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スポットライトリサーチ

豚骨が高性能な有害金属吸着剤に

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第301回のスポットライトリサーチは、原子力研究開発機構の関根由莉奈さん、南川卓也さんにお願いしました。

福島の原子炉の処理において、処理水からの放射性廃棄物の除去は重要な課題です。特にストロンチウムは人体では骨に蓄積し、放射線を出し続けるため、重要な除去対象です。今回取り上げる研究では、ストロンチウムの除去になんと豚骨を使って成功しました。 原著論文、プレスリリースとして公開されています。また豚骨好きの研究者としてニュース番組などでも取り上げられたので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。

“Carbonated nanohydroxyapatite from bone waste and its potential as a super adsorbent for removal of toxic ions”
Y. Sekine, T. Nankawa, T. Yamada, D. Matsumura, Y. Nemoto, M. Takeguchi, T. Sugita I. Shimoyama, N. Kozai, S. Morooka, J. Environ. Chem. Eng. 2021, 9, 105114_1 – 105114_12. doi: 10.1016/j.jece.2021.105114

今回も現場のリアリティをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

私たちは今回、廃棄豚骨を原料とした高効率な有害金属吸着剤を開発しました。骨には元来、カルシウムやマグネシウムなどの様々な金属イオンを取り込む性質があり、その性質を最大限に利用することにより優れた吸着剤を実現しました。
骨は、無機物であるヒドロキシアパタイト(以下、HAPと略)と有機物であるコラーゲンなどから構成されます。骨の無機成分であるHAPは金属イオンを取り込みやすい化合物であり、それにより骨には様々な金属イオンが取り込まれます。今回の研究では、HAPの化学的性質に着目しました。HAPはカルシウム、リン、水酸基から構成される無機結晶で、一般的にCa10(PO4)6(OH)2の化学式で表されます。HAPは人工的にも合成出来ますが、骨を構成するHAPは人工物と異なり、炭酸が多く含まれていることが特徴です(図1)。不思議なことに、人工合成したHAPよりも骨由来のHAPの方が高い効率で金属イオン取り込むことが以前より知られていました。これは、骨由来のHAPに含まれる炭酸が金属イオン取り込み性能に寄与しているのではないかと考えられていました。

図1 生体骨の特徴

このような背景から、私たちの研究グループは、骨由来のHAPが金属イオンを高い効率で取り込むメカニズムを解明できれば、より効率的に汚染水や環境中から有害金属を除去できる吸着剤が創製できるのではないかと考えました。

一方、食品業界においては、毎年世界規模で多量の廃棄骨が発生しており、有効な処理法が模索されています。したがって、食品廃棄物である豚骨ガラを原料に利用することで、安価で環境に優しい吸着剤の開発が可能になるだけでなく、同時に食品廃棄物の処理問題の解決にも繋がれば良いのではないかと考えました。試行錯誤した結果、加圧加熱してコラーゲンなどの有機物を除いた廃棄豚骨を重曹(炭酸水素ナトリウム)水溶液に浸けることで、従来よりも多くの炭酸を含むHAP(炭酸HAP)が形成することを発見しました(図2)。重曹水溶液における重曹の濃度を増加させると、HAPに含まれる炭酸も増加することも分かりました。先ず、作成した炭酸HAPに対して、ストロンチウム、カドミウム、鉛に対する吸着性能を調べました。すると、炭酸HAPはストロンチウムに対して未処理の骨に比べて約250倍高い吸着性能を示しました。さらに、天然ゼオライトの中で最も高効率でストロンチウムを吸着することで知られるクリノプチロライトと比較したところ、炭酸HAPは約20倍高い性能を示しました(図3)。また、カドミウムや鉛に対しても高い吸着性能を示しました。特にカドミウムに対しては、有害金属吸着剤としても利用されるクリノプチロライトに比べて約370倍、同じく吸着剤の天然ゼオライトの一種であるモルデナイトに比べて約3,200倍も高い吸着性能を示しました。

図2 炭酸HAPの作製

 

図3 炭酸HAPの吸着性能

 

異なる量の炭酸を含む炭酸HAPに対してストロンチウムに対する吸着性能を調べたところ、含まれる炭酸の量が多くなると、ストロンチウムに対する吸着性能が向上することが分かりました。また、炭酸HAPの表面は、炭酸が導入されることにより負に帯電し、正電荷のストロンチウムが吸着されやすい状態になっていることを見出しました。さらに、X線吸収微細構造評価法により、炭酸HAPではストロンチウム吸着に適した新しい吸着サイトが形成されていることが分かりました。このように、食品廃棄骨を重曹に漬け込むだけで、ストロンチウム、カドミウム、鉛といった有害金属に対して高い吸着性能を示す材料の作製が可能であることを発見しました(図4)。

 

図4 炭酸HAPの金属イオン吸着サイト

 

