カルボン酸は、カルボキシ基 (–COOH) を有する有機化合物の一群です。カルボン酸構造を有する有機化合物は、ギ酸・酢酸・安息香酸などの単純なものから、各種アミノ酸、医薬品 (アスピリン・イブプロフェン・フェキソフェナジン・テルミサルタン) など、枚挙にいとまがありません。
創薬において、カルボキシ基は水溶性向上の為に欠かせない官能基です。水溶性は消化管吸収に影響を及ぼすほか、探索段階における各種試験の実施においても重要な意義を持ちます。そもそも極端に水溶性の低い化合物は試験液に溶解せず、試験そのものが実施できなくなる場合があります。カルボキシ基は中性条件下でイオン化するため、生理的条件における水溶性の向上にはもってこいの置換基です。また、水素結合ドナー/アクセプターとしての働きや、極性表面積の調節も期待できます。そしてカルボキシ基は一般的に反応性や酸化還元特性が低いため、同様な極性基であるヒドロキシ基やアミノ基と比べて毒性が問題となりにくい官能基でもあります。
そんな便利なカルボン酸ではありますが、とある理由により創薬化学者の頭を悩ませることもしばしばあります。その理由とは、極性の高さゆえに生体膜の透過性が低いこと、そして代謝活性化により反応性代謝物を生じる場合があることです。
第 II 相代謝としての抱合反応
薬物代謝酵素には、大きく分けて第 I 相と第 II 相の酵素群があります。第 I 相代謝酵素としてはシトクロムP450 (CYP) に代表される酸化還元酵素などが挙げられます。第 II 相代謝酵素は、いわゆる抱合反応を行う酵素群が含まれます。生体内でいう抱合反応は、ヒドロキシ基やカルボキシ基などの水溶性置換基に特定の分子を付加し、水溶性をさらに上げ排泄を促進する反応と捉えられます。代表的なものにグルクロン酸抱合、硫酸抱合、グルタチオン抱合、アセチル抱合などがあります。特に著名なものはグルクロン酸抱合で、これを触媒する UDPグルクロン酸転移酵素 (UGT) の基質となる医薬品は第 I 相代謝酵素の CYP の基質に次いで多いとされています[1]。
グルクロン酸抱合体には、O-エーテルグルクロニド、O-アシルグルクロニド、N-グルクロニド、C-グルクロニドなど、複数のパターンが存在します。このうちカルボキシ基から生じる O-アシルグルクロニドは時に高い毒性を示し得る反応性代謝物 (活性エステル) として、近年盛んに研究が行われています。
身近な医薬品の O-アシルグルクロニド、その脅威
O-アシルグルクロニドに関して最も研究されている化合物群は、非ステロイド性抗炎症薬 (Non-steroidal anti-inflammatory drugs; NSAIDs)、とりわけフェニル酢酸系の薬剤です。ここでは、中でも有名どころであるジクロフェナクの O-アシルグルクロニドについて解説します。
ジクロフェナクナトリウムは商品名ボルタレン®として本邦でも広く使われている消炎鎮痛剤です。その鎮痛作用は NSAIDs の中でも最強クラスであると言われています。しかしジクロフェナクは NSAIDs につきものの消化管障害のほか、ときとして重篤な肝障害が問題となる医薬品でもあります。この肝障害に関与する生体内反応がグルクロン酸抱合であると言われています。ジクロフェナクの主要代謝経路を医薬品インタビューフォーム (ボルタレン®) で調べると、「ほとんどが主に水酸化体のグルクロン酸抱合体の形で排泄される」とありますが、どのようなグルクロン酸抱合体なのかは記載されていません。一例として、未変化体 (CYPによる第 I 相代謝を受けていない親化合物) のグルクロン酸抱合について説明します。
ジクロフェナクは主として UGT2B7 によりフェニル酢酸部位がグルクロン酸抱合を受け、ジクロフェナク-1-O-β-グルクロニドを生成します (図1 上段中央→上段右)。このジクロフェナク-1-O-β-グルクロニドは、アシル基転移反応によって生体分子と共有結合することにより肝毒性を発現することが知られています。また、ジクロフェナク-1-O-β-グルクロニドの異性化によって生じるジクロフェナク-3-O-β-グルクロニドは、そのアルドース体 (開環体) がタンパク質のリジン残基などと共有結合し、続く Amadori 転移反応によって安定化することで毒性を発現するとされています (図1 下段)。生体外への排泄を促進し毒性を軽減するはずの抱合反応が、逆に毒性発現を促進してしまうという、ある意味で驚異・脅威的な機構であると言えます。
ちなみに、CYP による第 I 相代謝生成物のジクロフェナク水酸化体も、キノン類似構造となるために毒性を発現することが知られています。これ以外にもジクロフェナクは COX 阻害による消化管障害の発現リスクを有しており、身近ながら侮れない危険性を孕んだ医薬品の代表格と言えるかもしれません。
図1 ジクロフェナクの水酸化・抱合反応
これだけ危なっかしいジクロフェナクではありますが、その消炎鎮痛効果の強さや剤型の工夫 (貼付剤や塗布剤) によってリスクとベネフィットのバランスを取り、今でも第一線で活躍する医薬品となっています。
やっぱり大事な “おじゃま虫”
