Tshozoです。本件先日掲載されたこちらのArticleの追っかけでネタ色が強いですが書いてみることにしました。また会社紹介・製品紹介がメインですが筆者がキムワイプについて意外と知らないことが多かったのでその備忘録も兼ねます。お付き合いを。
キムワイプとは
おなじみ実験室の友 キムワイプ(こちらより引用→ リンク)
使い方は人によって本当に様々
既に紹介記事(こちら)が書かれていますがこれ無しでは実験が進まず、現在も大量に消費しては買い込んでいる必須アイテム「キムワイプ」(日本製紙殿ページ こちら)。紙製ワイパーであるのにケバ立たない、コンタミがほとんど発生しない、手にしっくりくる、液切れが良い、簡易茶漉しとしても使える同製品。これを目にせず実験を行うことはまずございません。
その一方で食べる、使う、撒くなどの用途で化学徒のネタにもされやすいことも確か。そこに目を付けたか公式さん(Twitterリンク・本体リンク)も頑張っておられ、2021年エイプリルフールで発表された「飲むキムワイプ」では画像を見た瞬間その味が克明に予想できるという謎現象を誰しもが体験されたに違いありません。正直に申し上げますが筆者は「中国か韓国でキムさんが作った会社が製造しているんだろう」と思い込んでいた点、断腸の思いであります。ここに申し開きのうえお詫び申し上げます。
今年4月1日に発表されたキムワイプ牛乳(こちらより引用→ リンク)
この瞬間にも味が想像出来るため、ネタを考えた人は鬼才と呼ぶに相応しいと評判
筆者はシュガーレスタイプが好み
正式名称は上記引用記事のとおり”Kim Wipes“で、キンバリー・クラーク(“Kimberly Clark” リンク)というアメリカの会社がブランドを所有しています。日本語で言うと「キムさんの拭き紙」で、京都「よーじやの脂取り紙」に近い語感があります。国内は日本製紙クレシア殿がブランドを引き受け販売しており、また同社サイトはキムワイプ愛に溢れていることで界隈では有名。たとえば箱を使った工作の紹介(リンク)など、帰宅後も実験を忘れない研究者には垂涎のアイテムでページが埋め尽くされていてどれも一家に一台必要なものばかり。でも家に帰ってまでキムワイプ箱を眺めるのは怠け者の筆者には耐えられないかもしれません、特にこのクリスマスツリー。ともかく日本製紙グループとキンバリー社との関係は50年以上にも及んでいて良好な信頼関係がうかがえます。
なお同ページで知らなかったのはこちらの開発秘話で、「第二次世界大戦中、アメリカで光学レンズ研磨用の布の入手が困難となっていた折り、キンバリー・クラーク社は、光学レンズの研磨技師が布の代わりに理美容向けの紙を使用しているという話を耳にします。1942年、この話を元に開発されたのが「キムワイプ」です」というくだり。3M社が創業期に接着剤と研磨剤の組み合わせから研磨紙を発明したように、少し異なった領域への開拓が大きな発展につながったという共通項を含むトピックだと感じました。
キンバリー・クラーク社とは
本論はここから。このキンバリー・クラーク社、従業員を4万人以上抱える巨大企業で、キムワイプだけを作ってるわけじゃないのです(∵)。日本トップの製紙企業である王子グループ殿で3万人強、第2位の日本製紙殿で5千人弱ですからそれを合わせたよりもさらに多い従業員数を擁していることからもそのスケールをうかがい知れるでしょう。抱現在も日用品やサニタリー、衛生用品、ペット用品を生業としえる主要ブランド数は15個以上。世界総売上額2兆円弱(2018年時点)と、世界トップクラスの製紙企業であるということを今回初めて知りました。最近では製紙関係以外にもゴム手袋なども作っており[文献1]、商売軸を少しずつ移行していっていることもうかがえます。
キンバリー・クラーク社の創始者(4名いる)のうち
社名の由来であるJohn Alfred Kimberly氏(左)とCharles Benjamin Clark氏(右)
いずれも英Wikipediaより引用
同社のブランド一覧(2017年時点) [文献2,3]より編集して引用
社名の由来は創業者のお名前のまま、キンバリーさんとクラークさんたちがウィスコンシンで立ち上げた会社なので「キンバリー・クラーク」です(他にも創設に関わった2名の重要なメンバーが居られました/Havilah Babcock氏, Franklyn C. Shattuck氏)。創業から2020年で150年を迎えた同社は創業の製紙業を守りつつ活躍の場を衛生面などに広げ現在も世界中で商売を進めています。
同社のブランドのうち有名なのは紳士方の必須アイテム クリネックスですが、それ以外ではあまり日本で見かけないロゴばかり。それもそのはず、上記のブランドの一部はカタカナに変えて(例:Poise→「ポイズ」/吸水性衛生製品・Scott→「Scottie」/サニタリー系紙製品)日本市場に入り込むようにしているためです。これは商売を長く続けるための工夫の一面なのでしょう。じっさいトイレットペーパーと言えばアメリカではCottonelleですしイギリスではAndrexですから、同社だけではないですがサランラップなどと同じように「言語から商品名を生活に溶け込ませる」という戦略は海外各社の方が日本よりもずっとブランドに対する哲学と概念が先行しているような気がします。誰が言っていたか忘れましたが「言語が哲学である」というのは事実としてあり、開発部門にいる人間としては色々考えるべきところがあります。筆者だったら「ジャッジメント」とか中二っぽいネーミングをしてしまいそうですからね。
キムワイプ 深堀り
ちなみに商品名「キムワイプ(カタカナ)」、実は日本限定ブランドです。もう少し正確に書くと海外では「キムワイプ」と同じ製品が上図ブランドの一覧の右下にある”Kimberly Clark Professional”(リンク)という商品ブランドの一つに位置付けられていて、キムテック KIMTECHという一商品(リンクこちら)として取り扱われています。我々にとって特に重要な箱の色はおなじみのマイルドな緑ベースではなくややハードな緑色で仕上げられていまして、出渕裕氏と結城信輝氏のキャラクターデザインの違いくらいの差を感じる、と言えばお伝え出来るでしょうか(どっちも好きです)。個人的には抹茶色の方が美味しそうなのでうれしいのですが。ちなみに日本製紙クレシア社ではキムワイプは紙製品、キムタオルは不織布製品と名称を分けてラインナップを形作っています。
同社の製品のパッケージ違い品
“KIMTECH Science”というブランドロゴが明示されている
筆者の周辺ではあまり見ないが…
海外版キムワイプ[製品リンクより引用] 製品名にKimwipesと書いてあるので一安心
また同社は以前から従業員のダイバーシティ化に積極的に取り組んでいて、2017年時点でリーダ職の女性比率が既に30%近くに及んでいてそのリーダ職の業績パフォーマンスの4割近くが女性によるものとあります[文献3]。実際、キムワイプはともかく同社のブランドをよく見てみると家庭の中にあるようなアイテムが多いですから、細やかな気遣いが出来る女性の目線の方が商品開発やバージョンの積み増しに繋がるアイデアに繋がりやすいような気がします。
たとえばこちらの「静電気防止機能」を持たせたキムワイプ。綺麗にふき取りが出来るものの、薬品粉を入れるときに粉がウワッと容器にくっつく経験をしたことがある方は多数みられるでしょう。そうした困りごとを防いでくれる便利なアイテムです。発塵やコンタミを抑えながらなぜ静電気が抑えられるのか、というのは非常に疑問で水分や固定化した極性基の導入などでコントロールできるとの話は聞くのですが、実際にどうやっているのかは謎のままです。どなたか教えてくんねですか。
そのほか、キムワイプシリーズではないですが発塵を極限まで抑えた「高クラスのクリーンルームで使えるワイパー」なるものがこの世に存在していることもここで記載しておきます。その名も商品名ベンコット(旭化成が繊維を提供し小津産業が製造を担う)。これは半導体関連業務に就かれる方には必ず思い出になるであろう重要な製品です。発塵を徹底的に避けたいクリーンルームでの使用に応えるため、特定産地の綿毛中心部のみの繊維を使ったワイパーで、日本酒で言うと大吟醸みたいなもの。活躍場所も限られることからお値段もそれなりにする特別品です。その発塵の無さは下図を見れば一目瞭然。この特別分野では実質ベンコットが寡占状態で、競合品は日本の数社がつくる製品しか存在しません。日本製紙殿もポリエステルを用いたクリーンエリアワイパーという商品を出していますが、さすがにこればかりはベンコットに後塵を拝しているようです。
小津産業殿のページより編集して引用 リンクこちら
セロテープを表面にくっつけても全く繊維痕が発生しない驚異の製品
もちろん紙ワイパー系でこのレベルまで使えるものは現在は無いですが、それぞれの素材の良さを活かしつつ棲み分けが出来ればいい話ですね。範馬勇次郎も言ってるじゃないですか、「競うなっっっ! 持ち味をイカせっっっ!」って。ということでワイパーひとつとっても原料や用途に応じて大きな世界が広がっていますので、あまり思い込みや先入観で可能性を狭めるようなことなくものごとに向かっていきたいところです。
おまけ・キムワイプの作り方
キムワイプはティッシュの一種ですので和紙を作るのと同じ抄紙法で作っています(同社リンク)。ただ上述のとおり①ケバが立たず微粉が出ない、②コンタミが出にくい、しかも③吸液性が高いのがこの製品の特長でこの点をいったいどうやって工夫しているんでしょうか。愛が必要なのはともかく詳細についてはほとんど公開されていないので推定に頼るしかないのですが、おそらくは下記の3点がポイントと推定されます。
