第283回のスポットライトリサーチは、信州大学大学院総合理工学科農学専攻(大神田研究室)・細谷 侑佑さんにお願いしました。
天然変性タンパク質(Intrinsically Disordered Protein, IDP)は、特定の高次構造をとらないタンパク質クラスですが、生命機能に欠かせない役割を果たしているとの考えが進み、新たな創薬標的として注目を集めつつあります。一方で高次構造を観ながらの合理的な設計を進めることができず、評価系の設計・確立からして困難である事は想像に難くありません。このような難関標的を狙った低分子制御アプローチが概日リズム系において研究され、創薬化学の新たな局面を拓く成果として報告されました。Chemical Communications誌 原著論文・Back Front Cover・プレスリリースとして公開されています。
“Identification of synthetic inhibitors for the DNA binding of intrinsically disordered circadian clock transcription factors”
Hosoya, Y.; Nojo, W.; Kii, I.; Suzuki, T.; Imanishi, M.; Ohkanda, J. Chem. Commun. 2020, 56, 11203. doi:10.1039/D0CC04861E
研究室を主宰されている大神田淳子 教授から、細谷さんについて以下のコメントを頂いています。ラボの立ち上げから今後の流れまでを形作るような仕事を完成させた経験は、きっと未来永劫活きてくると思います。それでは今回もインタビューをどうぞ!
細谷侑佑君は、私とともに信州大でのラボの立ち上げに取り組んでくれた1期生のひとりです。当然、実験を教えてくれる先輩はおらず、機材もおぼつかない環境からのスタートでしたが、信州大から新しい化学生物学を発信すべく設定した挑戦的なテーマに、実直な細谷君はたったひとりで真っ向から取り組み、数えきれない試行錯誤を経てIDPのアッセイ系を確立し、2000近くの化合物を調べ、ヒットを発見し、ついに論文発表を果たしました。その後も作用機序の解明に取り組み、いくつかの興味深い知見を得ています。ジャズドラムを愛し、まだあどけなさが残る3回生だった彼が、今は大きく頼もしく成長しました。今後のさらなる活躍を期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本研究では、概日時計を調節する転写因子であるBMAL1/CLOCKヘテロ二量体とDNA相互作用の評価系の確立と低分子阻害剤の同定に成功しました。BMAL1とCLOCKは、生理条件下で過渡的な構造変換を起こす天然変性たんぱく質(intrinsically disordered proteins: IDP)です。IDPは、細胞増殖やアポトーシスなどの細胞の重要なシグナル伝達においてハブとしての役割を果たすほか、細胞内の物質局在を制御する液液相分離の調節に重要であることが近年の研究で明らかにされつつあり、非常に注目を集めています。BMAL1/CLOCKは概日リズムの調節を司る転写因子であり、生体内の多くの代謝活動を制御していますが、そのリズムが崩れると不眠症や腫瘍形成につながることが報告されています。したがってBMAL1/CLOCKとDNAの相互作用を調節する有機分子が見つかれば、それらの治療薬開発の足場となると期待されますが、不安定で可塑的な構造ゆえに実験操作が難しく、これまで創薬研究の対象とはならず阻害剤の報告例がありませんでした。
本研究では、全長BMAL1とCLOCKのうち、2量化とDNA結合に重要と考えられるドメインを大腸菌から発現して精製し、両者の2量体形成とE-box DNA配列への特異的結合を、簡便にかつ定量的に検出可能な蛍光偏光系を確立することに成功しました (図1)。この試験系を用いて1785個の化合物ライブラリをスクリーニングした結果、BMAL1とCLOCKのDNA結合を強力かつ選択的に阻害するキノキサリンジオン誘導体を見出すことができました。作用機序を検討した結果、興味深いことにこの化合物はBMAL1のPASドメインに不可逆的に結合していることが示唆され、BMAL1/CLOCKに対する共有結合阻害剤として有用である可能性が示されました。以上のように本研究は、新たに構築した蛍光結合試験系が、これまで困難と考えられてきたIDP阻害剤の効率的探索に有用であることを示した点で、非常に意義があるものと考えられます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
IDPに関する創薬研究では、相互作用に必要なごく一部のドメインのみを抽出して用いられていることがしばしばであり、大きな課題の一つでもありました。今回の研究ではBMAL1とCLOCK中の二量体形成に必要なPAS領域とDNA結合に必要なbHLHドメインをそのまま残し、できるだけ天然の構造を保持する組換えたんぱく質を設計しました。そのため発現精製過程にてたんぱく質の凝集・沈殿の発生や純度の低迷など多くの課題が発生しましたが、バッファー条件の検討やたんぱく質に付属させるタグの選定など多くの試行錯誤の末に乗り越えることができたためとても印象に残っています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
スクリーニング実験において一人で1785個の化合物を正確にかつなるべく効率よく評価しなければならず頭を悩ませました。本研究で扱うたんぱく質は構造が不安定なため、凝集を防ぐために添加剤の使用などの工夫を凝らしましたが、それでも精製濃縮後のたんぱく質サンプルを一度解凍して一定時間たつと実験の再現性が取れないことが示唆されていました。そのためまずコントロール実験で、サンプル解凍後から測定までのタイミングについて詳細な条件検討を行いました。また一度に試験できる化合物の数についても予め注意深く検討してから本番のスクリーニング実験に入りました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私はもともと医学に興味があり、大学では創薬の研究に触れられるこの研究室を選び研究活動を行ってきました。研究に取り組むなかで、医薬品の開発を実現するためには化学、生物、物理に至る広範な知識が必要であることを身をもって知りました。化学は生体内の仕組みを理解し操作する上で根幹となる学問です。私はまだまだ修学途中の身でありますが、今後よりこれらの学問を深め、近い将来、医学・創薬の発展に貢献していきたいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回私も大学生活で幾度となくページを開き拝見していたChem-Stationで本研究を取り上げていただくということで、大変な驚きと喜びを感じました。この記事で少しでもIDPに関する研究に興味をもっていただけたなら幸いです。私はまだ研究を始めて日も浅く、未熟者ですのでこの場で何かメッセージを送れるような身分ではないのですが、今回の研究では共同研究者の皆様、研究室のメンバー、自分を支えてくれた友人など様々な方々の協力のおかげで目の前のことを一つ一つ実行してなんとか形にすることができました。この経験をしっかりと糧にしてこれからも様々な方々と関わり協力することを惜しまず、一つ一つ積み重ねて頑張っていこうと思います。この度はこのような貴重な機会をいただき改めて心から感謝申し上げます。
最後に、共同研究にてご指導ご協力を賜った北海道大学 鈴木孝紀教授、信州大学 喜井勲教授、京都大学 今西未来准教授に深く感謝の意を述べさせていただくと共に、研究生活にて広く心構えから技術までご指導くださった大神田淳子教授に深く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:細谷 侑佑
所属:信州大学大学院総合理工学科農学専攻先端生命科学分野 ケミカルバイオロジー研究室 修士2年
研究テーマ:天然変性概日時計転写因子の相互作用調節分子の開発