第290回のスポットライトリサーチは、名古屋大学物質科学国際研究センター・吉岡 頌太さんにお願いしました。
吉岡さんの所属する斎藤研究室では、従来型触媒では適用外となっていたカルボン酸などの低反応性基質をも変換可能とする革新的水素化触媒の開発を一つの柱とした研究を展開しています。関連成果は初期のスポットライトリサーチでも取り上げさせていただきました(過去記事:カルボン酸を触媒のみでアルコールに還元)。あれから年月を経、多彩なカルボン酸をエネルギー原料へと一挙に変換可能とする強力な触媒系へと昇華させています。本成果はScience Advances誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Reaction of H2 with mitochondria-relevant metabolites using a multifunctional molecular catalyst”
Yoshioka, S.; Nimura,S.; Naruto, M.; Saito, S. Sci. Adv. 2020, 6, eabc0274. DOI: 10.1126/sciadv.abc0274
研究室を主宰されている斎藤進 教授から、吉岡さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
吉岡くんは、その体格も端的に示すように、とにかく馬力と忍耐力があって「思い〜い込んだら試練の道を〜行くが〜男の〜ど根性!!」で昼夜を問わずガツガツと実験を進めるタイプです。小職が大まかに指示を出せば、「100倍返しだ!」でデータを戻してきます。そこらから最大公約数や新しい付加価値をまとめ解釈していく作業に、彼自身、最も時間をかけたのではないでしょうか。相当な数の対照実験もこなし、再現性と信頼性の高い実験結果にしてくれました。彼なくして本成果が陽のあたる場所に…とはならなかったでしょう。剛毅木訥、冷静沈着の人柄でチューバを吹き、吹奏楽の指揮者も務めつつ、後輩の面倒見もよく研究室を引っ張ってきてくれました。吉岡くんは来年、SDGsのなかでバイオマス資源の有効活用を目指す化学系企業に就職しますが、場所を移しても間違いなくリーダーになっていく人財だと確信しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回私たちは、長寿命なイリジウム(Ir)錯体触媒IrPCY2(図1A)を開発し、バイオマス資源から得られる様々な多価カルボン酸を水素ガスと反応させることで工業的に有用な多価アルコールへと変換することに成功しました(図1B)。
カルボン酸などのバイオマス資源を炭素資源として利用する反応の開発は、石油に重度に依存しない持続可能な社会を目指し非常に重要です。なかでも水素ガスと反応させる水素化反応は理想的で、水しか排出しないクリーンな条件において、燃料や医薬品および高分子などの重要な原料となるアルコールに変換できます(過去記事:カルボン酸を触媒のみでアルコールに還元)。
本研究では、その高い安定性からこれまで炭素資源として有効利用できなかった多価カルボン酸、特にほとんどの酸素呼吸生物(動物、植物、バクテリアや菌類など)がもつミトコンドリア内代謝経路「クレブス回路」で生じる、入手容易な全てのカルボン酸代謝物と水素ガスとの反応を、単一の触媒を用いて世界で初めて実現し、対応する多価アルコールへと効率的に変換できました。これはクレブス回路の進行方向(時計周り)を形式的に逆転させたことに相当します。
この手法により、バイオマス資源をクリーンな手法を用いて工業的に有用な化合物へと変換できるため、枯渇資源に基づく物質生産体系の一部を刷新できると期待できます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
反応経路の解明に向けて数多くの対照実験を行ったところに一番思い入れがあります。水素ガスの有り無し、IrPCY2の有り無し…など思いつく対照実験は全てやろうと意気込んで実験に取り組みました。この過程で興味深い反応も発見し、後進の研究テーマにもなりました。
IrPCY2は、多価カルボン酸の水素化反応の経過に応じてその配位子の構造が変化し、IrPCY2自身も水素ガスと反応することで真に活性な触媒が生じます(図2A)。そしてこの触媒はカルボン酸が少しでも残存していると中間体のエステル(ラクトン)の水素化が開始しないことが分かりました(図2B)。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
7年間に及んだ膨大な実験データを確認してまとめることが大変でした。また、先輩が卒業してテーマを引き継いだ当初、再現がまったく取れずに苦しみました。「これは絶対大丈夫だろう。」という自分の思い込みを全て捨ててあらゆる条件を確認したところ、ガラスかテフロンかの反応容器の違い、そして加熱装置の穴ごとのわずかな温度の違いで再現性が変わることに気がついたときには大変驚きました。
ようやく投稿できて安心したのも束の間、査読者の一人から20個以上の鋭い質問があり、それに対する追加実験も大変でした。ただ、この最後の試練を乗り越えれば絶対アクセプトされる、という自信があったので頑張ることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
将来もグリーンケミストリーに関わる研究を続けたいと思います。今まで学生として勉強させていただく立場でしたが、来年度からは企業に就職して社会に貢献をする立場になります。未来の日本そして地球を支えるのは自分の世代であることを意識して、責任ある研究をしたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究で忙しい時こそ息抜きにケムステを読みましょう!自分の分野だけでなく他の分野にも興味をもって、「なんかよくわからないけど面白い!」という好奇心をもつことは科学者にとって一番大事なことだと思います。ケムステには様々な化学の記事が上がっているので、是非自分の専門以外の記事も読んでみると楽しいと思います。目先の仕事で忙しい時でも、この純粋な好奇心は忘れないようにしたいですね。
最後になりましたが、学部生の時から熱心なご指導を頂きました斎藤先生に深く感謝致します。また、このような貴重な機会を頂きましたChem-Stationの方々に御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:吉岡 頌太
所属:名古屋大学大学院理学研究科 特別研究室 博士後期課程3年
研究テーマ:実用的なカルボン酸の水素化に向けた遷移金属触媒の開発
趣味:楽器演奏(チューバ)