つまり、①ケバは基本的に繊維長と繊維強さ(長く強いほど発生しないがやりすぎるとゴワゴワになる)に依存し、これはうまく適切な長さ・強さの繊維を選び出すことができ、更に原料に含まれる微粉や工程内で発生する微粉を除去したり抑えたりすることが出来る、同社の豊富な製造ノウハウが必要。
そのうえで、②紙製品は固く絡みにくいパルプが原料なのでそのままではバラバラになってしまうためバインダーをわずかに混ぜているようで、これもアセトンや非極性溶媒で簡単に溶出しないものを選ばなくてはならない。おそらく水にも極性溶媒にも溶けにくいホットメルト系バインダーを使っているのでしょうけどこれもさすがにわからずじまい。不織布なら繊維が長く絡みやすいのでスパンレース法(水で叩いて繊維同士を絡ませ強度を上げる方法)が使え接着剤を極限まで下げられるのですがここらへんはパルプを原料にしている弱点でもあるのでしょう。
また最後の③で面白いのは吸水性・ふき取り性を上げるためクレープ加工(紙の表面に凹凸を設けて肌触りや吸水性を上げるためのもの)を施しているところ。まずは下の動画で製法のイメージをつかんでいただきたく。
原料から不織布を作っていくイメージ動画
(この場合動画の場合古紙を使っているので注意・
バージンパルプから作る場合は解砕・漂白が入るのでもう少し複雑)
で、出来上がる紙表面にシボのような構成を作るのは一般的に「クレープ加工」と呼ばれる工程で、英語ではcreping processで、このcrepeという単語は「縮み」という意味。日本でも反物で「小千谷縮」という製品があったりしますね。アレのイメージです。これはどういうプロセスかと言うと下の動画がそれ。つまり高速回転する紙製ロールにブレード(刃物)を特定の角度で当ててカンナのように削り出すという結構な荒業で作っていて、㈱トーヨ殿のサイトによるとこれは湿式(紙が濡れた状態)でも出来るようで、発塵を抑えながら形状を付与できる、非常に特徴があるプロセスと言えるでしょう。
基本的にこの工程を連続で行うことでシボのような構造をつける
高速カメラで見るとこういうかんじ
実はこの動画を見るまでは「エンボス加工したゴムロールか何かで適当にプレスでもしてんだろう」と思っていたのですが、そういうところが機械系センスが何もない筆者の払底がバレる考え方。実際紙類にちょっとプレスしたぐらいでは微細なシワはできませんし、そもそもロールプレスだと製造速度を上げられないし高荷重をかけるために結構な設備が必要になってしまって安く仕上がらないうえ、荷重を上げるとすり減って交換頻度が上がり高くなる。そこで考えたのが上記の方法で、おそらく発案された方は海外の方で鉋(カンナ)とかのアナロジーを知らないで仕上げたのだとは思いますが、それにしても非常に安く、早く、大量に製造出来る点でうまくしたものです。
ともかく実験室でフラスコや汚れた床を掃除するたびにキムワイプやキムタオルに感謝しておる日々でして、引き続きユーザフレンドリーなこれらの商品を永く供給していただくことを切に願います。一般的な製紙会社が供給量の増大に木材の乱獲で天然林にダメージを与えるケースが多い中、キンバリー社は今を遡ること10年以上も前にGreenpeaceと対話を開始し原料調達戦略見直しを開始したという例もあり、こうした取り組みが筆者の印象に残っていました。もちろん綺麗事だけで商売が進まない面もあるとは思いますがトップが哲学を引き継いでいくことの重要さはここ20年でどれだけ重要な事であるかは身を以って知っておりますので、同社には今後も植林と原料供給という難しい課題の両立に取り組んでいただきたいと切に願っております。
筆者が使ってる安いタイプのキムタオル[リンクこちら]
毛羽が若干出るが安くてよく液を吸うので大量に消費するケースもしばしば
ということでキムワイプに関する小ネタの数々でした。もちろん他のメーカにも様々なペーパワイパーがあるのに何故ここまで我々はキムワイプに惹かれるのでしょうかね…そんなことを考えながら書いている間、ずっと口の中にキムワイプの味がしていたのが今回のオチでありました。繰り返して言いますがキムワイプは食べ物ではありませんよ。ショウリョウバッタならともかく、人間に消化はできませんからそれを覚悟のうえで。
・・・と、本件を閉じようとしたところ、この世にはキムワイプ料理研究会なるものが存在するらしいということを知りました。現実の方が空想を追い越すというのはこういうことを言うのでしょう。まぁ筆者と違い、ただのネタで騒いでいる方々だと思いますが!
ともかく、今回はこんなところで。