集え、”腕に覚えあり”の合成化学者!!
今回の記事では、全世界の合成化学者と競い合うイベント、Merck Compound Challengeをご紹介します。
どんなイベントなの?
ひとことで言えば「逆合成コンペ」です。提示されるお題化合物の合成経路を各チームが提案し、その優劣を競い合います。評価基準としては、工程数・収率・純度・実現可能性・オリジナリティなどが勘案されます。今年が第3回の開催になります。
トップ10に選ばれた合成経路は、Merck社お抱えのCROが実際に合成検討までしてくれます。その中から最優秀賞に選ばれたチームには、なんと賞金10,000ユーロ(約126万円)が授与されます。超太っ腹な企画です!
逆合成を考えるにあたっては、他者との相談・議論、SciFinderの使用など、あらゆる持ち込みに縛りがありません。参加資格についても縛りは無く、1チーム何人でエントリーしてもOKです。
ただし一つだけ縛りがあります。お題が提示されてから、96時間以内に合成経路を提出しなくてはなりません。
第2回参加体験記
昨年(第2回)は、筆者のところでも助教と学生をあつめ、10人チームを作ってエントリしました。しかし残念ながらファイナリストには残れませんでした。
イベントの雰囲気を少しでも感じていただき、エントリーする参考情報になればと思い、第2回の参加体験記を記しておきます。
お題の開示
2020年2月14日(金)に、お題となる化合物が開示されました。2019年に単離構造決定されたばかりの、合成例のない天然物(Melongenaterpenes A, J. Nat. Prod. 2019, 82, 3242)です。見て分かるとおり、とんでもなく難しい・・・というほどでもないですが、不斉炭素が沢山あり、一筋縄ではいかなそうな構造です。皆さんならどうやって作りますか?これを96時間以内でクリアしなくてはいけません。
ルートの提案
day1,2が土日だったこともあり、週末を使って各自ルートを考えてくるよう、メンバーにはお願いしました。
day3の朝に集まって各自考えてきた合成ルートと戦略を共有しあい、最も良さそうなものを一つ選びました。そこから文献調査に入ります。お題はもちろん合成例のないものですが、類縁体となると、実は沢山の合成例が報告されています。こういったものをどこまでパクるか取り入れるか、かなり悩みました。オリジナリティと現実性の狭間にある話なので、企画意図を読んでもどっちに寄せればいいのか良く分からないのです。また、正確な反応条件・適用範囲を調べ始めると、文献調査もかなりの分量になります。チームに10人いることを強みと捉え、メンバーを各工程に振り分け、SciFinderを使った調査を分担して貰いました。計算化学の得意なメンバーには、中間体のエネルギー安定性などを計算して貰い、提案の合理性サポートに貢献して貰います。
それぞれの調査結果をSlack上のチャンネルで共有しながら取り纏め、10人がかりの提案ルートが出来上がりました(下図)。突貫工事にしては、それっぽく出来たでしょうか・・・?
day4の最後に、アンサーシートに回答を記入し、提出しました。委託合成に使いそうなフォーマットそのものに見えます。各工程、1案だけならバックアップも提案して良いルールになっています。当量や実験プロトコルなどそこそこちゃんと書かねばならない感じで、〆切ギリギリでの提出でした。
評価ラウンド
1ヶ月ぐらいすると、評価ラウンドが始まります。匿名ピアレビュー方式が採用されています。
まず、9チームがランダムで1まとめにされます。それぞれのチームには、(自分たちの分を除く)8チームの提案書が匿名で送られてきます。全ての合成ルートを比較し、1位~8位まで順位付けした評価シートを提出します。
全チームの評価シートをMerck側が集計し、ファイナリストが決定されます。第2回コンペで経路提出まで至ったのは132チームあったようで、ファイナリスト(10チーム)に選ばれるためには、少なくとも9チーム中、トップ評価を得る必要があると言えます。ハイレベルな闘いです。
筆者のチームでは、メンバー各自で好きに順位を付けて貰い、それを平均集計するようなやり方で、グループとしての評価順位を付けました。実際にやってみて分かりましたが、皆の評価は案外バラバラにならず(各自が良いと思うものは似ている)、突拍子もないチャレンジング経路よりは、実現性が高そうで安心感のある経路のほうが、チームの総意として上位に来やすい印象がありました。
実際にやってみてどうだったか?
全合成を専門としていない研究者にとって、96時間という制限時間はかなりキツいです。
土日を挟んでいたこともあり、day3を文献調査、day4に資料を作る計画で組んでしまったため、隙の無いものに仕上げるための精査時間が足りませんでした。
試薬の入手性なども熟慮できておらず(1工程目から非市販の碇屋触媒を持ち出すなど・・・)、当量などの反応パラメータも精査しきれないままに、見切り提出せざるを得ませんでした。CROが参照するような提案書として見れば、完成度もそこまで及ばなかったと感じます。
また実際に文献調査を始めてみると、「もっとショートカットできるのでは?他にも良い方法があるのでは?この前例を参考にしてみては?」などなど、メンバー間の議論が多数勃発してきます。リーダーシップを取る立場からすると、意見の取り纏め・摺り合わせも相応に大変です。時間が限られているので、どこかでクオリティ追究を打ち切らねばならず、そこの見極めも難しいです。
しかし、学生達5~10名を集めて一つの合成課題に向き合わせ、協力的に調査・提案するようなグループワークは、考えて見れば普段のラボ生活にはそうありません。実際に参加してくれた学生達も、各自でかなり楽しんでくれたようで、逆合成力が付くとか賞金がどうたらよりも、このイベントに一丸となって集中的に取り組む過程がもたらす、チームビルディングの強化効能こそが最も得がたい価値だったと感じています。反省を活かして、次回もリベンジ予定です!
第3回のエントリーが始まっています!
第3回のエントリー〆切は2021年2月26日です。下記ページから無料で申し込めます(英語です)。
エントリー済チームには、2021年3月15日にお題となる化合物が発表されます。96時間以内にアンサーシートを仕上げ、提出すればOKです。
加えて今回からの新たな試みとして、Merck社が提供する逆合成ソフトウェアSynthiaの期間限定使用権が、全ての参加チームに付与されます。取り組みハードルは下がる一方、さらに熾烈な争いになって行きそうな感もありますが・・・ともあれ単にSynthiaを体験してみたいと思う方々にとっても、参加価値がありそうなイベントだと思えます。
日本ではまだまだ知名度の低いコンペなので、我が国発のファイナリストがどんどん出てきてくれればいいのにな・・・と期待しつつ、紹介記事の筆を置きたいと思います。失うものは何も無いですし、合成化学の世界的お祭りだと捉えて、気軽にエントリーしてみてはいかがでしょう!?
謝辞
企画詳細にまでおよぶ掲載許可を頂きました、Merck社に感謝申し上げます。
ケムステ関連記事
・ブートキャンプ:かのBaran研でも似たような取り組み(だが内実は遥かにハード)をやっているというお話
外部リンク
- Merck’s €10k synthesis competition will lab test routes(Chemistry World)
- Merck Compound Challenge 2020:前回優勝した2チームの紹介
- A Retrosynthesis Contest (In the Pipeline)