今回の記事では、第11回バーチャルシンポジウム「最先端精密高分子合成」をより楽しむべく講師の一人である大内誠先生について、Maitotoxin(大内研究室出身。現在香港科技大学Ben Zhong Tang研博士課程学生)が僭越ながらも紹介いたします。記事の一部(企業時代の研究など)は大内先生に直接伺ったことを参考にしております。
学生時代 (1996-2001)
京都大学工学部高分子化学科を卒業後、京都大学工学研究科高分子化学専攻澤本光男研究室にて博士を取られました。澤本研究室は原子移動ラジカル重合(いわゆる、“リビング”ラジカル重合)の発見と前身の東村研究室時代の発見から続くリビングカチオン重合の研究で非常に高名なラボです。特に大内先生が研究室に配属された当時、澤本研究室は1995年に発見1された原子移動ラジカル重合が非常に盛り上がっていた時期。その中で大内先生は「ルイス酸と対アニオンの設計による立体特異的及び位置選択的カチオン重合系の開発」というタイトルで、精密カチオン重合に焦点を置いた研究をなされました。
カチオン重合はビニルエーテルやイソブチレンなど電子供与性側鎖を持つモノマーを重合できます。しかし、ポリマーの末端カチオンはβプロトン脱離による移動反応を簡単に起こしてしまうため、アニオン重合に比べてリビング重合系の確立が難儀でした。東村先生、澤本先生は、ルイス酸を用いた可逆的活性化によりこのような副反応を抑え、リビングカチオン重合を達成しました2。
しかし、当時、アニオン重合では立体規則性や位置選択性の制御がなされていたのに対して、カチオン重合ではそのような制御は限られていました。そこで大内先生はリビングカチオン重合系をベースとしてこれらの制御に取り掛かられました。
1)立体規則性制御
高分子(ビニルポリマー)の側鎖の向きの規則性は立体規則性と呼ばれ、同じ向きが続くものをアイソタクチック、交互に違う向きが並ぶものをシンジオタクチック、そして規則性のないものはアタクチックと定義されます。立体規則性は高分子の材料特性に大きく影響を与えるため、その制御は高分子合成において最も重要な課題の一つです。
大内先生はカウンターアニオンに注目3,4,5し、ルイス酸触媒の構造を立体的・電子的にデザインすることでポリビニルエーテルの立体規則性制御が可能であることを示されました。そして最大アイソタクティシティー90 %以上のポリビニルエーテルを合成されています。
こちらのカチオン重合による立体規則性制御は大内先生の論文から20年以上経った現在でもホットなトピックで、例えば去年、University of North Carolina at Chapel HillのLeibfarth研から不斉触媒を用いたイソタクチックビニルエーテル合成法がScience誌に報告され話題になりました6。
2)ジエンモノマー位置選択性制御
シクロペンタジエンは安価で手に入るジエンモノマーの一つであり、なおかつ、その重合体は剛直な主鎖を持つことから、材料としての利用が期待されます。しかし、その精密重合は長らく難しいものとされてきました。大内先生はまずそれまで報告例のなかったシクロペンタジエンのリビングカチオン重合を実現し、得られるポリマーは1,2付加繰り返し単位と1,4付加繰り返し単位の割合が1:1であり、位置選択性の制御はされていないことを報告されました7。その後、ポリビニルエーテル立体規則性制御と同様の戦略で、溶媒条件・温度条件、そして特にルイス酸触媒に注目することで、ポリシクロペンタジエンの位置選択性を最大76%(1,4付加優位)にまで向上させています。
どちらの研究にも共通して言えるのが、果てしない量の条件検討をしたのちに最も良い条件を見つけ出し、その理由を考察している点です。華やかな精密重合の裏にある、泥臭さを垣間見れます。
特にシクロペンタジエンは滅茶苦茶臭いのに、不安定で、2週間に一回は蒸留精製をしなくてはいけなくて地獄だったとか….
