第309回のスポットライトリサーチは、木村舜 博士にお願いしました。
金属と有機配位子がネットワーク状に規則正しく構築される配位高分子材料は、その特性をさまざまに調節可能であり、幅広い応用が期待されています。特に有機配位子の構造開拓は今でも世界中で続けられています。木村さんは東京大学大学院理学系研究科・西原研究室在籍時に、安定ラジカルを組み込んだ二次元ハニカム格子に仕立て、発光性材料への応用可能性を示しました。J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。
”An Open-shell, Luminescent, Two-Dimensional Coordination Polymer with a Honeycomb Lattice and Triangular Organic Radical”
Kimura, S.; Uejima, M.; Ota, W.; Sato, T.; Kusaka, S.; Matsuda, R.; Nishihara, H.; Kusamoto, T. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 4329–4338. doi:10.1021/jacs.0c13310
現場で研究を指揮された草本哲郎 准教授から、木村さんについて以下の人物評を頂いています。この3月に博士号を取得され、新天地でもご活躍が期待される人材です。それでは今回もインタビューをどうぞ!
木村君は学部4年生の研究室配属当時から博士の学位取得に至るまでの6年間、光るラジカルに関する研究を進めました。研究室配属当時からメキメキと頭角を表し、研究者としての高い資質を備えた人物であることは疑いようがなかったのですが、そんな木村君の芯の強さと粘り強さを実感したのが、今回の研究でした。
木村君が今回合成した三角形発光ラジカルtrisPyMとその開殻ハニカム金属錯体は、私が2012年に光るラジカルの研究を始めた時から夢見ていた物質でした。これまでもたびたび合成に挑戦していたのですが、なかなかうまくいかず、棚上げしていました。そんな中、木村君から唐突にtrisPyMの前駆体が合成できかけている話を聞いた時は大変驚きました。私には寝耳に水でした。実は木村君は水面下でこの分子の合成検討を進めていたのです。もちろん、自身の研究テーマ(表テーマ、ラジカルドープ結晶のmagnetoluminescenceのメカニズム解明、Chem. Sci. 2021, 12, 2025.)も遂行しながらです。この表テーマは挑戦性が高く、光化学やスピン化学をご専門の先生方と幾度となく議論を交わし、生まれた仮説やアイディアを検証すべく綿密かつ丁寧に測定実験を進める、ということを辛抱強く繰り返す必要がありました。この裏で、幾多の合成実験のtry&errorにも屈せず、失敗から学び、粘り強く理性的に合成経路を確立したことは、心から胸が熱くなります。アプローチ法が異なる二つの大きな研究を共に成功に導けたのは、木村君の研究者としての高い洞察力、判断力、行動力、リーダーシップに加え、絶えることのない成長があったからだと確信しています。
木村君は2021年3月に博士の学位を取得し、4月から新天地にてスタートを切りました。新しい環境、人々、考え方に触れ、さらに飛翔されることを期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
2次元ハニカムスピン格子構造(蜂の巣スピン格子構造)を持つ物質は、将来の電子デバイスやエレクトロニクスへの応用が期待される新機能を発現し得る魅力的な材料であり、新規物質開発が望まれている物質群です。
本研究では、三角形構造を持つ発光性の有機ラジカルtrisPyMを設計・合成し、trisPyMと金属イオンとの錯形成反応により2次元ハニカムスピン格子構造を有する錯体trisZnを合成しました。またtrisZnが化学的に安定で高い結晶性を持つほか、スピンと発光特性を併せ持つ珍しい物質であることを明らかにしました。trisPyMと金属イオンを組み合わせることにより、2次元ハニカムスピン格子構造を持つ物質を様々に組み上げられるだけでなく、新しい光・磁気・電子相関特性の創出に貢献すると考えられます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
trisPyMの前駆体であるαH-trisPyMの合成ルートの開発が思い出深いです。私は学部時代の研究でピリジン環を2つ含む発光ラジカル (Chem. Sci. 2018, 9, 1996-2007) を合成して以来、本物質の合成に継続して取り組んでいました。既報の発光トリアリールメチルラジカルはベンゼン環を構造中に含んでおり、Friedel-Crafts反応によりその前駆体の合成が行われていますが、3つのアリール基がすべてピリジン環である今回の物質には本手法が適用できません。さらに中心炭素周りの6つのCl原子による立体障害の問題にも直面し、他の合成ルートも悉く失敗に終わりました。研究が思うように進まないまま時間だけが過ぎていき、D1の秋にようやく今回の合成ルートにたどり着いてαH-trisPyMの単離に成功した際は、驚きと嬉しさから測定室で声を上げてしまったのを覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
先の回答と重複しますが、trisPyMの前駆体であるαH-trisPyMの合成に最も苦労しました。実は今回のルートを思いついた際はαH-trisPyMの合成を半ば諦めて、Cl原子が1つ少ない分子(上記合成スキーム中、1の分子)をラジカル化しようと思っていました。文献調査をした印象では次のクロロ化反応は難しいかと思っていたのですが、草本先生に勧められて駄目元で試してみたところ選択的に目的物を得ることができ、“とりあえずやってみる”ことの重要さを感じました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
これまで世界に存在しなかった新しい物質や機能を分子レベルから生み出すことができることが化学の魅力の1つだと感じています。この4月から企業の研究職に就き環境が大きく変わりましたが、これからも自分の好奇心を追求するような“ものづくり”をしていきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
本研究では前駆体の合成に3年近く時間がかかってしまいましたが、その後のラジカル化反応と2次元錯体化はスムーズに進み、前駆体を単離してから1週間後には両物質の単結晶が取れるなど研究が一気に進展しました。失敗が続いていた期間が長い分、壁を乗り越えた際の達成感は格別です。大学院での研究はうまくいかないことも多く楽ではありませんが、自分なりの仮説を持ち、失敗も楽しみながら粘り強く取り組むことが重要かなと感じています。
最後になりますが、本研究でご指導いただいた草本先生、西原先生、共著者の先生方をはじめとする研究室内外の皆様にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。また、このような発表の機会を与えてくださいましたChem-Stationの方々に感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:木村 舜
所属(当時):東京大学大学院 理学系研究科 化学専攻 博士課程
分子科学研究所 特別共同利用研究員
研究テーマ(当時):有機ラジカルの発光特性の開拓