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スポットライトリサーチ

Grignard反応剤が一人二役!? 〜有機硫黄化合物を用いるgem-ジフルオロアルケン類の新規合成法〜

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第284回のスポットライトリサーチは、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所・前川侑輝 博士にお願いしました。

含フッ素化合物は医農薬・材料分野で高い需要があるため、効率的な合成法が求められています。特にgem-ジフルオロアルケン類は古典的オレフィン形成法による合成が難しく、現在でもよい合成法を探して研究開発が進められています。今回の成果はトリフルオロメタンスルホニル基置換化合物(トリフロン)を出発原料とする、これまでにない合成法の報告です。J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。

“Alkyltriflones in the Ramberg–Bäcklund Reaction: An Efficient and Modular Synthesis of gem-Difluoroalkenes”
Maekawa, Y.; Nambo, M., Yokogawa, D.; Crudden, C. M. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 15667–15672.  doi:10.1021/jacs.0c07924

今回は研究を指揮されているお二人の先生(Cathleeen M. Crudden教授南保正和 特任講師)から、前川さんについて以下の人物評を頂いています。今後グローバル社会で活躍されるポテンシャルを備えた人材と言うことで、ますますのご発展が期待されます。すでにケムステで本論文を取り上げましたが、今回はインタビューを行いました。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

南保先生コメント

前川さんとは2015年PacifichemのCrudden研の集まりで会ったのが初めてだったと記憶しています。彼は研究熱心で人当たりもよく、カナダでのラボメンバーとよい信頼関係を築けていることがこれまでの研究成果に結びついていると思います。これまで私たちが注力しているスルホンの分子変換の開発に様々なアイディアで挑戦し、当初全く想定していなかった面白い反応を今回見出してくれました。ちなみに私は前川さんに指摘されるまでこれがRamberg-Bäcklund反応とは気づきませんでした…(反応の前後だけ見てすぐ反応機構が分かった方はいらっしゃいますか?)今後はカナダの製薬会社に勤められるということで、新天地での前川さんらしい活躍を期待しています。

Crudden先生コメント

It is a pleasure to know that Dr. Maekawa’s work will be highlighted at Chem-Station and to be given the chance to comment on it. While he was exploring a different challenging project in the area of sulfone chemistry, Dr. Maekawa discovered a novel and interesting transformation that generates valuable difluorinated alkenes that are useful scaffolds in medicinal application and chemical synthesis. Dr. Maekawa finished this unexpected project with Professor Nambo, providing insight into the interesting mechanism, including the ability of Mg to assist in activating strong C–F bonds.
In terms of his attitude to a research, Dr. Maekawa has worked very hard, committing long days to finishing his projects and providing significant insight and creative vision to this project. He examined his data with care to ensure that he did not overlook unexpected outcomes, organizing and analyzing the obtained results to formulate an exciting project with high impact. In addition to his own projects, he has also been highly invested in teaching experimental techniques and supervising our graduate students to help them achieve progress. He has showed considerable leadership during these difficult times and it is a huge pleasure having him in my laboratory.

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回私たちは、第二級アルキルトリフロンにGrignard反応剤を作用させることで、gem-ジフルオロアルケンへ変換できることを見出しました。
Crudden・南保グループでは、これまでに有機硫黄化合物の1つであるスルホンを鋳型に用いた逐次的な分子変換法を開発してきました(過去記事:有機フッ素化合物の新しいビルドアップ構築法)。最近ではトリフルオロメチル基を有するスルホン(トリフロン)に着目し、フッ素化とスルホン部位の切断を伴うクロスカップリング反応によってフッ素化されたジアリールメタン類の自在合成に成功しています。さらに私たちはトリフロンのユニークな反応性を活用した反応開発を検討したところ、本反応を発見するに至りました。すなわち、水素原子の引き抜きと炭素-フッ素結合の活性化、続く二酸化硫黄の脱離によってgem-ジフルオロアルケン類が形成するというものです。この形式の反応はRamberg-Bäcklund反応として知られていましたが、脱離能の低いフッ素化されたスルホン類で達成した例はありませんでした。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

アルキルトリフロンのα位の脱プロトン化とC-F結合の活性化、二つの役割を担う塩基の選定です。と言いたいところですが、実際は別のプロジェクトを進めている中でGrignard反応剤が本反応を促進することをたまたま発見しました。なので予想外の結果を見落とさず反応を精査していくことができた点と、従来法との差別化のために基質範囲の選定や応用例にこだわったところに思い入れがあります。GC-MSで当初目的としていた反応を確認しているときに、見慣れない質量のピークが検出されました。ChemDrawで適当に分子をいじってジフルオロアルケンの構造にたどりついたときは、そんなわけないやろと思っていましたが、その後の解析で、構造がそれだとはっきりとわかったときは興奮して研究室の人たちに言って回ったのを覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

C-F結合活性化の機構の調査です。反応を見つけてすぐにいくつかのコントロール実験でRamberg-Bäcklund型の反応形式で進行していることは確認できていました。しかし肝心のC-F結合の活性化に関してはどのようなメカニズムで進行しているのか実験的に判断するのは困難でした。そこで計算化学を用いて反応経路の解析を行った結果、スルホニル基上の酸素に結合したマグネシウムがルイス酸としてC-F結合を活性化し、フッ素を脱離基とした分子内SN2反応を通る経路がエネルギー的に有利であることが分かりました。計算結果は一連の実験結果にも一致しており、計算化学が実験的には説明することが難しい部分をサポートするのに大変有用な手段であることを改めて認識しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

どんなことでも基本を知らなければ、なにが新しいのか、面白いのかを理解したり考えたりすることはできないと思います。今後も基礎的な知識を学び続ける姿勢を忘れず、研究に携わっていきたいです。
またこれまで化学を通じて、様々な人と出会い、知識や感動を共有していくことができました。自分が楽しく化学を続けられてきたのもそういった経験に恵まれてきたからだと感じています。なので、日ごろから人との繋がりに感謝し、研究に真摯に取り組み、自分自身が、周りの人が化学を楽しいと感じるきっかけの一つとなれれば幸いだと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

目の前のことに夢中になりすぎると、考えが凝り固まってしまったり、全体が見えなくなってしまいがちです(自分だけかもしれませんが…)。たまに肩の力を抜いて、外でゆっくりと自分の分野と関連のない論文を読んだりするのもいいと思います。少し冷静になって自分の研究を振り返ることができるかもしれません。また人との繋がりを大事にしてください。他の研究者との交流を通じて、研究の新たな切り口が見えてくることがあると思います。
あと毎日運動して、美味しいものを食べて、よく寝ることを忘れないでください。研究するにも健康第一です。
最後になりましたが、熱心なご指導に加え、自由な環境で実験をさせてくださっているCrudden先生、南保先生をはじめ、グループメンバー、また共同研究者の横川大輔先生に深く感謝いたします。そして、研究を取り上げてくださったChem-Stationの方々に御礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:前川侑輝
所属:名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所 Crudden・南保グループ 学術振興会特別研究員(PD)
研究テーマ:有機硫黄化合物の特性を活かした分子変換法の開発
略歴:
2017年3月 岐阜大学大学院物質工学専攻 博士後期課程修了(指導教員:村井利昭教授)
2017年4月~ カナダ, Queen’s University, Department of Chemistry 博士研究員 (PI:Prof. Cathleen Crudden)
2019年4月~ 現所属

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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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