鉄触媒によるオレフィンの位置選択的異性化反応が報告された。鉄触媒を使い分けることで、本異性化の位置選択性をスイッチングできる。
鉄触媒を用いたオレフィンの位置選択的異性化反応
オレフィンの位置選択的異性化反応は、原子効率に優れ、また既存の方法では困難なオレフィン合成も可能にする。本反応の開発研究が数多くなされ、これまでに様々な遷移金属触媒反応が知られる。しかし、これらは末端オレフィン限定的であり、一つ隣の炭素への異性化がほとんどである。例外としてPd、Ru、Ni触媒や可視光レドックス/Co触媒を用いれば内部オレフィンを複数炭素上異性化できることが知られる[1]。このようなオレフィンの位置異性化を、地球上に豊富に存在する安価な鉄を触媒として達成する研究もされている。2011年にJacobi von Wangelinらが、2012年にBellerらがそれぞれ鉄触媒によるオレフィンの位置異性化を報告した(図2A)[2]。しかし、いずれも末端オレフィンに限られており、かつ、隣の炭素への異性化しかできなかった。
一方で、2015年にQuらは鉄触媒と塩基存在下、B2pin2、プロトン源にtBuOHを用いるオレフィンのヒドロホウ素化を報告した (図2B)[3a]。2020年にKohらも類似の反応を開発した[3b]。この反応は、オレフィンとB2pin2と鉄触媒が反応して生成するボリルアルキル鉄中間体Aがプロトン化することで進行する。今回、シンガポール国立大学のKohらはこのヒドロホウ素化から着想を得て、プロトン源非存在下であれば、中間体Aのβ-水素脱離を経て鉄ヒドリド(Fe–H)種が生成し、これがオレフィンの位置異性化における活性種となりうると考えた。検討の結果、Kohらは鉄触媒と、触媒量のB2pin2(またはシリルボラン)/LiOtBuを用いることでオレフィンの位置異性化が進行することを見いだした(図2C)。本反応は、鉄触媒の使い分けにより、末端オレフィンの一炭素異性化と二炭素以上の異性化のスイッチングが可能である。
“Iron-Catalyzed Tunable and Site-Selective Olefin Transposition”
Yu, X.; Zhao, H.; Li, P., Koh, M. J. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 18223–18230.
DOI: 10.1021/jacs.0c08631
論文著者の紹介
研究者:Ming Joo Koh (研究室HP)
研究者の経歴:
2008–2012 B.Sc., Nanyang Technological University, Singapore (Prof. Philip W. H. Chan)
2012–2018 Ph.D. and Postdoc, Boston College, USA (Prof. Amir H. Hoveyda)
2018– Assistant Professor, National University of Singapore, Singapore
研究内容:卑金属触媒を用いたオレフィンの位置選択的変換反応の開発、ラジカルを用いた新規クロスカップリング反応の開発、単原子の不均一系触媒を用いる有機合成(共同研究)
論文の概要
本反応は、Fe-1触媒存在下、触媒量のB2pin2とLiOtBuを添加することで、芳香環やヘテロ原子をもつ末端オレフィン(1a, 1b)が一つ隣の炭素に異性化し、内部オレフィン(2a, 2b)を高収率で与える(図2A)。触媒をFe(OAc)2に変更し、PhMe2SiBpin、LiOtBu存在下1aや2aを反応させると、オレフィンの異性化が連続的に進行し、熱力学的に最も安定な(E)-内部オレフィン(3a, 3b)が高位置、ジアステレオ選択的に生成した。さらに、Fe(OAc)2触媒、B2pin2、LiOtBuを用いる条件下、オレフィンの位置·幾何異性体の混合物(1c, 1d, 1e)から、単一のオレフィン3cを高収率で得ることも可能である(図2B)。
著者らは次のような機構を提唱した(図2C)。まず、図1Cに示したように鉄触媒、LiOtBu、X–Bpin (X = BpinまたはPhMe2Si)とアルケン1からFe–H錯体が生成する。このFe–H錯体が本反応の活性種となり、オレフィン1の挿入とb-水素脱離が連続的に起こるchain-walking機構で本異性化が進行し、内部オレフィン2が生成する。Fe-1を触媒とした場合、触媒の嵩高さから内部オレフィンの挿入反応が抑制され、オレフィンの一炭素異性化で反応が止まると著者らは述べている。
以上、鉄触媒を用いた位置選択的なオレフィンの異性化反応が開発された。安価な触媒によって位置選択性の制御が可能な本手法は、今後、種々の有機合成の場面で応用されると期待できる。
参考文献
- (a) Murai, M.; Nishimura, K.; Takai, K. Palladium-Catalyzed Double-Bond Migration of Unsaturated Hydrocarbons Accelerated by Tantalum Chloride. Chem. Commun. 2019, 55, 2769–2772. DOI: 10.1039/c9cc00223e (b) Wakamatsu, H.; Nishida, M.; Adachi, N.; Mori, M. Isomerization Reaction of Olefin Using RuClH(CO)(PPh3)3. J. Org. Chem. 2000, 65, 3966–3970. DOI: 10.1021/jo9918753 (c) Kapat, A.; Sperger, T.; Guven, S.; Schoenebeck, F. E-Olefins through Intramolecular Radical Relocation. Science 2019, 363, 391–396. DOI: 10.1126/science.aav1610 (d) Meng, Q.-Y.; Schirmer, T. E.; Katou, K.; König, B. Controllable Isomerization of Alkenes by Dual Visible-Light-Cobalt Catalysis. Angew. Chem., Int. Ed. 2019, 58, 5723–5728. DOI: 10.1002/anie.201900849
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