第299回のスポットライトリサーチは、北里大学理学部(真崎研究室)・上田将史 助教にお願いしました。
近年の一大研究標的となっている湾曲した多環式芳香族炭化水素(PAH)の合成ですが、今回新たなファミリーが加わりました。色素として汎用されるクマリン類を三量化することで、プロペラ型にねじれた形の新たなキラル蛍光分子が出来上がります。ChemPhotoChem誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。
“Triskelion‐Shaped π‐Luminophores Bearing Coumarin: Syntheses, Structures, and Luminescence Properties”
Ueda, M.; Kokubun, M.; Mazaki. Y. ChemPhotoChem 2020, 4, 5159. doi:10.1002/cptc.202000049
研究室を主宰されている真崎康博 教授から、上田さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
上田君と初めて会ったのは、彼がまだ修士一年生の時だったと記憶していますが、その時の彼は宴会場で気持ち良さそうに寝ており、その姿がとても印象的でした。本学に着任した現在でも、宴会場ではその姿をしばしば見かけますが、有機合成にかける情熱は人一倍あります。研究室では学生に負けず劣らず、合成ばかりしています。今回の成果は、彼が我々の研究室に加わってから取り組み始めたπ共役系蛍光色素に関する報告になっています。インタビューにあるように、当初は合成がうまくいかず、苦労した部分もありました。何度も試行を重ねて、最終的に分子構造を決定し、特異な性質を示す発光色素の開発に成功しています。こうして今回の発表に至ったのも、彼の化学に対する粘り強い姿勢があったからだと思います。その姿勢を維持しながら、独自の研究テーマを開拓し、オリジナリティ溢れる研究を着実に遂行できるよう、彼の成長に期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
トンカ豆などの植物に主に含まれるクマリンは特定の部位に化学修飾を施すことで強い発光を示す色素分子として知られています。今回私たちは、ベンゼン環を中心にクマリンを3枚縮合させたプロペラ状蛍光色素を新たに開発しました(図1a)。単結晶化にも成功し、湾曲した右巻きのPPP体と左巻きのMMM体を含むラセミ結晶であることをX線結晶構造解析から明らかにしました(図1b)。本分子系はクマリンと同様に電子供与基を導入することで蛍光量子収率が上昇し、電荷分離構造に基づくソルバトフルオロクロミズムを示しました(図1c)。加えて、一般的に分子内の自由回転を抑えることで発現する凝集誘起発光を、PPP体からMMM体への分子反転を抑制することによっても発現することを見出しました(図1d)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
北里大学理学部に着任してから始めた研究テーマのうちの一つなので思い入れがあります。Q3にて後述しますが、目的分子の合成には工夫(というより試行錯誤)が必要でした。当初は図1aに示したようにクマリンの3,4位の二重結合からベンゼン環を形成しようと試みていましたが、結果としてうまくいきませんでした。それから経路を練り直し、中央ベンゼン核を中心としたラクトン形成反応、酸化反応、アリールアリールカップリング反応など、種々検討しました。最終的にUllmann反応を駆使して目的化合物の生成を確認したときは非常に嬉しかったです。また、黄色の立方晶が得られたときはとても興奮しました。個人的には解析を通して分子構造を明らかにする瞬間がとてもお気に入りです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
この質問については実際に実験を行った國分未来さん(修士2年)に伺いました。
國分さん「合成経路の確立が難しかったです。前駆体の段階で当初考案していたNegishiカップリングやHeck反応がうまくいかず、合成経路を大幅に変更する必要がありました。いろいろ検討したところ、古典的な反応ではありますが、活性化した銅粉末を用いたUllmannカップリングに行き着きました。反応条件の最適化や精製条件の検討もとても苦労しました。目的化合物を合成する期限を定め、それを達成するためにどのような検討が必要か、を意識して取り組むようにしました。また、最終段階の収率が低くなることが予想されたので、原料合成については引用論文よりも高収率で得られるように、反応条件の最適化や操作の効率化について意識して取り組みました。」
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
あまり深く考えたことはありませんが、私自身が化学に抱いている興味や関心を、一人の研究者として、実験を通して愚直に明らかにしていきたいと思っています。幸い、私たちが研究を行っている分野は、自ら分子設計指針を立案し、実際に合成を行い、試行錯誤を繰り返しながら、新しい分子を創り出すことができますので、とても自由度の高い学問領域だと個人的には思っています。だからこそ難しい部分ももちろんありますが、その中で、普段抱えている「なぜだろう?こうすればうまくいくはずだ!こんな分子はどうだろう?」などといった疑問を解決していきたいです。そして、私自身の個性が滲み出るような分子を創り出して、化学の発展に貢献できればと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究とは少し逸れますが、本年度はコロナ禍の影響で研究室の運営や実験、学会発表などが様々な制約によって思い通りにいかず、その対応に追われる過酷な年ではなかったかと推察します。状況は刻一刻と変化していきますが、皆で協力していけば乗り越えられると信じています。そして、少しでも状況が好転することを願っています。
研究については皆さんに負けないよう、私も精進したいと思います。最後になりますが、Gaussianを用いたDFT計算が完了したときに表示されるアウトプットファイルの名言集から個人的に好きな言葉を紹介したいと思います。
“It is impossible to meditate on time and the mystery of nature without an overwhelming emotion at the limitations of human intelligence.”—Alfred North Whitehead
どうぞ良い研究ライフをお送りください。
研究者の略歴
氏名:上田将史
所属:北里大学理学部化学科分子機能化学講座(真崎研究室)
研究テーマ:カルコゲンを組み込んだ新規共役系分子の合成