第289回のスポットライトリサーチは、静岡大学 大学院総合科学技術研究科 (鳴海研究室)・喜屋武 龍二さんにお願いしました。
1990年代に構造決定からのブレイクスルーがなされたN-ヘテロ環状カルベン(NHC)ですが、長年にわたり高性能有機触媒の一翼を担ってきています。研究が進んで成熟しつつある分野ですが、今回の報告はまだこういう視点から新たな知見が出てくるのか!と思わされるような成果です。Angew. Chem. Int. Ed.誌 原著論文プレスリリースに公開されています。
“Pendant Alkoxy Groups on N‐Aryl Substitutions Drive the Efficiency of Imidazolylidene Catalysts for Homoenolate Annulation from Enal and Aldehyde”
Kyan, R.; Sato, K.; Mase, N.; Narumi, T. Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 19031. doi:10.1002/anie.202008631
研究室を主宰されている鳴海哲夫 准教授から、喜屋武さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
喜屋武 龍二君は、鳴海研究室の一期生で、ラボの立ち上げから今の研究室の形を創ってくれた学生です。喜屋武君は、研究室に配属されて以来、一貫してNHC触媒に関する研究に取り組んできました。当初は、NHC/ブレンステッド酸の協働触媒を検討してもらいましたが、反応性・選択性ともに満足する結果は得られませんでした。その後、今回の研究のきっかけになったN-アリール基の構造展開に着目し、イミダゾリリデン触媒の高活性化に成功しました。今回の研究では、新しい分子設計に基づくNHC触媒の高活性化を目指して、N-アリール基上の置換基に律速段階を加速する官能基を導入したイミダゾリウム塩を設計・合成し、触媒活性の向上に成功しました。
新しいNHC触媒の開発で苦労するポイントの一つとして、触媒前駆体であるアゾリウム塩の精製です。汎用される触媒前駆体はそこそこ取れてくるのですが、すこし構造が変わると驚くほど取れません。純度の高いアゾリウム塩を得るには、何回も精製操作を重ねる必要があり、正直心が折れそうになりますが、喜屋武君はしっかりとってきます。実験報告の度に「こんなんよく取れたな」と何度も言った記憶があります。今回、喜屋武君が真摯に向き合い、粘り強く取り組んだ研究が納得する形で論文になって、私はとても嬉しく思っています。
配属当時は、自分から積極的には前に出られなさそうな学生でしたが、今では「喜屋武に任せるわ」と確信を持って言える好青年に成長してくれました。今後も強靭な体力と精神力、そして沖縄のどこか優しい人間力をもとに、喜屋武君らしい活躍を楽しみにしています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回私たちは、含窒素複素環式カルベン (N-Heterocyclic Carbene, 以下NHC) のに律速段階を加速する機能を持たせた新規NHC触媒の創製に成功しました。
NHCを用いたアルデヒドの極性転換反応によって、多彩かつユニークな化合物合成法がこれまでに数多く報告されています。しかし、一般的にNHCとα,β-不飽和アルデヒドから生成する活性種の一つであるホモエノラート等価体を経由する反応系においては、触媒活性が低いという問題を抱えています。
当研究室では、これまでにNHC触媒の反応性制御に重要なN-アリール基に着目し、その構造最適化によってNHC触媒の高活性化に成功しており、N-アリール基が律速段階に寄与する構造因子になることを明らかにしています[1]。
本研究では、触媒活性を向上させる方法論開拓の一環として、先行研究から得られた知見に基づく触媒分子設計をすることでNHC触媒の高活性化を目指しました。触媒の高活性化、つまり律速段階の水素移動を加速するための戦略として、官能基と水素原子の相互作用を利用することを考え、N-アリール基にルイス塩基性官能基を導入した新規触媒を合成、触媒活性の定量化しました。そして導入したルイス塩基性官能基が律速段階に寄与することを速度論的実験と分光学的手法により立証しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
思い入れがあるのは、報告例がなかったNHCとα,β-不飽和アルデヒドによって形成される四面体中間体を初めて単離・構造決定できたことです。基質にシンナムアルデヒドのみを用いても、反応が進行してしまい四面体中間体では止まらないのが問題でしたが、基質の反応性を調整することで単離することができました。この結果のおかげで、NHCがα,β-不飽和アルデヒドに対して付加する段階の速度論的解析が可能になり、ACIEに採択されるための最後の一押しを担ってくれたと考えています。
また、四面体中間体モデルを合成して、そのX線結晶解析や1H NMRによって、酸素原子と水素原子が相互作用していることが明らかになったときはすごく興奮したことを覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
導入したルイス塩基性官能基が反応機構中の「どの段階」に「どのように効いているのか」をwetな実験系で説明するのに苦労しました。幸いなことに所属研究室では、アルケン型ペプチド結合等価体を用いたケミカルバイオロジー研究や創薬研究など手広く研究を行っていることもあり、他の研究領域に触れる機会が多い環境でした。ですので、他研究領域で用いられる解析手法を私の研究に応用できないかと常に考えていました。例えば、本研究で行った重水素交換実験は、アルケン型ペプチド結合等価体の研究をしている後輩が行っていて、それを私の研究に応用した形になります。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
現在研究に従事している有機触媒だけでなく、多くの分野の研究に触れて、有機化学の限界を押し上げ、新しい可能性を見つけ出せるような研究者になりたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
皆さんは研究が好きですか?私は自信を持って好きと言えます。私が取り組んできた研究で良い結果が出てレベルの高いジャーナルに載ったからではなく、研究を通して、鳴海先生をはじめ、研究室の同僚や他大学の先生や学生と私の人生にとって良い縁を繋いでくれたからです。皆さんも研究によって繋がる一期一会を楽しんで、研究をもっと好きになってくれたら良いと思います。
最後に、本研究を遂行するにあたり、ご指導いただき、研究の楽しさ・面白さを教えていただいた鳴海先生、研究室生活を支えてくださった研究室の皆様に感謝申し上げます。また、このような機会を与えてくださったChem-Stationスタッフの皆様にも深謝申し上げます。
参考文献
- Kyan, R.; Sato, K.; Mase, N.; Watanabe, N.; Narumi, T. Org. Lett. 2017, 19, 2750-2753. DOI: 10.1021/acs.orglett.7b01105
研究者の略歴
名前:喜屋武 龍二 (きゃん りゅうじ)
所属:静岡大学創造科学技術大学院 自然科学系教育部 光・ナノ物質機能専攻 博士課程三年 鳴海研究室
研究テーマ:N-アリール基に着目した高活性NHC触媒の創製