第281回のスポットライトリサーチは、菅原真純 博士にお願いしました。
菅原さんは理化学研究所・袖岡研究室において、フェニル置換オキシインドール化合物が示すpersistent radicalを活用した有機合成研究に一貫して取り組まれてきました。今回の成果はこの研究過程で見付かった、新たな脱水素クロスカップリング法に関する報告です。厚みのある計算化学/機構解析研究とともに、ACS Catalysis誌 原著論文とCover Pictureとして公開されています (アイキャッチ画像は理研プレスリリースより)。また本内容にて、日本化学会第98春季年会優秀講演賞 (学術) を受賞されてもいます。
“Regiodivergent Oxidative Cross-Coupling of Catechols with Persistent tert-Carbon Radicals”
Sugawara, M.; Ohnishi, R.; Ezawa, T.; Akakabe, M.; Sawamura, M.; Hojo, D.; Hashizume, D.; Sohtome, Y.; Sodeoka, M. ACS Catal. 2020, 10, 12770–12782. doi:10.1021/acscatal.0c03986
本テーマを現場で担当された五月女宜裕 専任研究員から、菅原さんについての人物評を頂いています。現在は日本軽金属株式会社にて、ビジネス畑でキャリアを積まれており、今後ますますのご活躍が期待されます。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
「これまでの報告例とは反応機構が違いそうだけど、決め手に欠けるんだよね。なんとか解決してくれない?」菅原君と研究を開始した当初、こんなお願いをした記憶があります。持ち前のハードワークで、二量体からラジカルが生じることをクリアーに実験で示してくれたところがこの研究の鍵だったと思います。以降、菅原君が指導してくれた大西さんとともにコントロール実験等を積み重ね、ようやくスッキリとした結論を論文にまとめ上げることができました。そして、この研究はまだまだ広がりを見せそうです。溢れんばかりの向上心であれもこれも詰め込もうと空回りしがちでしたが、我々の研究室で遺憾無く発揮してくれた継続力、指導力、献身力を活かしてますます活躍してくれることを期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究は、異なる二つの炭素-水素 (C-H) 結合を酸化的に切断して炭素-炭素結合を形成する脱水素型クロスカップリング反応に関するものです。本研究では、クリーンな酸化剤として分子状酸素に着眼し、さらには従来までの課題であった反応位置の制御を実現しました。
二量体のホモリシスから生じる持続性ラジカルを用いることが鍵です。これにより、触媒を用いない条件ではカテコール6位での反応生成物が選択的に得られ、袖岡研究室で開発したPd錯体触媒を用いた条件では、カテコール5位での反応生成物が選択的に得られることを見出しました。また、Pd錯体触媒がもたらす位置選択性について有機合成化学、分光学、計算科学の観点から反応機構の解析を行いました。五月女先生がDFT計算と分光学を駆使して反応機構を深堀りする傍ら、私は有機合成化学でのコントロール実験や反応開発を主に担当しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
最も思い入れがあるのは、無触媒条件下、カテコールの6位選択的な反応を見つけたところです。二量体を原料として用いるラジカル-ラジカルクロスカップリング反応を開発して以降 [1]、持続性ラジカルが中間体として生成しているだろうと推定していました。この二量体は、40 °Cに加熱するだけでラジカルを発生させることができます。無触媒条件で二量体とL-DOPA誘導体で反応を行ったところ、狙っていたジアステレオ選択的反応ではなく、カテコール6位で反応が進行した反応生成物の生成を確認しました。その後、構造がよりシンプルなカテコールでも同様の位置選択性が発現することがわかり、本成果に繋がりました。
本研究でのカテコール5位と6位の位置多様性の発現にはカテコール4位の置換基が必要ですが、L-DOPA誘導体を用いた検討がなければこの位置多様性クロスカップリングの結果は見つけられなかったと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
位置多様性クロスカップリングの反応を見出したことで、論文作成へ向かい始めたものの、前任者の実験データも含め、膨大な実験結果の取捨選択と、どのような追加実験をすれば想定される複雑な反応経路を絞りこめるのかを把握するのが難しかったです。理研在籍中には五月女先生からたびたびコントロール実験の指示を頂いたり、理研退所後も進捗に関する連絡を受けディスカッションに参加しました。自分で気づいて素早く実験結果を出せていれば・・・と思うことがいくつもありました。
私にとって本研究テーマは、研究内容を俯瞰することと理論の再構築の重要性を学ぶ良い題材になりました。また似た場面に直面した際には自分で乗り越えられるようにしたいと思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
現在私は企業の化学品部門で生産管理業務を担当しています。産業としての化学に関してはまだまだ修行の身ですが、研究とは異なる化学の側面を楽しみつつ、研究で培った知識や考え方を活かして製品や技術で社会へ貢献していきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
学生時代には、一貫した研究テーマを突き詰め、有機合成化学に対する自信を身につけることができました。その反面、知らないうちに新しい分野に触れる抵抗感ができていたように思います。袖岡研究室に加入したばかりの頃は、複雑なラジカル反応・分光学・計算科学といった新しい内容に追いつかず、焦燥感に苦しみました。しかし、二年間在籍した中で「一つずつ新しい武器を増やし磨いていかないと大きな仕事はできない」ということを痛感しました。実験系から離れた現在の業務にも前向きに取り組めているのは袖岡研究室での修業のおかげだと思います。
学生時代の自分に助言するなら「”新しい武器を獲得するために”一歩違う分野にも興味を広げてみよう」と言うでしょう。一度に色々やろうとすると空回りするので、強みに磨きをかけながら、一つずつ新しいチャレンジを心がけることも大切です。本記事が現在学生の方々の参考になれば幸いです。
最後に、袖岡研究室では、本研究とは異なる多彩な研究テーマを抱えながらも、妥協せず反応機構を深く突き詰める研究姿勢から多くを学びました。未熟な私を引っ張っていただくとともに終始ご指導・ご鞭撻をいただいた袖岡幹子先生、五月女宜裕先生にこの場を借りて深くお礼申し上げます。また、本研究でお世話になりました共著者の皆様に感謝申し上げます。
関連文献
- (a) Sohtome, Y.; Sugawara, M.; Hashizume, D.; Hojo, D.; Sawamura, M.; Muranaka, A.; Uchiyama, M.; Sodeoka, M. Heterocycles 2017, 95, 1030. (b) Ohnishi, R.; Sugawara, M.; Akakabe, M.; Ezawa T.; Koshino, H.; Sohtome, Y.; Sodeoka, M. Asian J. Org. Chem. 2019, 8, 1017.
研究者の略歴
菅原 真純 (すがわら ますみ)
[所属]
日本軽金属株式会社 蒲原ケミカル工場 勤務
[略歴]
2016年3月 北海道大学大学院生命科学院 博士後期課程修了 (佐藤美洋教授)
2016年4月~2018年3月 理化学研究所 袖岡有機合成化学研究室 特別研究員(袖岡幹子主任研究員)
2018年4月~現在 日本軽金属株式会社 蒲原ケミカル工場 勤務
2013年4月~2016年3月 日本学術振興会特別研究員 (DC1)
2014年4月~9月 イリノイ大学シカゴ校 (Prof. Vladimir Gevorgyan) へ短期留学