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

化学や吸着剤の研究領域においては市販の試薬を用いた実験が一般的で、今回のように廃棄豚骨を用いた研究は特殊な事例であると感じています。実際、私達も今までは試薬を用いて人工合成アパタイトを使った研究も行っていました。精密な化学合成に基づく研究は、基礎科学分野や材料開発においてもちろん重要ですが、例えば広大な規模で環境浄化が必要となった場合、安価かつ簡易に大量生産が可能な材料が必要になってきます。そのような広範囲の環境浄化に適用出来る材料を開発したい、と考えた時、アパタイトを主成分とする食品廃棄骨を用いた研究を思いつきました。
今まで実験スタイルと異なる試みでしたが、先ず思い切って精肉店から豚骨を10kg購入してみました。しかし、いざ豚骨を目にしてみると、骨は大きさもあり、肉もついている状態で、一体どのように処理したらよいのか全く分からなくなりました(笑)。実は今回の研究目的はもう1つあり、それは家庭でも作れるような吸着剤を実現したい、というものでした。過去の事例からも、有害物質による健康被害は何かの拍子に身近で起こり得ることですので、簡単な合成法であれば実際に役立つ機会があると考えていました。簡単、安全、安価な方法を試行錯誤した結果、骨を重曹に漬けるという方法にたどり着きました。作製した骨由来HAPの吸着性能を調べて、極めて高い金属イオン吸着性能があることを見つけた時は驚きと嬉しさでいっぱいでした。このような感じで進めてきた研究ですので、すべて思い入れがあります。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

研究は様々なコンセプトで自由な発想で行えるものと考えています。しかし、良い結果が出て満足するだけではそこで終わってしまいます。当たり前の話ですが、研究結果を世に出すためには科学的知見に基づくデータを揃え、しっかりと信憑性や信頼性を確認し、学術誌などにおいて他の専門家にも認めてもらうことが必要と考えます。今回は、幸運なことに炭酸HAPで高い金属吸着性能を発見するまでは比較的容易に進行出来ましたが、成果を発表する段階で若干難しさを感じました。試薬等を用いる研究が一般的な関連分野において、廃棄豚骨を用いた研究を認めてもらうためにどのようなデータを取得してまとめれば良いのか、最初は分かりませんでした。先行研究もほとんどないため、未知数な部分も大きかったです。廃棄骨に向き合い、科学的データを一つ一つ集め、炭酸HAPの性能に関する科学的な知見の土台を固めていきました。そのようにまとめた結果も、やはり分野において廃棄骨の研究が突飛過ぎるためか、最初はなかなか評価してもらえずにもどかしい思いもしました。最終的に成果が認められた時は嬉しかったです。廃棄骨を用いた吸着剤の開発、というシンプルな研究テーマですが、その成果をまとめるために様々な評価実験を行い、解析法も駆使しました。研究の着想から実験計画、成果のまとめまで、今まで私たちが経験していない内容だったので学びにもなりました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

今回、廃棄骨を利用した吸着剤開発についての成果を発表したところ、予想以上に大きな反響を頂きました。世に役立つ研究をしたいと思い研究者になりましたが、今までは比較的専門性の高い研究スタイルと実際の現場に大きな隔たりを感じていました。研究室にいると実際の課題を知る機会も少なく、また、どのように情報を集めたらよいのかも不明瞭なところがありました。様々な場所に足を運び、自分達なりに動いていましたが、限界はありました。今回、廃棄骨を使った研究を思い切って始めたことで、世の課題と自分達の研究の距離が近くなったように感じています。実際の課題に関する情報も耳にする機会が多くなり、研究の方向性が明瞭になってきたように思います。今回の研究を通して学んだことは大きく、これからは科学的な専門性を高めつつ、実際の現場に貢献出来るような研究を更に推進していきたいと考えています。もちろん、廃棄骨を利用した研究もまだまだ進めていきます。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

上記にもありますが、今回、廃棄骨を用いた吸着剤の開発、というシンプルな研究テーマでしたが、今まで私たちが培った多くの専門知識や技術を駆使しました。成果をまとめ上げることが出来た時は、今まで多くの研究に携わり、色々と学んできて良かったなと改めて嬉しく思いました。今、研究を始めたばかりの皆さんには、是非様々な角度から知識や研究技術を思い切り学んで貰えたらと思っています。そして、既存の枠にとらわれない自由な発想、好奇心、楽しむ気持ちを持ち続けて、共に科学分野や世の中を盛り上げていけたら良いなと願っています。私たちも、今回のテーマや他のテーマもまだまだ先がありますので、楽しみながら、より一層情熱を持って進めていきたいと思っています。

 

研究者の略歴

名前:関根 由莉奈(せきね ゆりな)
所属:国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 物質科学研究センター階層構造研究グループ
研究テーマ:高分子、吸着、X線・中性子散乱
略歴: 2012年―国立研究開発法人日本原子力研究開発機構、研究員
趣味: おいしいもの食べ歩き、鉱物収集

 

 

 

 

名前:南川 卓也(なんかわ たくや)
所属:国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター界面反応場化学研究グループ
専門:錯体化学、原子力科学
略歴:2008年―国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 バックエンド技術部、技術員
2017年―国立研究開発法人日本原子力研究開発機構 先端基礎研究センター、研究員
趣味:旅行、グルメ、金継ぎ、運動

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