研究とライフイベントの両立は、多くの人が悩むことだと思います。海外留学に行きたいけどパートナーはどうするのか、結婚したり子供が欲しいけどタイミングはいつが良いのか。特に女性研究者にとって、妊娠や出産といったライフイベントは少なからず研究活動に影響します。
今回は、私がアメリカの大学院留学を通して体験した周りの学生・研究者の様子や、私自身のライフイベントの経験について綴ろうと思います。
1. アメリカの大学院は、既婚・子持ちの学生が普通にいる
アメリカの大学院は、修士・博士がセットになった約5年間のプログラムが基本で、学部卒業後すぐに大学院に進んでも、卒業時には27歳くらいになります。それに加え、他の大学で一度修士を取ってからPhDを取り直したり、企業で少し働いてから大学院に来たりする人も結構いるので、卒業時には20代後半〜30代ということも普通です。
一方で、20〜30代は結婚や出産、子育てなどいろいろなライフイベントが想定される時期でもあります。「研究者キャリアにおいてとても大事な時期だけど、ライフの方も犠牲にしたくない…」そう考える人も多いと思います。
そんなキャリア・ライフバランスの不安を持ちながらアメリカの大学院に留学した私が驚いたのは、アメリカの大学院には、既婚・子持ちの学生や、在学中に結婚する学生も普通にいるということです。新入生オリエンテーションの食事会に配偶者を連れて参加する学生、ラボ旅行に子連れで参加する学生、在学中に出産する学生などを目にする中で、「学生のうちは家庭なんて考えずに学業に集中するのが当たり前」という私の思い込みが崩れていきました。
2. ライフについてオープンで好意的な雰囲気
周りの人たちも、既婚・子持ちの学生を特別視することはなく、とても好意的です。ラボ旅行やパーティーなど、研究室のイベントが彼氏・彼女や家族にもオープンであることがよくあり、帯同して参加する人にもみんな分け隔てなく接しています。帯同して参加する人自身も、積極的に会話の輪に加わったり、研究室対抗のスポーツイベントで大活躍したりと、ラボメンバーの中にうまく溶け込んでいます。
また、教授もイベントに家族を連れてきたり、子供の都合でミーティングをキャンセルしたりすることが普通にあります。TAミーティングをしていたとき、授業の担当教員(男性)が「子供を保育園に迎えに行くから、あとはよろしく〜」と言って、TAの学生を放置して早々に帰宅してしまった時は驚きました。(まだ明日の実習の準備が終わっていないのに…)それでも、このように教授の家庭的な側面を目にする機会があることで、学生側もライフについて考える余裕を持てるようになる気がします。結婚や出産の報告・パートナーの希望に合わせた卒業後の進路選択・子供が熱を出したからミーティングを欠席するなど、学生がパートナーや家庭のことを教授に相談するには心理的なハードルを感じることもありますが、「教授側も同じような経験をしているから理解してくれそう」という印象があることで、相談がより気軽にできるようになっていると思います。
3. 実際にライフイベントを経験してみて
私自身、在学中に結婚・妊娠など様々な経験をしました。毎度、教授に報告する際にはとても緊張しましたが、結婚報告には、’Wonderful news! Congratulations!’、新婚旅行で数週間ラボを休むと伝えた際には、’Fine with me. Have fun!’など、とても好意的な返事を貰うことができました。
妊娠について伝える際にも、研究活動に支障が出ないかなどの懸念を示されることは全くなく、普通に祝福して貰えました。妊娠となると普段の実験内容や就活・卒業のタイミングなど、いろいろと相談すべき点があったので、「自分はどうしたいのか」「教授や周りの人にどうして欲しいのか」を整理して伝えられるように用意しておきました。主に伝えたのは以下の点です。
- 出産、ディフェンス、就活のスケジュール
- 今の体調と実験ペース
- 実験内容と安全面について
- 周りの人やラボ環境について
私の場合は、ディフェンスについては既に数ヶ月後に予定しており、実験も予定通り終えられそうだったので、予定通り行うつもりということを伝えました。妊娠中だと使用制限がかかる装置(X線装置など)や危険性の高い試薬を使う実験は終えていたので、普段の実験に関しても特に心配していないことも伝えました。
就活については、卒業後すぐに新しい職に移れるように就活を進め、出産前に新しい環境に慣れておきたいという希望を伝えました。ただ、就活がうまく進むかは不明なので、もし行き先がなかなか決まらない場合は出産後まで今のラボに留まり、産後数ヶ月くらいを目安に次の職に移る可能性も考えていることを伝えました。教授はとても理解のある方で、快く了承して貰うことができました。
教授の人柄や教授との関係にも依りますが、教授にどうすれば良いか指示を仰ぐのではなく、あくまで自分が主体となって卒業までの計画を立て、それでOKかどうかを教授に確認するという風にすることが、話をスムーズに進めるポイントだと思います。
妊娠中の研究・就職活動
妊娠中の研究活動は、当然ながら普段と比べるととても大変でした。2ヶ月ほど悪阻に悩まされ、吐き気で研究室に行くのが辛かったり、博論執筆に集中できなかったりしました。研究室に着いて実験を始め、数分で空腹感に耐えられなくなり帰宅…ということもありました。幸い、研究室が自由放任で何時に行ってもよく、プロジェクトも自分のペースで進めて良いというスタイルだったので、体調に合わせて無理なく働くことができました。座ってできる実験作業はできるだけ座ってやったり、あまり集中できない時は吐き気に耐えながらもとりあえず単純作業をこなしたり、実験のやり方も工夫しました。
就職活動の方は、「入社して数ヶ月で産休をとっても大丈夫なのか」ということがとても不安でした。とても心配だったので大学のキャリアセンターの人に相談したのですが、思い掛けず、女性の権利だから全く心配しなくて大丈夫という答えが返ってきました。「出産で仕事を中断することは女性の権利として法律で認められているし、就活の際に会社側に伝える義務も無い(差別禁止)。悩む気持ちは分かるけど、今の時代、仕事と出産を両立している女性なんていっぱいいるし、そういう女性をパートナーとして持っている男性も多い。あなたが応募する会社にも同じような女性がもちろん居るだろうし、あなたが初めてというわけではないはず。」ときっぱり言われ、不安がだいぶ除かれました。
実際、会社からオファーを受けた後、念のため直ぐに人事担当の人と将来の上司にメールで伝えましたが、いずれも理解を示してくれ、上司は「うちの会社、いろいろ福利厚生が整っているから制度を活用するといいよ〜。」とかなり気軽に好意的な返信をくれました。働き始めてからも、子育てをしながら働いている女性研究者が周りに驚くほど多くいる(マイノリティでなく寧ろマジョリティ)ことを知り、とても心強く感じています。
おわりに
私がアメリカへの博士留学を決めた際、研究者キャリアとライフイベントをうまく両立できるのか、とても不安だったことを振り返りながらこの記事を書きました。実際留学してみると、周りの雰囲気や経済面における障害はあまりなく、うまく両立している人が案外多いと感じました。出産・育児については、会社の産休が数ヶ月しかなかったり、保育園(デイケア )が超高額だったり(1ヶ月約30万円)と、アメリカならではの大変さもいろいろありますが、そう言った事情も含めて周りの理解があるため、家庭の都合を優先させたりもしやすいです。
もちろん、指導教官・研究分野・希望の進路などによって状況は異なるかもしれませんが、「アメリカの大学院に進学=研究者キャリアに全てを捧げる」ということは決してなく、学位取得のための研究活動とライフイベントを並行して行える環境が整っていると感じました。
関連リンク
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