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スポットライトリサーチ

蛍光と光増感能がコントロールできる有機ビスマス化合物

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第312回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学(永澤研究室)・向峯あかり 博士にお願いしました。

ビスマス化合物は重元素ながら、毒性が低く安定です。しかしながら機能性物質への応用はというと、まだまだ進んでいるとは言えません。今回の研究では、独自開発したビスマス組込蛍光分子にがん細胞応答性を付与し、狙ったがん細胞でのみ蛍光・光増感作用を発揮させることに成功しています。こういう分子を作ろうという発想もさることながら、光る分子もここまで来たか!と大変印象強い仕事に感じました。Org. Biomol. Chem.誌 原著論文およびFront Coverプレスリリースに公開されています。

“Asymmetric bismuth-rhodamines as an activatable fluorogenic photosensitizer”
Mukaimine, A.; Hirayama, T.; Nagasawa, H. Org. Biomol. Chem. 2021, 19, 3611-3619. doi: 10.1039/D0OB02456B

研究を現場で指揮された平山祐 准教授から、向峯さんへの人物評を頂いています。この5月から理研へ移られ、新たな環境で研究を続けられています。今後のご活躍が期待されます。今回も現場からのリアリティをお楽しみ下さい。

 向峯さんは黙々と、淡々とやるべきことを進めていくことができる人です。今回合成したビスマス化合物は物性や反応性が全く未知数で、予想外のこと(特に分解)がたくさん起こりました。苦労の末ようやくビスマスを導入したものができたと思ったら、シリカゲルカラム中でみるみる壊れていったときには普通なら投げ出したくなると思います。それでも根気よくビスマスの性質と向き合い、様々な試行錯誤の末、今では配属したばかりの4年生でも収率良く合成できる方法を確立できました。向峯さんの類まれなる「やり抜く力」の賜物です。これからも静かな闘志を燃やしながらブレることなく自分のサイエンスを切り拓いていってくれると期待しています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

標的細胞でのみ赤色蛍光と光増感能を示す化合物であるBiRGlu(図1)を開発しました。
BiRGluの元となるビスマスローダミンはローダミン骨格の中にBiを組み込んであり、この重原子効果のため蛍光だけでなく光増感作用を示します。今回の研究ではまず、非対称なビスマスローダミンとしてBiRNHとそのN-アセチル化体を合成し、両者の光学特性を比較したところ、アセチル化体では蛍光と光増感能が抑制されることがわかりました。そこで、アミド基の有無により光学特性のスイッチングができるのではないかと考え、アセチル基の代わりにγ-グルタミル基を導入したBiRGluを合成しました。BiRGluはγ-グルタミルトランスペプチターゼ (GGT) 存在下でのみアミド結合が切断されBiRNHとなり、蛍光と光増感能を発揮する結果が得られました。実際に、GGT活性の高い細胞株(A549細胞)と活性の低い細胞株(SKOV3ip1細胞)の両者にBiRGluを投与し効果を比較すると、A549細胞でのみ蛍光が観察され、さらに強い赤色光を照射すると細胞死が引き起こされました(図2)。赤色蛍光と光増感能の両者を併せ持つ化合物の例はこれまでになく、非常に稀な光学特性のスイッチングに成功したといえます。また、この化合物は蛍光プローブ・光増感剤にもなりえることから、セラノスティクスへの応用も期待できます。

図1 BiRGluからBiRNH (活性化体) への変化

図2 細胞に対するBiRGluの光毒性

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

合成中間体 (図3中、化合物1) がジアステレオマーによって酸化の反応性に差があったところは思い入れポイントの一つです。ビスマス原子は結合形成時に混成軌道をほとんどとらないためC-Bi結合はほぼ90°をとっており、フェニル基が紙面手前もしくは奥に立つ形で不斉中心になっています。かつ、ローダミン骨格9位も不斉炭素になっているため、左右非対象型のビスマスローダミン中間体ではジアステレオマーが存在することになります。当初、酸化すれば9位の不斉はなくなるため、中間体のジアステレオマー比はあまり気にしていませんでした。しかし、途中でトランス型では酸化反応がほとんど進行していないことに気が付き、異性体比率の検討と分離精製をするはめになりました。このことに気がつけたことが反応収率の向上にもつながりましたし、化合物の構造的特性としても面白い知見なので、とても印象に残っています。

図3 化合物1からBiRNHへの酸化反応

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

とにかく合成に苦労しました。C-Bi結合がそれほど強い結合ではないため、反応中や精製中に結合が切れてしまうことが多々あり、ひたすら反応条件検討の日々でした。時には1反応の精製に一週間以上かけたこともあり、最終化合物の合成だけで博士課程での4年間のほとんどを費やしてしまいました。あまりにも合成が進まないため他のテーマに目移りしていた時期もあるのですが、ある意味気分転換になってよかったかなと思っています(直接指導していただいた平山先生はビスマスローダミンの合成に全力を注いでいれば早く結果が出ていただろうにというのですが…笑)

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

化学の力を使ってまだ解明されていない生命現象の解明や、生体へ利用できる化学ツールを開発していきたいと思っています。そして、私が面白いなと思ってどんな方面の研究者として歩んでいくとしても、私の研究人生の根底にある化学と末永く付き合っていこうと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

この研究は長い間成果が出せず、かなり苦しんで絞り出したものです。そのような研究をChem-Stationで取り上げていただけたこと、大変嬉しく思っています。
私は博士課程4年間でほとんど結果が出ず、大学院辞めて研究とは別の仕事をした方がよいのではないかと求人情報を眺めていた時期もありました。ただ、研究って面白いよなという気持ちがいつもどこかにあったので、何とか研究を続けることができ、今回のような結果としてまとめることができました。
Chem-Stationの読者の学生さんの中には私のようにうまくいかないデータばかりたまっていく日々を過ごしている方もいるのではないかなと思います。ただ、結果が出なくて苦しんでも、研究は向いてないかもと思ってしまっても、化学って、研究って面白いなという気持ちだけは捨てずにいることは大切かなと思います。
最後になりましたが、本研究を進めるにあたり、永澤先生、平山先生には多くのご指導・ご激励をいただいたこと、この場をお借りして深く感謝申し上げます。また、7年間の研究室生活で様々な面で支えてくれた薬化学研究室の皆さんに御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:向峯 あかり(むかいみね あかり)
所属:
岐阜薬科大学大学院 薬学研究科薬学専攻 薬化学研究室(研究当時)
理化学研究所 田中生体機能合成化学研究室 特別研究員(2021年5月より)

研究テーマ
ビスマスローダミンの開発研究(大学院所属時)

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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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