化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。めっきについて二回目の今回は、溶液に電圧をかけた時に何が起こるのかという点にフォーカスしていきたいと思います。
電気化学の話題を語るとき、ついつい「溶液に電流を流す」と表現してしまいがちですよね。しかし、突き詰めれば電流とは電子の移動であり、溶液に電圧(電位差)を加えた結果起こる現象です。したがって、実験者が実際に行っている操作は電圧(電位差)をかけることであり、電流はその帰結として流れるもの、と捉える方が正確です。このあたりは電気化学分野の大家、渡辺正先生の「基礎化学コース 電気化学」(丸善)でもかなり手厳しく詳しく述べられています。
電気二重層の形成
さて、適当な電解質溶液に印加する電位差を0から徐々に上げていく場合を考えます。すると、最初のごく一瞬だけ微弱な電流が流れ、その後再び流れない状態がしばらく続くはずです。最初に流れる電流(非ファラデー電流)は、電極表面への電気二重層の形成に由来します。電気二重層とは、イオンなどの荷電粒子が電位に応じて電極近傍に接近することで、微視的な電荷の偏りが生じた層です。その構造は、陽極(アノード)[陰極(カソード)]表層に陰イオン[陽イオン]が集積した内部ヘルムホルツ面と、その外側の陽イオン[陰イオン]が比較的多い外部ヘルムホルツ面から構成されたものです。
この電気二重層はイオンの分布の偏りによって事実上電荷を蓄えているコンデンサと見なすことができます。コンデンサに直流電圧を加えると、その充電の間だけ電流が流れ、その後は流れなくなるのと同様です。
注) 誘電体の代わりに電気二重層を利用して電気を蓄える、電気二重層コンデンサも実用化されています。
なお、電極材料と溶液の仕事関数の差異(≈ゼータ電位)により、外部電源から電位差を与えなくても有意な電気二重層形成がみられる場合もあります。コロイド粒子の分散なども同様の原理で説明できます。
やや冗長になりましたが、電解中の溶液において、電位勾配は電気二重層の部分に集中しており、その他のバルク部分ではわずかです。したがって、バルクの電解液中のイオンと電極との間に働くクーロン力は弱く、加える電位差が小さいときにはほとんど無視できます。(電気泳動においてははるかに大きい、数百V~数十kVオーダーの電位差が必要です)
電極反応と過電圧
さらに電圧を上げていくと、いよいよ電極と溶液中の化学種が電子の授受を行い、ファラデー電流が発生するようになります。これが電極反応です。
そもそも、電極反応は外部から電気エネルギーを与えなければ進行せず、安定な(エネルギーの低い)原料から不安定な(エネルギーの高い)生成物を取り出すものであります。したがって反応を進行させるのに必要な電位はその反応前後のギブズエネルギー変化ΔGに対応しており、ΔGから算出された標準電極電位(とネルンストの式から得られる平衡電位)から求めることができるはずです。例として、水を水素と酸素に分解するには1.23 Vの電位差が必要な計算になります。
ところが、実際に電解を行ってみると電極反応が起きて有意な電流が流れるようになるにはさらに電位差をかける必要があります。先の水の電気分解の例では、両極白金Pt電極を用いた場合、理論値よりも約0.8 V高い2.0 Vほどでようやく有意な反応が進行します。この、理論値よりも過剰に必要となる電圧のことを過電圧と呼びます。過電圧は活性化エネルギーに対応した概念であり、反応の種類や電極の組成に応じて変化します。
おおむね過電圧を超えたあたりから、化学種の拡散が律速(拡散律速)となって頭打ちになるまでの間(電荷移動律速)、加えた過電圧ηに対して電流iが指数関数的に増加していくようになります。
この関係はターフェルの式(Tafel equation)として知られています。
なお、電位と電流の対数のプロットにおいて勾配を表す定数Aは、以下のように書き下せます。(eは電気素量で、1 molあたりに換算するとおなじみのファラデー定数Fとなります。したがって、k/e=R/Fの関係が成り立ちます。)
一つの電極(酸化還元系)に絞って考える
さて、これまで電気分解される溶液全体についてみてきましたが、アノード/カソードのどちらか一方で起こる、1種類の酸化還元反応(O + n e– ⇌ R)のみを考えます。
電極反応で流れるファラデー電流は反応速度に比例し、その反応速度はアレニウス式に従います。ここで注意すべきは、電極表面では正反応だけでなく逆反応も起こりうるという点です。したがって平衡電位においては両者の速度、すなわち酸化電流と還元電流は釣り合っています。
ここで、電位を平衡電位からEだけ変化させると、酸化体Oと還元体Rのエネルギー差ΔGはzFEだけ変化します。これは、OとRそれぞれのエネルギーの増減として配分され、αaの割合がOのエネルギー変化に、残るαc=1-αaがRのエネルギー変化に用いられます。
以上から、以下のバトラー・ボルマー式(Butler-Volmer equation)が導かれます。これより、先に述べたターフェルの式は、ηが十分に大きい場合の近似式であることが読み取れます。
バトラー・ボルマー式の与える結果を電流の平衡電位からのずれ(分極)に対する関係としてあらわすと、以下のような分極曲線を描くことができます。
この分極曲線は、とりわけ無電解めっきの原理を理解したり、種々の電気化学測定を行ったりする際に重要となる概念です。
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今回も少し長くなりましたのでこのあたりで区切ります。次回は化学めっきの原理について詳しく見ていきますのでお楽しみに!
参考文献
[1] 杉本 克久, 材料機能の電気化学II, まてりあ, 2007, 46 巻, 9 号, p. 614-621, 公開日 2011/08/11, Online ISSN 1884-5843, Print ISSN 1340-2625, https://doi.org/10.2320/materia.46.614,関連書籍
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