2001-2004年 豊田中央研究所研究員時代
博士号取得後、大内先生は豊田中央研究所に企業就職され、ポリ乳酸の高機能化に着手されました。植物から生産される乳酸をモノマーとするため、石油に依存しない環境低負荷材料としてポリ乳酸は注目されていますが、現行の自動車で使われる樹脂に比べて、耐熱性・耐衝撃性の面で性能が不十分である欠点を抱えています。大内先生はクレイ(粘土)の層間カチオンを設計することで、ラクチドの層間開環重合を実現し、ポリ乳酸樹脂内のクレイ分散性を高め、耐熱性の指標となる熱変形温度を60℃以上向上させました。溶融ブレンドで得られるポリ乳酸―クレイ複合材料は、耐熱性・成形性に優れ、さらにそこに天然ゴムやエチレンプロピレンゴムをブレンドすることで耐衝撃性までもが向上したとのことです。またポリL乳酸とポリD乳酸を混合するとステレオコンプレックスを形成し、融点が向上することから、ステレオコンプレックス化は耐熱性向上の観点で注目されてきましたが、成形プロセスでステレオコンプレックスの割合を高めるのは容易ではありません。そこで、大内先生はステレオコンプレックスを選択的に形成させる結晶核剤の開発にも貢献されました。
2004年―現在 京都大学大学院工学研究科 助手―教授時代 (澤本研究室➡大内研究室)
2004年にアカデミアに戻られたのち大内先生は学生時代からの強みであるカチオン重合に加えてラジカル重合をベースとした精密重合の研究に着手されました。主な研究領域は1)高機能重合触媒 2)形態制御 3)配列制御 の3つでしょう。
1)高機能重合触媒
1995年原子移動ラジカル重合の発見以来、精密重合は簡単な設備で出来る、なおかつモノマー適用範囲の広いものとして広く浸透していきました。しかし、その系は未だ万能ではありません。例えば、金属の一電子酸化還元平衡を伴う絶妙な平衡バランスによって重合系が制御されている以上、わずかな副反応で重合は停止してしまいます。これは触媒量が低減した場合顕著に出てくる現象であり、触媒コストやポリマー内金属残滓の影響への懸念から触媒量の減少を目指すにあたって、解決すべき問題でありました。重合の停止は主に、わずかに起こる副反応で高酸化状態に陥った金属触媒がそのまま還元されることなく蓄積し、失活してしまうことで起こります。そこで還元剤をシステム中に組み込むことで高酸化状態の金属を再び活性状態に戻すアプローチがとられます。
澤本研究室で大内先生は、Ru触媒系原子移動ラジカル重合における触媒機構の解明と、機構に基づく配位子や添加物の添加により触媒活性の向上を実現されてきました。例えば今まで触媒として注目されることのなかった「フェロセン」に注目し、フェロセンの添加により高酸化ルテニウムを触媒的に還元・同時に活性化ラジカル末端のハロゲンカップリングを促進させることで、「ルテニウム触媒量の低減」を実現されました8。またそこで得られた知見を活用して、ルテニウムの使用を完全になくし、触媒として臭化鉄(FeBr2/FeBr3)、助触媒としても鉄(デカメチルフェロセン)を用いる、「高活性・高耐性オール鉄触媒系」を開発されました9。
2)形態(トポロジー)制御
こちら現在の大内研究室で活発に行われている研究の一つです。リビング重合系の確立は、分子量や末端構造の精密制御に加えて、スターポリマーやグラフトポリマー、ポリマーブラシなど、様々な形態の高分子の合成に貢献しています。そのうち一つが環状ポリマー。一般的にはリビング重合によって得られる高分子の末端構造が定まっていることを利用して、高希釈条件で末端をつなげることで環状高分子が得られます。しかし、この従来の方法では高希釈条件を必要とする以上、合成効率に問題がありました。
大内研究室では、ヘミアセタールエステル結合が可逆的活性化可能な重合活性点となることに注目し、それを環状分子内に組み込んだのち環状形態を保ったまま重合を制御することで,ビニルモノマーの環拡大カチオン重合の制御に世界で初めて成功されました10。こちらの重合系は様々なビニルエーテルに適用可能であり、モノマー設計を通じて、環状グラフトポリマ―、環状コポリマー、環状ゲル11や環状環化ポリマー12などの合成を達成されてます。
3)配列制御
こちらも現在の大内研究室で積極的に行われている研究の一つです。そして、筆者の一番好きな研究課題の一つでもあります。Vシンポジウムで主に話していただけると思うので今記事では導入だけ。
