第285回のスポットライトリサーチは、九州大学大学院工学府(君塚研究室)・原田直幸さんにお願いしました。
フォトン・アップコンバージョンという技術は可視光(低エネルギー)を紫外光(高エネルギー)へと変換できるため、これまで不可能と考えられてきた低エネルギーの光の利用を可能にする革新的な技術です。その性質から、光触媒や太陽電池などの効率を高めることが期待されています。原田さんが所属する君塚研究室・楊井グループでは、三重項状態を用いたアップコンバージョン材料の開発に力を入れています。今回ご紹介いただける内容は、その中でも非常に高効率な材料の開発に成功したという報告です。本成果は、Angew. Chem. Int. Ed.誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Discovery of Key TIPS‐Naphthalene for Efficient Visible‐to‐UV Photon Upconversion under Sunlight and Room Light”
Naoyuki Harada, Yoichi Sasaki, Masanori Hosoyamada, Nobuo Kimizuka, Nobuhiro Yanai
doi:10.1002/anie.202012419
原田さんを直接指導する楊井伸浩准教授から、原田さんについて以下のコメントを頂いています。
原田君は4年生の頃から2年ほど、実は別の研究テーマに取り組んでいました。これまでのアップコンバージョン材料の限界を超える性能を得ることを目指し、非常に多くの分子を計算科学に基づきスクリーニングし、実際にいくつもの分子を合成して評価を行いましたが、なかなか期待したような結果は得られませんでした。普通ですと心が折れそうになる状況ですが、原田君は驚くべき忍耐力と体力で、自ら新しいアイデアや分子設計を思いついては試し続けました。しかし、残念ながら今のところ上手くいっていません。
そのような状況の中、コロナ禍で実験さえ出来なくなりました。ようやく実験を再開できるようになったころ、気分を変えて新しいテーマに取り組んでみようかと原田君とその指導役の佐々木君と相談し、今回の研究をスタートさせました。するとこれまでの苦労が嘘のように、非常に短期間で素晴らしい結果が得られました。実に合成を開始してから2か月ほどでほぼ論文の形にまとまりました。
これは原田君の凄まじい集中力と体力の賜物ですが、振り返って考えると、原田君が失敗の中で磨いてきた合成と測定の力が、別のテーマにおいて遺憾なく発揮されたことに気が付きます。まずは目的の化合物を短期間で十分な純度で得ること。そして佐々木君と共に、アップコンバージョンの性能を正確に評価するノウハウを築き上げてきたこと。原田君の並々ならぬ努力が今回報われ、私としてはほっとしたというのが正直な気持ちです。類まれなる忍耐力と芯の強さを持ち、理論・合成・測定の優れた技術を身に着けた原田君が今回の成果をばねに今後どのように研究を発展させていくのか。それに併走するのがとても楽しみです。
それでは今回もインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
可視光から紫外光へ変換することができるフォトン・アップコンバージョン(TTA-UC)と呼ばれる技術の変換効率を、これまでの2倍となる20%の効率を示す材料を開発しました。
フォトン・アップコンバージョンは低エネルギー(長波長)な光をより高エネルギー(短波長)な光へ変換するための方法です。今回の研究では、有機分子の三重項状態を利用してアップコンバージョンを行うTTA-UC(Triplet-triplet annihilation-based photon upconversion)と呼ばれる技術を用いました。TTA-UCでは、図のようにドナーとアクセプターの2種類の分子が関与し、ドナーが吸収したエネルギーの光(S1,D)よりも大きなエネルギー(S1,A)を持つ光がアクセプターから放出されます。
従来の可視光から紫外光へ変換するアップコンバージョン材料では、変換効率が10%以下と低く、また太陽光強度(mW/cm2)よりも桁違いに大きな光(>W/cm2)が必要でした。これはドナーとして用いている量子ドットやペロブスカイトナノ結晶といった無機増感剤がアクセプターの発光を再吸収してしまうこと、アクセプターのTTA効率が悪いことなどが原因です。
本研究では、アクセプターの発光を再吸収しにくいドナーと、そのドナーで増感可能な三重項を有するかつ高いTTA効率を示すアクセプターを用いることで、従来の変換効率を大幅に上回る20%を示す材料の開発に成功しました。また、太陽光や屋内のLED照明の光でもアップコンバージョン発光を示すことを確認しました。
太陽光や屋内のLED光に多く含まれる可視光から効率よく有用な紫外光を発生させることができる本材料を光触媒と複合化することで、環境問題やエネルギー問題の解決に貢献することが期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
実を言うと、研究を始めてから思いを入れ込むほどの時間はありませんでした。第一波のコロナ明けから研究を始めたのですが、いつまた大学が封鎖されるかもわからない状況でしたのでとにかく急いで実験を行いました。幸いにも研究は進み、論文を投稿することができました。余裕はあまりなかったと思いますが、良いプレッシャーだったのかもしれません。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
今回は効率が大幅に向上したことを示さなければならず、効率の算出は慎重に行いました。通常行う相対法という方法だけでなく、積分球を用いた絶対法でも確かめました。実はこの絶対法での評価法はアップコンバージョン材料にとっては扱いが難しく、正しく測定するために何度も測定を行う必要がありました。測定自体はシンプルなのですが、今ではかなり気合いを入れて測定しなければならない測定の一つとなりました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
TTA-UCはエネルギー、環境問題を解決することができるポテンシャルを秘めているので、まずはそのポテンシャルを十分に引き出せるような材料を開発していこうと考えています。また、三重項状態を利用した機能はTTA-UC以外の分野にもあるので、そのような化学との融合領域を研究できたらいいなと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
この研究を行う前までは別の研究を行っていたのですが、思うような結果が得られないことが多々有りました。それでもあきらめずに研究を続けていたおかげで、別のテーマですが今回の研究では迅速な測定や評価を行うことができました。失敗の連続の中にも将来的に役に立つことがたくさんあるはずなので、何かを取り組み続けることが重要だと思います。
関連リンク
- 九州大学 工学研究院 君塚研究室
- プレスリリース:可視光から紫外光へのアップコンバージョン効率の世界記録を大幅に更新 ~太陽光や室内LEDからエネルギー創出・環境浄化に有用な紫外光を発生~
- 楊井 伸浩 Nobuhiro Yanai
- 多孔性材料の動的核偏極化【生体分子の高感度MRI観測への一歩】
- 光照射によって結晶と液体を行き来する蓄熱分子
研究者の略歴
名前:原田直幸
所属:九州大学大学院工学府 君塚研究室
専門:光化学
略歴:
2019年3月 九州大学工学部 物質科学工学科 卒業
2019年4月 九州大学大学院工学府 物質創造工学専攻 修士課程 進学