フェニル酢酸構造は NSAIDs に頻出する構造であり、その作用機序であるシクロオキシゲナーゼ-2 (COX-2) 阻害におけるファーマコフォア (薬理活性発現に共通する部分構造) となっていることは想像に難くありません。しかし、ジクロフェナクと同様のフェニル酢酸構造を持ち、肝毒性が問題となって市場撤退してしまった NSAIDs も多数あります。その代表例がイブフェナクです。「イブ」という接頭語から、イブプロフェンを想起する方も多いのではないでしょうか (どっちもイソブチル基を有する医薬品です)。イブプロフェンはアスピリンと並ぶ NSAIDs の代表格として数多くの市販薬に含まれており、しかも副作用の少ない薬として非常に有用です。実際には、イブフェナクとイブプロフェンの構造式にはほんの少しの違いしかありません (図2)。
図2 イブフェナク及びイブプロフェンの構造式
どうでしょうか? イブフェナクはフェニル酢酸酸系 NSAIDs ですが、イブプロフェンは厳密にはフェニルプロピオン酸構造を有しており、酢酸部位の 2 位 (芳香環の付け根) にメチル基が置換しています。この違いにより、イブフェナクの O-アシルグルクロニドの半減期は 1.1 時間、イブプロフェンの O-アシルグルクロニドの半減期は 3.6~4.6 時間となり、安定性に大きな差が生じています [2]。
メチル基 1 個によって代謝経路が劇的に変わる例は、こちらの記事でも紹介しました。そちらは第 I 相代謝反応部位のスイッチングであり今回の抱合反応のケースとは異なりますが、いずれにせよ創薬においてメチル基は薬理活性の増減以外にも非常に重要な置換基であることが見て取れます。ただ、イブフェナクのアシルグルクロニドがなぜイブプロフェンのそれよりも高い反応性を有するのかは明確にされていません (立体障害や電子効果などさまざまな原因が推定されてはいます) 。アシルグルクロニドに関する研究は今後の発展が望まれる分野でもあります。
ジクロフェナクのアシルグルクロニド生成を回避する構造展開
話はジクロフェナクに戻ります。Tateishi らは、ジクロフェナクの構造中における代謝に関与する部位にさまざまな修飾を施し、そのアシルグルクロニド形成能と細胞毒性、及び主作用である COX 阻害効果を評価しました[3]。その結果、フェニル酢酸構造のメチレン部位をジフルオロメチレンに変換した誘導体が、元のジクロフェナクと比較してアシルグルクロニドをほぼ形成しないことを明らかにしました (図3)。
図3 アシルグルクロニド生成を回避したジクロフェナク誘導体
(文献[3]のGraphical Abstractより改変)
フッ素原子は水素原子と同程度のサイズを持ちながら、大きな電気陰性度を有するため、大きな立体障害を与えずに医薬品の薬理活性や代謝反応を変化させることのできる有用な置換基です。この DCF 誘導体の場合、COX-2 阻害活性は DCF そのものよりもやや落ちているようですが、抱合反応を受けにくい点や肝細胞毒性がほぼ無いという点では非常に興味深い構造変換です。ジフルオロメチレンの電子効果 (電子吸引性誘起効果) によりカルボキシ基の酸性度は上がっていると予想され (酢酸とトリフルオロ酢酸の場合と同様です)、また脂溶性も DCF より向上していると考えられます。一方でカルボキシ基周りの立体障害はほとんど変わっていないはずですので、フッ素原子特有の効果が抱合反応に影響したと考えられます。反応性の高いアシルグルクロニド生成を回避する方法としてのフッ素原子の導入はさまざまな酸性薬物への応用が利くのではないでしょうか。
最後に
抱合反応による代謝活性化は、CYP による代謝反応と比較して未知の部分が多く、発展途上の分野であると考えられます。肝毒性により警告を受けたり市場撤退した医薬品の毒性発現メカニズムにグルクロン酸抱合が関わっている可能性は、とりわけカルボン酸を有する医薬品において再考されるべき問題です。
カルボン酸のアシルグルクロニド形成を避ける手法としては、テトラゾールといったバイオアイソスター (生物学的等価体) への変換も挙げられます。NSAIDs のような医薬品はだいぶ古いものが多く、まれな肝毒性の発現リスクを考えるよりも、普遍的に薬理効果が得られるということで漫然と使用されている印象が強く残ります。しかし、まれな副作用でも起こってしまった当人には命に関わる事態となりかねます。最新の創薬科学的知見を活用して、昔ながらの医薬品の安全性を今一度評価する必要があるのではないでしょうか。そしてこれから創薬に携わる皆さん、ぜひカルボン酸を甘く見ず、意外なところで毒性発現の原因になり得ることを心に留めて化合物デザインを行なってください。
参考文献
1. 加藤隆一、山添康、横井毅 編、薬物代謝学 医療薬学・医薬品開発の基礎として 第3版、2010.
2. Stepan, AF.; Walker, DP.; Bauman, J.; Price,DA.; Baillie, TA.; Kalgutkar, AS.; Aleo, MD. Chem. Res. Toxicol, 2011, 24, 1345–1410. doi: 10.1021/tx200168d
3. Tateishi, Y.; Ohe, T.; Ogawa, M.; Takahashi, K.; Nakamura, S.; Mashino, T. ACS Omega, 2020, 5, 32608-32616. doi: 10.1021/acsomega.0c04942