[スポンサーリンク]

一般的な話題

化学者のためのエレクトロニクス講座~電解で起こる現象編~

[スポンサーリンク]

化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。めっきについて二回目の今回は、溶液に電圧をかけた時に何が起こるのかという点にフォーカスしていきたいと思います。

電気化学の話題を語るとき、ついつい「溶液に電流を流す」と表現してしまいがちですよね。しかし、突き詰めれば電流とは電子の移動であり、溶液に電圧(電位差)を加えた結果起こる現象です。したがって、実験者が実際に行っている操作は電圧(電位差)をかけることであり、電流はその帰結として流れるもの、と捉える方が正確です。このあたりは電気化学分野の大家、渡辺正先生の「基礎化学コース 電気化学」(丸善)でもかなり手厳しく詳しく述べられています。

オームの法則だけでは電圧と電流の因果は見えてきません(画像:Wikipedia

電気二重層の形成

さて、適当な電解質溶液に印加する電位差を0から徐々に上げていく場合を考えます。すると、最初のごく一瞬だけ微弱な電流が流れ、その後再び流れない状態がしばらく続くはずです。最初に流れる電流(非ファラデー電流)は、電極表面への電気二重層の形成に由来します。電気二重層とは、イオンなどの荷電粒子が電位に応じて電極近傍に接近することで、微視的な電荷の偏りが生じた層です。その構造は、陽極(アノード)[陰極(カソード)]表層に陰イオン[陽イオン]が集積した内部ヘルムホルツ面と、その外側の陽イオン[陰イオン]が比較的多い外部ヘルムホルツ面から構成されたものです。

電気二重層のイメージ(画像:Wikipedia

この電気二重層はイオンの分布の偏りによって事実上電荷を蓄えているコンデンサと見なすことができます。コンデンサに直流電圧を加えると、その充電の間だけ電流が流れ、その後は流れなくなるのと同様です。

注) 誘電体の代わりに電気二重層を利用して電気を蓄える、電気二重層コンデンサも実用化されています。

電気二重層コンデンサ(画像:Wikipedia

なお、電極材料と溶液の仕事関数の差異(≈ゼータ電位)により、外部電源から電位差を与えなくても有意な電気二重層形成がみられる場合もあります。コロイド粒子の分散なども同様の原理で説明できます。

やや冗長になりましたが、電解中の溶液において、電位勾配は電気二重層の部分に集中しており、その他のバルク部分ではわずかです。したがって、バルクの電解液中のイオンと電極との間に働くクーロン力は弱く、加える電位差が小さいときにはほとんど無視できます。(電気泳動においてははるかに大きい、数百V~数十kVオーダーの電位差が必要です)

電極反応と過電圧

さらに電圧を上げていくと、いよいよ電極と溶液中の化学種が電子の授受を行い、ファラデー電流が発生するようになります。これが電極反応です。

そもそも、電極反応は外部から電気エネルギーを与えなければ進行せず、安定な(エネルギーの低い)原料から不安定な(エネルギーの高い)生成物を取り出すものであります。したがって反応を進行させるのに必要な電位はその反応前後のギブズエネルギー変化ΔGに対応しており、ΔGから算出された標準電極電位(とネルンストの式から得られる平衡電位)から求めることができるはずです。例として、水を水素と酸素に分解するには1.23 Vの電位差が必要な計算になります。

ところが、実際に電解を行ってみると電極反応が起きて有意な電流が流れるようになるにはさらに電位差をかける必要があります。先の水の電気分解の例では、両極白金Pt電極を用いた場合、理論値よりも約0.8 V高い2.0 Vほどでようやく有意な反応が進行します。この、理論値よりも過剰に必要となる電圧のことを過電圧と呼びます。過電圧は活性化エネルギーに対応した概念であり、反応の種類や電極の組成に応じて変化します。

おおむね過電圧を超えたあたりから、化学種の拡散が律速(拡散律速)となって頭打ちになるまでの間(電荷移動律速)、加えた過電圧ηに対して電流iが指数関数的に増加していくようになります。

電圧と電流の関係(画像:Wikipedia

この関係はターフェルの式(Tafel equation)として知られています。

なお、電位と電流の対数のプロットにおいて勾配を表す定数Aは、以下のように書き下せます。(eは電気素量で、1 molあたりに換算するとおなじみのファラデー定数Fとなります。したがって、k/e=R/Fの関係が成り立ちます。)

一つの電極(酸化還元系)に絞って考える

さて、これまで電気分解される溶液全体についてみてきましたが、アノード/カソードのどちらか一方で起こる、1種類の酸化還元反応(O + n e ⇌ R)のみを考えます。

電極反応で流れるファラデー電流は反応速度に比例し、その反応速度はアレニウス式に従います。ここで注意すべきは、電極表面では正反応だけでなく逆反応も起こりうるという点です。したがって平衡電位においては両者の速度、すなわち酸化電流と還元電流は釣り合っています。