リビング重合系の確立によってビニルポリマーの分子量や末端構造の精密制御が可能になりました。また、配位重合系は超精密な立体規則性制御も可能にしています。
末端・分子量・立体規則性と続いて、高分子の性質に影響を及ぼす要素とは何でしょうか?大内研究室では「配列」に注目されています。
DNAやタンパク質などの生体高分子は完全に制御されたその側鎖配列によって三次元構造が定まっており、その三次元構造と側鎖官能基由来の多様な機能を発現しております。そこから、様々な側鎖の導入が可能なビニルポリマーにおいても同様に、その配列を制御することで天然高分子のような機能を創出できると予想されます。
Maitotoxin(筆者)は、配列さえ制御できればビニルポリマーで構成された生命体=ゴム人間が出来てしまうではないか、とまで夢見ています。
しかし、連鎖的に成長する付加重合の性質かららその配列制御は高分子における長年の課題とされてきました。
大内研究室では、2種の構造的に大きく異なるモノマー間の電子状態を調整しモノマー反応性比を整えるアプローチ13に加えて、構造的に似通ったモノマーを配列制御重合するためのユニークな方法論を生み出してきました14,15 ,16。
これらの成果はケムステでも度々取り上げられています。近年は様々な配列制御ポリマーを合成し、同じ組成のランダムコポリマーとの比較によって、水溶性、結晶性、液晶性17などに配列由来の物性が発現することが明らかになってきています。
2007-2009年 California Institute of Technology, David Tirrell研究室時代
大内先生は2007年から2年間David Tirrell先生の元に客員研究員として滞在されました。
David Tirrell先生は、元々高分子化学者であり、高分子屋の視点で生化学に研究をシフトした科学者として高名な方です。
大内先生は合成高分子に対する配列制御を研究する上で,生化学的アプローチがヒントになると考え,Tirrell先生の研究室に留学されました。非天然のアミノ酸をヘリックスを形成するタンパク質の狙いの位置に導入し,後反応によってモノマーを導入して鋳型重合を実現する研究に従事され、「成果には結びつかなったものの,非天然のアミノ酸合成や生化学的アプローチを学び,研究の考え方が大きく変わった」と語られています。実際、前述した配列制御研究はタンパク質の生体内翻訳機構を参考にされているように見受けられます。また、カルテック滞在中、様々な研究者と知り合いになれたこと、特にYan Xia教授(Stanford,当時Grubbs研の博士課程の学生)やJeremiah Johnson教授(MIT,滞在中,Tirrell研にポスドクのインタビューに来た)と今も仲良くできている事が大きな収穫であったとのことです。
ちなみにこの記事を書く為インタビューするまで大内先生との繋がりは全く知りませんでしたが(大内先生から名前を聞いたこともなかったです。)、筆者はYan Xia教授の大ファン、Jeremiah Johnson教授のファンです。
これ以外にもツイッターでリプライを飛ばしまくるレベルのファンです(Yan Xia教授=アイドル)。大内研究室に入ることで、無意識のうちに教授と研究癖が共有されていることに衝撃を受けました。
すなわち大内先生には高分子LOVE、合成LOVEに人を惹き込む力があるということです。ぜひその一端を垣間見たい方はバーチャルシンポに来てください!!実際、私の知る限り大内研究室の学生(少なくとも僕の同期達や直属の先輩)は自分を含めて皆、高分子を、そして合成を、涎を垂れ流して愛するような方々ばかりでしたから。
以上、少し深掘りしすぎたかもしれませんが、まとめると大内先生は「リビング重合の歴史に寄り添って、ビニルモノマーの精密重合を分子量→立体規則性→トポロジー・配列と一歩一歩昇華させてこられた職人。」といえるでしょう。
後、傲慢ながらも「配列制御は世界で一番面白いテーマの一つ」と付け足しときます。
そんな大内先生の講演は「高分子らしさを探究する精密高分子合成」果たして私の一押し研究、配列制御について語っていただけるのでしょうか?笑
それでは、お楽しみに!
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関連サイト
参考文献
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