第308回のスポットライトリサーチは、北海道大学大学院総合化学院(鈴木研究室)・張本 尚さんにお願いしました。
鈴木・石垣両先生発の成果は以前にもスポットライトリサーチで取り上げています(過去記事:光/熱で酸化特性のオン/オフ制御が可能な分子スイッチの創出に成功)。光・熱・電気などの外部刺激によって大々的な構造変化をもたらす、新規π系分子の創製が持ち味です。続々とユニークな成果を上げておられ、今回の成果もJ. Am. Chem. Soc.誌 原著論文・プレスリリースとして見事掲載されています。
“Hysteretic Three-State Redox Interconversion among Zigzag Bisquinodimethanes with Non-fused Benzene Rings and Twisted Tetra-/Dications with [5]/[3]Acenes Exhibiting Near-Infrared Absorptions”
Ishigaki, Y.; Harimoto, T.; Sugawara, K.; Suzuki, T. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 3306–3311. doi:10.1021/jacs.1c00189
現場で研究を指揮されている石垣侑祐 准教授から、張本さんについて以下の人物評を頂いています。今後は博士課程に進学して研究を続けるそうで、ますますのご活躍が期待されます。それでは今回も記事をお楽しみください!
張本君は,非常に勤勉で,エネルギーの溢れる素晴らしい学生です。人を惹きつける魅力もあり,常に輪の中心でリーダーシップを発揮しています。その凄まじいまでのポテンシャルの高さから,「常軌を逸した人材」と形容するのが最もしっくりきます。実際に,本研究の他に二つの大きな共同研究プロジェクトを遂行し,そのすべてにおいて驚くべきスピードで数々の成果を挙げてきました。特筆すべきは彼の実験スタイルで,実験に全精力を注ぐため,集中して実験している期間はみるみる痩せていきます(体だけは壊さないでほしい…)。本論文発表後,いまはエネルギーを蓄えているところでしょうか。博士後期課程での彼の活躍からも目を離せません…!!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回の研究では,電気化学的な刺激を用いることで,アセン骨格の一挙構築と段階的な構造制御に成功しました。これによって,有機半導体などに利用可能なアセン誘導体を形成する新たなアプローチとして,電気化学的な刺激が有用であることを実証できたと考えています。以下にもう少し詳しく説明いたします。
本研究では,アントラキノジメタン(AQD)誘導体1を二電子酸化することで,アントラセン骨格が形成することに着目し,分子内にキノジメタン骨格を二つ導入したビスキノジメタン(BQD)誘導体2を新たに設計・合成しました。
ベンゼン環は通常平面構造をとりますが,目的のBQD誘導体2では一つ飛ばしに配置されているため,中性状態では分子全体がジグザグ型に折れ曲がった構造をとっています。一方,四電子酸化を行うことで,五枚のベンゼン環が直線状につながったペンタセン([5]アセン)骨格を有する誘導体24+が定量的に生成することを明らかにしました。また,還元で定量的にBQD誘導体2が再生します。
さらに詳しく調査をすると,還元は段階的に進行し,中間体としてアントラセン([3]アセン)骨格をもつL字型の化合物22+を経由して,元のジグザグ型構造へと戻ることを見出しました。すなわち,段階的な還元によって,ペンタセン→アントラセン→ベンゼン骨格が形成されることを実証しました。ここで,酸化状態では,生体透過性の観点で注目されている近赤外領域(~1,400 nm)に及ぶ吸収を示します。これらの酸化還元過程について,紫外可視近赤外吸収(UV-vis-NIR)スペクトルによって明らかにしただけでなく,X線結晶構造解析により直接的に分子構造を決定することに成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究では,中性・二価カチオン・四価カチオンの合計三つの電荷状態について,それぞれ詳細に調査を進めていく必要がありました。特に,三状態間のレドックス相互変換の定量性を実験的に証明するために,これらの単離収率が鍵を握ります。そのため,全ての反応において,化合物のロスを極力減らすために,ピペットの扱いやサンプルの精製操作には慎重に慎重を重ねました。化合物を1 mgたりともロスできないという意識を常に持ちながら,合成と測定を並行してガツガツ進めていくことで,成果に結びついたと思います。
