新年第一回、通算第291回のスポットライトリサーチは、田中健太 助教にお願いしました。
有機合成化学の世界で目下大流行中の反応コンセプト・フォトレドックス触媒。さまざまな角度から改良・発展が現在も続いていますが、応用範囲を広げる取り組みとして、温和なエネルギー源である長波長光で励起可能な触媒系の開拓が進められています。田中先生は横浜国立大学所属時に本研究に取り組み、緑色光で駆動できるフォトレドックス触媒系の確立に成功しています。本成果はOrg. Lett.誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Redox Potential Controlled Selective Oxidation of Styrenes for Regio- and Stereoselective Crossed Intermolecular [2 + 2] Cycloaddition via Organophotoredox Catalysis”
Tanaka, K.*; Iwama, Y.; Kishimoto, M.; Ohtsuka, N.; Hoshino, Y.*; Honda, K.* Org. Lett. 2020, 22, 5207–5211. doi:10.1021/acs.orglett.0c01852
今回は横浜国立大学時代の指導者お二人からのコメントを頂いています。田中さんは現在、東京理科大学 薬学部 生命創薬科学科・助教職へ着任され、あらたな環境でのキャリアをスタートしておられます。今後とものご活躍が期待されます。それではインタビューをお楽しみください!
本田清 先生
田中健太さんは、有機合成化学を専門とする私どもの研究室に博士課程前期から入学された当初より新規性を有し、いままでに見いだされていない合成反応に興味を示し、その挑戦に情熱を持った学生でした。博士課程後期に進学してからも納得いくまで実験の再現性にこだわりを持ち、忍耐強く実験に取り組み、その挑戦に情熱を持った学生で、含酸素複素環化合物の効率的合成法の開発や新規有機フォトレドックス触媒の研究において次々と成果を挙げました。研究に対する態度は、自分で解決しようとする姿勢が顕著で、加えてプレゼンテーション能力や自らの研究を外部に発信する能力にも優れ、リーダーシップも発揮しています。今後優れた研究者・教育者として大活躍してくれると信じております。星野雄二郎 先生
田中健太さんは平成25年(2013年)に我々の研究室に修士課程の大学院生として加わってくれた当時から人工光合成に大変興味を持っていました。当初はベンゾピリリウム塩で悪戦苦闘していたころを懐かしく思います。彼は何かをしようとするときに何が重要かを真剣に考え、いったんこれだと決まると一直線に行動に移すタイプです。チオキサンチリウム塩を提案してきたとき私は指導者として彼の背中を強く押しましたが、ここまでの成果が出るとは正直予想できませんでした。今後もこのような力強い行動力で新しい世界に踏み出していってくれることを期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
近年、可視光を反応に利用することのできるフォトレドックス触媒反応が活発に研究されています。これは基質と触媒間の一電子酸化還元反応が特色であり、光を利用することで熱的には進行させることが難しいような反応を進行させることができます。これまでフォトレドックス触媒としてルテニウムやイリジウム等の金属錯体が多く使用されてきましたが、最近では有機フォトレドックス触媒を利用した反応も精力的に研究されています。当研究室では可視光の中でも長波長側の緑色光を光源として利用できる有機フォトレドックス触媒(TXT)を独自に設計・合成し、その機能開拓を行ってきました。今回この触媒の酸化還元電位を活かすことで従来のフォトレドックス触媒では反応が進行しないスチレン類のクロス[2+2]環化反応を見出すことに成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
フォトレドックス触媒反応を設計する上で重要なポイントの一つとして酸化還元電位があり、用いる触媒と基質の酸化還元電位の組み合わせによって化学反応を高度に制御することが可能です。本研究で工夫した点として、この酸化還元電位を巧みに制御することで当研究室が開発したTXT触媒特有の反応を見つけた点にあります。具体的には Ep/2 = +1.61 V vs SCEの酸化電位を有するハロスチレンを利用した場合に既存の有機フォトレドックス触媒と明確に差別化できたことで、やっと我が子(触媒)のオリジナリティーを出すことが出来たなと思いました。フォトレドックス触媒反応を設計する上で、触媒の電位は高ければ高いほど良いと考えている方も中にはいるかもしれませんが、私はこの論文を通じて必ずしもそうではない場合もあるということを伝えたかったです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
一番難しかったのはこの酸化還元電位のコンセプトを論文にまとめるところです。私はポスドク時代に横浜国立大学の跡部真人先生の下で電解合成の研究に従事していたので、幸いコンセプト自体はすぐに思いついたのですが、本研究の魅力を最大限にするストーリーの構築に苦労しました。特にイントロダクションは何度も推敲を重ね、結果的には遷移金属触媒を用いた先行研究と既存の有機フォトレドックス触媒の電位を引き合いに出すことで個人的には納得の仕上がりになりました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は光を使った研究が好きなので、光を用いたものづくりは私のライフワークになると思っています。修士課程の頃にクローズアップ現代というテレビ番組で「人工光合成」について首都大学東京(現東京都立大学)の井上晴夫先生が解説されていたのを見て、光を利用した研究がとても魅力的で衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えています。また、常に研究を楽しむ姿勢を忘れずに新しい化学を生み出していきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
限られた時間の中で自分のやりたいことを全力でやり、「今」を一生懸命生きることが私は一番大切だと思っています。人生において自分が何をしたいのかを常に考え、夢に向かってすぐに行動に移すことができる人間であり続けたいたいと思います。
最後になりますが、多くのサポートをいただきました横浜国立大学の本田清先生、星野雄二郎先生、跡部真人先生、また現在一緒に研究を遂行していただいている東京理科大学の内呂拓実先生、本研究を最後まで熱心にやり遂げてくれた岩間善則君(カーリットホールディングス株式会社)、フォトレドックス研究の立ち上げに一緒に苦しみ悩んで戦い続けてくれた祐川真有美さん(旭化成株式会社)、岸本真実さん(日本曹達株式会社)、共同研究にてご協力を賜った「ナノプラットテクノロジープラットフォーム 物質・合成プラットフォーム」分子科学研究所、そして私を化学の世界に導いてくれた兄、両親にこの場を借りて深く感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前: 田中 健太 (たなか けんた, Tanaka Kenta)
所属: 東京理科大学 薬学部 生命創薬科学科 内呂研究室
研究テーマ: フォトレドックス触媒の開発と合成反応への応用
略歴:
1990年 北海道札幌市生まれ
2013年 3月 日本大学 文理学部 化学科卒業
2015年 3月 横浜国立大学大学院 環境情報学府 環境生命学専攻 博士課程前期修了
2018年 3月 横浜国立大学大学院 環境情報学府 環境生命学専攻 博士課程後期修了、博士(工学)
2018年 4月~2018年 10月 横浜国立大学大学院 科学研究費研究員
2018年 4月~2018年 10月 横浜国立大学理工学部 非常勤講師
2018年 11月~2019年 4月 横浜国立大学大学院 産学官連携研究員
2019年 5月~2020年 3月 横浜国立大学大学院 特任教員(助教)
2020年 4月~現在 東京理科大学薬学部生命創薬科学科 助教