第286回のスポットライトリサーチは、金沢大学理工研究域 生命理工学系・黒田 浩介 准教授にお願いしました。
金沢大学黒田研究室では、化学と生物、両方からのアプローチによって、広く環境科学やライフサイエンスにおける研究が展開されています。特に「新しいイオン液体を開発し、これまで不可能だった生命化学プロセスを可能にする」ことを目指して研究が行われています。今回の成果は細胞の凍結保存や難溶性薬剤の溶解に有用な、新しい非水溶媒の開発に関する報告です。Communications Chemistry誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。
“Non-aqueous, zwitterionic solvent as an alternative for dimethyl sulfoxide in the life sciences”
Kosuke Kuroda, Tetsuo Komori, Kojiro Ishibashi, Takuya Uto, Isao Kobayashi, Riki Kadokawa, Yui Kato, Kazuaki Ninomiya, Kenji Takahashi, Eishu Hirata
Commun. Chem. 2020, 3, 163. doi:10.1038/s42004-020-00409-7
黒田先生は過去にも一度スポットライトリサーチで取り上げさせていただいているように、非常にアクティビティ高く研究されている先生です。
過去記事:微生物細胞に優しいバイオマス溶媒 –カルボン酸系双性イオン液体の開発–
また今回は、本論文で共同研究をされている平田英周先生 (金沢大学がん進展制御研究所 腫瘍細胞生物学研究分野 准教授)からコメントをいただきました。黒田先生の研究への熱い姿勢が伺えます。
黒田先生はとてもエネルギッシュな人物で、最先端の研究を根気と馬力を持って推進できる、極めて将来有望な研究者です。またプレゼンテーションのスキルも素晴らしく、今回の共同研究も黒田先生のお話に私が惚れ込んだところから始まっています。今後もそれぞれの専門分野からのアイデアを融合させ、お互い切磋琢磨しつつ新たな学問を作り上げて行ければと考えています。
それでは今回もインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
皆さまご存知の通り、あらゆる生命体の溶媒は水ですが、細胞の凍結保存や難溶性薬剤の溶解には有機溶媒が使われます。有機溶媒は世の中にすでに出揃っており、その中で生体毒性が低いジメチルスルホキシド(DMSO)が、“消去法的に”上記の場合のファーストチョイスとなっています。私(黒田)と平田英周准教授(金沢大学、がん進展制御研究所)は、「DMSOを超え得る溶媒は果たしてないのだろうか?」という疑問に行き当たり、検討を開始しました。最終的に双性型のイオン液体が細胞や個体に対して極めて低毒性であることを突き止めました(下図参照)。双性型のイオン液体はDMSOとは異なり、iPS細胞の分化を誤誘導しないことや、細胞周期へ影響を与えないこともわかりました。さらに双性型のイオン液体を「細胞の凍結保存剤」や「非水溶性薬剤の添加溶媒」として利用することもでき、DMSOを超え得るようなポテンシャルをもつ溶媒を提案することができました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
この研究が上手くいった最大の理由は、生物学・医学(腫瘍生物学)を専門とする平田先生に出会えたことです。私はもともと化学(イオン液体)が専門ですので、生体利用への知識もノウハウも全くありませんでした。そのため、平田先生と出会うことがなければこの研究は始まっていませんでした。この出会いは、金沢大学のテニュアトラック教員ランチセミナーという、分野に関係なくテニュアトラックの教員が交代で発表していく場で起こりました。異分野融合はどこで発生するかわからないものだと改めて思いましたし、このような場を作ってくださった先達に感謝したいと思います。
今までは平田先生がイオン液体の生体応用をご支援くださっている状況ですので、これからは我々が平田先生のご専門である「がん」の治療をサポートできたら面白いのではないかなと夢想しています。イオン液体でがんを治せる日がいつかやってくるかもしれません。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究は比較的軌道に乗るまでが早かったので、それほど難しかったポイントはありません。ですが足を踏み入れた場所が未踏の地であり、最初の1〜2ヶ月の初期検討の間は「もしかしてハズレくじしかない箱をひたすら探っているのでは??」という疑問は拭えませんでした。聞いたことはありませんが、きっと平田先生も同じことを思っていらっしゃったことと思います。笑
また、分野を跨いだことによって投稿ジャーナルの選定が難航したことを記憶しています。中身には分子動力学シミュレーションといった計算化学(宮崎大学・宇都卓也助教)や、示差走査熱量測定といった物理化学、ウェスタンブロット(金沢大学・石橋公二朗助教)やゼブラフィッシュ胚発生(金沢大学・小林功准教授)といった純粋生物学まで含まれていて、黒田が「化学雑誌ではない」と言うと、平田先生は「生物雑誌ではない」と言い、押しつけ合った記憶があります。笑
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
将来は、このイオン液体を一つの武器に、生物学界のより深いところへと歩みを進めてみたいと思っています。今回、幸いにもライフサイエンスに関わる多くの先生方にお世話になることができましたが、同時に、化学界と生物学界で常識や共通言語・共通認識が大きく異なることを何度か痛感させられました。そういった垣根を越え、ゆくゆくは多くの研究者で一つの大きなネットワークを形成したいとも考え、現在はJSTのACT-X「生命と化学」領域の下で活発に活動をしているつもりですし、大変恵まれたことに、金沢大学の先魁プロジェクト2020「イオン性材料で革新するライフサイエンス」を立ち上げることもできました(http://www.o-fsi.kanazawa-u.ac.jp/research/news/?sakigake=イオン性材料で革新するライフサイエンス)。でも、最終的にはとにかく自分が面白いと思う化学へまっしぐらに頑張りたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
使い古されてボロボロな言葉かもしれませんが、面白いことはどこに落ちているか分からないと思っています。私も皆さまも楽しく宝探しをしていきましょう!それと、イオン液体を使ってみたいという方々、ぜひご連絡ください。一緒に楽しいことしましょう!!
最後になりましたが、本件では本当に多くの方々、機関にお世話になりました。この場をお借りして御礼感謝を厚く申し上げ、これからも研究の発展・飛躍とともにさらなるご迷惑をお掛けしていくことを宣言させていただきたいと思います。
研究者の略歴
黒田浩介(この記事の著者)
2014年 東京農工大学大学院 工学府生命工学専攻 博士後期課程修了 博士(工学)(大野・中村研究室)
2012年4月~2014年9月 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2014年9月~2017年9月 金沢大学理工研究域 自然システム学系 特任助教 (高橋憲司・仁宮一章研究室)
2017年9月~2020年2月 金沢大学理工研究域 生命理工学系 助教
2020年3月〜現在 金沢大学理工研究域 生命理工学系 准教授
ウェブページ:http://ionicliquid.w3.kanazawa-u.ac.jp
平田英周(共同研究者)
金沢大学がん進展制御研究所 腫瘍細胞生物学研究分野 准教授
2010年3月 京都大学大学院医学研究科修了。京都大学大学院生命科学研究科 助教を経て、2011年8月よりCancer Research UK London Research Institute (2015年4月 Francis-Crick Instituteに改組) 研究員。2015年8月 金沢医科大学講師、2018年9月より現職。2019年6月より金沢大学ナノ生命科学研究所准教授 兼任。日本脳神経外科学会専門医・評議員。