また,本研究で一番思い入れがあるところは,中性体のサイクリックボルタンメトリー(CV)測定によって,段階的な還元波を観測したことです。これにより,二価カチオン状態を十分に単離できるのではないかと非常にワクワクしましたし,これをきっかけに実験のペースが格段に上がったことを今でも覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
二価カチオン状態では,複数の構造を描くことが可能です。そのため,二価カチオン体の構造を同定するまでの道のりが大変でした。構造を同定するために,どのような測定が有効であるのかしっかり吟味してから,実験を行うようにしていました。誘導体のCV測定はもちろん,二価カチオンの温度可変 1H NMR測定や四価カチオンへの還元剤の滴定実験によって,分子構造の候補を絞ることができました。また,二価カチオンの分子構造を,実際にこの目で確かめたいという強い思いから,X線結晶構造解析に必要な単結晶を得ようと奮闘しました。測定に適う単結晶が思うように得られず苦戦を強いられましたが,ここで終わってたまるかという一心で,再結晶に用いる溶媒の種類や温度などの条件をひたすら振って,50回以上もの試行錯誤を重ねました。その甲斐もあって,X線結晶構造解析によって,アントラセン骨格を有する二価カチオン体22+であることを最終的に突き止めることができました。棚が埋まるくらいサンプルを仕掛けていたら,『どれくらい仕掛けるつもりなの?』とラボのメンバーからしばしばびっくりされたのは良い思い出です。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は,小さい頃から地元の科学展をよく訪れていました。そこで開催された実験教室やサイエンスショーにおける体験は,今でも忘れられません。化学に興味を抱いたのも,化学の研究に没頭できる今の自分があるのも,その体験がきっかけです。そこで私も,言語や文化の壁を超えて化学への入り口を提供し,あらゆる人たちに「化学ってこんなにも面白いのか!」と共感してもらえるような研究者になりたいと考えるようになりました。幼いころから化学に導かれた私だからこそ,研究活動を通して気付いた化学の面白さや魅力を,今度は色々な人に伝えていきたいです。化学の醍醐味を後世に継続して伝えていくことができるような環境を率先して作っていくことで,化学のさらなる発展に貢献できると考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
はじめに,日々の勉学や研究活動でお世話になっているChem-Stationの,スポットライトリサーチに取り上げていただき,本当に嬉しく思います。
研究は,自分の思い通りに進まないことが多いと思います。しかしながら,思い通りに進まないときこそ,自分が一番成長することができる絶好のチャンスだと私は考えます。思いも寄らない出来事の先には,予想もしなかった興味深い発見があることでしょう。そして,皆さんが研究活動を通して気付いた化学の醍醐味を,身の回りの人にぜひ共有してあげてください!辛いときも嬉しいときも,周囲のメンバーと分かち合い,支え合うことで研究が大きく進展するはずです。
最後に,この場をお借りして,研究生活を支えてくださった鈴木先生,親身になって日頃の研究をご指導してくださった石垣先生,そして,私の研究テーマについて活発にディスカッションをしていただいた研究室のメンバー皆様に心より感謝申し上げます。そして,これからもよろしくお願いします。
研究者の略歴
張本 尚(はりもと たかし)
研究テーマ:新奇酸化還元系分子の開発
所属:北海道大学大学院総合化学院 有機化学第一研究室(鈴木研)
修士課程2年(博士後期課程進学予定)
略歴:2020年3月 北海道大学理学部化学科 卒業
2020年4月 北海道大学大学院総合化学院 博士前期課程進学
2021年10月 博士後期課程進学予定
受賞歴:2019年9月 第30回 基礎有機化学討論会 ポスター賞
2020年3月 2019年度 北海道大学理学部同窓会賞