし化学をネタに「こんなことやってほしい!」ってことがあれば是非ご意見お寄せください。ARchemisTオフィシャルサイトのお問い合わせフォームか、YouTube動画のコメント欄にお書き込みいただけるととても嬉しいです。みんなで魅力ある化学の未来を作っていきましょう。
ARchemisT:https://archemist.org/
YouTube (FRACTAL Lab.):https://www.youtube.com/c/FRACTALLab
研究者の略歴
古川 俊輔(ふるかわ しゅんすけ)(レモンが増えてやがる…)
埼玉大学大学院理工学研究科 物質科学部門
略歴:
2005年3月 法政大学工学部物質化学科卒業
2007年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程修了(川島隆幸 教授)
2008年9月〜2008年10月 University of Calgary, Visiting student (Warren Piers教授)
2010年3月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程修了(川島隆幸 教授)
2010年4月〜2012年5月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 特任研究員(中村栄一教授)
2012年5月〜2014年7月 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 特任助教
2014年8月〜 埼玉大学大学院理工学研究科物質科学部門 助教
2017年6月〜 立教大学理学研究科 客員准教授(兼任)
2018年10月〜 MI-6株式会社 技術顧問(兼任)
2019年10月〜 ARchemisT 代表
2020年7月〜 株式会社JCU 技術顧問(兼任)
2020年12月〜 株式会社FRACTAL 最高戦略責任者(兼任)
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