ここで、電位を平衡電位からEだけ変化させると、酸化体Oと還元体Rのエネルギー差ΔGはzFEだけ変化します。これは、OとRそれぞれのエネルギーの増減として配分され、αaの割合がOのエネルギー変化に、残るαc=1-αaがRのエネルギー変化に用いられます。

反応のエネルギーダイアグラム:(図:[1]より改変)

以上から、以下のバトラー・ボルマー式(Butler-Volmer equationが導かれます。

これより、先に述べたターフェルの式は、ηが十分に大きい場合の近似式であることが読み取れます。

バトラー・ボルマー式の与える結果を電流の平衡電位からのずれ(分極)に対する関係としてあらわすと、以下のような分極曲線を描くことができます。

一般的な分極曲線(図:Wikipediaより改変)

この分極曲線は、とりわけ無電解めっきの原理を理解したり、種々の電気化学測定を行ったりする際に重要となる概念です。

・・・

今回も少し長くなりましたのでこのあたりで区切ります。次回は化学めっきの原理について詳しく見ていきますのでお楽しみに!

参考文献

[1] 杉本 克久, 材料機能の電気化学II, まてりあ, 2007, 46 巻, 9 号, p. 614-621, 公開日 2011/08/11, Online ISSN 1884-5843, Print ISSN 1340-2625, https://doi.org/10.2320/materia.46.614,

関連書籍

[amazonjs asin=”4621081128″ locale=”JP” title=”電気化学 (基礎化学コース)”] [amazonjs asin=”4807908472″ locale=”JP” title=”電気化学―基礎と応用”] [amazonjs asin=”4274203832″ locale=”JP” title=”化学・バイオがわかる物理111講”]
gaming voltammetry

berg

投稿者の記事一覧

化学メーカー勤務。学生時代は有機をかじってました⌬
電気化学、表面処理、エレクトロニクスなど、勉強しながら執筆していく予定です

関連記事

  1. カルボン酸だけを触媒的にエノラート化する
  2. 美しきガラス器具製作の世界
  3. NCL用ペプチド合成を簡便化する「MEGAリンカー法」
  4. プロドラッグの活性化をジグリシンが助ける
  5. 天秤で量れるのは何mgまで?
  6. Kindle Paperwhiteで自炊教科書を読んでみた
  7. 付設展示会へ行こう!ーWiley編
  8. なれない人たちの言い訳(?)-研究者版-

注目情報

ピックアップ記事

  1. 化学のブレークスルー【有機化学編】
  2. エステル、アミド、ニトリルの金属水素化物による部分還元 Partial Reduction of Esters, Amides nad Nitriles with Metal Hydride
  3. 有機アジド(2):爆発性
  4. 環化異性化反応 Cycloisomerization
  5. ミドリムシが燃料を作る!? 石油由来の軽油を100%代替可能な次世代バイオディーゼル燃料が完成
  6. モナリザの新たな秘密が化学分析によって判明
  7. 化学者のためのエレクトロニクス講座~電解ニッケルめっき編~
  8. ジフェニルオクタテトラエン (1,8-diphenyl-1,3,5,7-octatetraene)
  9. マラカイトグリーン /Malachite Green
  10. C-H酸化反応の開発

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2021年1月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

注目情報

最新記事

MEDCHEM NEWS 34-1 号「創薬を支える計測・検出技術の最前線」

日本薬学会 医薬化学部会の部会誌 MEDCHEM NEWS より、新たにオープン…

医薬品設計における三次元性指標(Fsp³)の再評価

近年、医薬品開発において候補分子の三次元構造が注目されてきました。特に、2009年に発表された論文「…

AI分子生成の導入と基本手法の紹介

本記事では、AIや情報技術を用いた分子生成技術の有機分子設計における有用性や代表的手法について解説し…

第53回ケムステVシンポ「化学×イノベーション -女性研究者が拓く未来-」を開催します!

第53回ケムステVシンポの会告です!今回のVシンポは、若手女性研究者のコミュニティと起業支援…

Nature誌が発表!!2025年注目の7つの技術!!

こんにちは,熊葛です.毎年この時期にはNature誌で,その年注目の7つの技術について取り上げられま…

塩野義製薬:COVID-19治療薬”Ensitrelvir”の超特急製造開発秘話

新型コロナウイルス感染症は2023年5月に5類移行となり、昨年はこれまでの生活が…

コバルト触媒による多様な低分子骨格の構築を実現 –医薬品合成などへの応用に期待–

第 642回のスポットライトリサーチは、武蔵野大学薬学部薬化学研究室・講師の 重…

ヘム鉄を配位するシステイン残基を持たないシトクロムP450!?中には21番目のアミノ酸として知られるセレノシステインへと変異されているP450も発見!

こんにちは,熊葛です.今回は,一般的なP450で保存されているヘム鉄を配位するシステイン残基に,異な…

有機化学とタンパク質工学の知恵を駆使して、カリウムイオンが細胞内で赤く煌めくようにする

第 641 回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科化学専攻 生…

CO2 の排出はどのように削減できるか?【その1: CO2 の排出源について】

大気中の二酸化炭素を減らす取り組みとして、二酸化炭素回収·貯留 (CCS; Carbon dioxi…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー