前回・前々回の記事では、アメリカのPhD取得後の進路について、一般的な進路やインダストリー就活の流れについて紹介しました。今回は、実際にアメリカの企業の研究職志望で就活を行った私の体験を綴ります。
アメリカ大学院留学:卒業後の進路とインダストリー就活
(1)アメリカPhD取得者の一般的な進路や就活の時期
(2)インダストリー研究職の就活の流れ
(3)私の就活の経験 ←本記事
1. 私自身の就活経験 – 就活準備
私は、大学院留学を始めた当時から、何となく「卒業後はアメリカの企業の研究職で働きたい」という気持ちがあり、アカデミアや他の選択肢とあまり迷うことなくインダストリーに進むことに決めました。とは言え、早い段階から就活を見据えて行動していたわけでもなく、インターンや積極的なネットワーキングをしないまま5年目を迎えました。
ラボの先輩の大半はポスドクに進み、インダストリーに行った先輩も卒業後に大学を離れてから就活をしていた人がほとんどで話を聞く機会がなかったため、かなり手探りの状態で就活を始めました。「就活はいつから始めるべきなのか」「どうやって応募するのか」「何社くらい出願するのが目安なのか」「採用プロセスはどんな感じなのか」など、基本的なことも分からず、そうかと言って誰に聞けば的確な答えがもらえるのかも分からず、いろんな人に聞いて回ったりインターネットで調べたり、地道に情報収集をしました。
全体の就活スケジュールはこんな感じでした(図2)。
5年生の初め頃から、まずは志望先企業を考え始めました。何となく大企業よりもスタートアップの方が自分に合いそうな気がしていたこと、アカデミア志望のパートナーのポスドク先を考慮して所在地はボストンが良かったこと、そして遺伝子工学に関連した農業や医療技術に興味があったことから、条件に合いそうな企業をインターネットで地道に調べていきました。ボストン周辺に住んでいれば、ボストンのバイオテックが集まる就活イベントなどもあるのかもしれませんが、遠方に住んでいればそのようなイベントにもなかなか参加できないため、特定のキーワードでGoogle検索をしたり、MassBioのようなボストン周辺のバイオテックの求人情報サイトをチェックしたりして、情報を集めました。
秋には、様々な企業が化学科の学生・ポスドクを対象に大学にリクルーティングに来るため、いくつか参加してみました。しかし、前々回の記事で書いたように、ほとんどが有機合成系のポジション対象で、私が希望していたバイオ系の職種は対象としていなかったため、ほとんど役に立ちませんでした…
「就活はネットワーキングが大事」という言葉をいろんなところで目にしていたので、学会でネットワーキングをすることも考えました。春のACS Meetingを申し込むときに、インダストリーのネットワーキングセッションや就活の準備講座に参加できることを知り、申し込んでおきました。(結局、コロナウイルスの影響で中止になってしまったのですが…)
あまり有益な情報収集ができないまま6月になり、論文審査員とのミーティングをする機会がありました(プロポーザル試験)。ミーティングの終わりに卒業後の進路についても話し合ったのですが、「ボストン・バイオテック・タンパク工学系」の研究職というキーワードを伝えると、教授の一人が「最近の卒業生でボストンのバイオ系企業に行った子がいるから紹介するよ」と言って、メールで繋いでくれました。就活の情報収集において一番役に立ったのが、この卒業生との電話での会話です。専門や希望進路が近い上に、卒業生であることから自分と状況が似ており、とても参考になる話が聞けました。
- 出願はいつから始めるべきか。→ ディフェンスの日程が決まってから。バイオテックはオファーをもらってすぐ働き始めるイメージ(交渉は可)なので、ディフェンスの1〜3ヶ月くらい前から出願を始めるのが目安。
- どうやって出願するのか。→ 社員推薦があればもちろん有利だけど、学生の立場だと特にコネがないので、結局企業のWebサイトやLinkedInを通してオンラインで出願することになった。
- 何社くらい出願すべきか。→ 30社程度出願した。他の友達を見ていると10〜100社などかなり個人差が大きい。研究との両立も必要なので、一週間に2〜3社くらいのペースで出願し、様子を見つつ調整するのが良い。
- 何社くらいオファーをもらえるのか。→ 人によるけれど、1社から数社程度。オファーを貰ってからそう長くは保留にできないので、よほど他の企業に興味がある場合でなければ貰ったオファーを受けることになるはず。バイオテックでは、ステップアップのために数年で他の企業に移ることも普通なので、最初の1社にそれほど拘らなくても良いかも。
- 出願後の流れは?→ 出願を始めて1ヶ月ほどは返事がなく、ディフェンスの数週間前になって1社から電話を受け、その後数回のインタビューを経て採用。1〜2ヶ月程度かかった。
- ネットワーキングのコツは?→ 知り合った卒業生などのLinkedInネットワークをチェックして、興味がある人を見つけたら紹介してもらう。あまり協力的でない人もいれば、かなり親身になってくれる人もいるので、とりあえずいろんな人と繋がるように努力すると良い。
2. 私自身の就活経験 – 出願から内定まで
私は、ディフェンスの3〜4ヶ月ほど前から、実際に企業に出願を始めることにしました。興味のある企業のうち、自分のバックグラウンドに合うポジションの応募が出ていた企業にまず5〜6社ほど出願しました。そのうち1社は友達からの社員推薦を貰い、会社から送られてきたリンクから出願しました。推薦をもらった企業は返信が早く、2日後にリクルーターとの電話面接、翌週には採用担当者(将来の直属の上司)との電話面接、2週間後に研究経験のプレゼン&チームメンバーとの個別ミーティング(30〜60分x 6回程度)というように、選考がどんどん進んでいきました。コロナウイルスの影響もあり、全ての選考過程がオンラインで行われました。最後の面接の数日後、「推薦者を数人挙げるように」との連絡がきて、採用担当者が私の指導教官や論文審査員と私の日々の取り組みや研究力について電話で話した後、オファーを貰うことができました。私の場合、最初に応募したポジションでのプレゼン後に、良ければ別の部署に来て欲しいと言われ、再度別のチームに対してプレゼンを行ったため、少し余分に時間が掛かりましたが、全過程は1ヶ月半程度で終わりました。
社員推薦無しに応募した他の企業については、1社のみ返信があり、採用担当者とのZoom面接を行ったものの2ヶ月後に不採用との連絡があり、その他の企業は返信すらありませんでした。就活にはネットワーキングが大事、とよく聞きますが、その大切さを実感しました。
3. おわりに
アメリカでの就活を経験してみて、コネとマッチングが特に大切だと感じました。アメリカの企業は通年採用が基本で、その時々の空きポジションに応じて人材を募集しているので、そのポジションに必要なスキルと応募者の研究経験がマッチしているかどうかが重要な判断基準となります。企業がどのようなスキルを持った人を必要としているかは、その企業の人材募集を見ているとある程度分かるので、興味のある企業の募集を大学院の早い段階からチェックしておくと良いかもしれません。
また、LinkedInなどで”open to opportunities”という設定にしておくと、リクルーターからメッセージを貰えることもあります。私の場合、希望するボストンでなくほとんどがLA周辺の企業からの勧誘であったことや、メッセージを貰ったのが既に他からオファーを貰った後(ディフェンス日程の1ヶ月ほど前)であったため、それらの企業に出願することはありませんでしたが、人によっては良い機会に出会える可能性もあるはずです。
就活中は、博士論文の執筆や研究室での実験も並行して行う形になりました。コロナウイルスの影響で、ラボに行く時間が限られていたことや面接で現地に赴く必要がなかったことが案外プラスに働いて、スムーズに就活を行うことができました。とは言え、就活をしていると他のことに集中するのが難しいので、余裕を持ってディフェンスのスケジュールを立て、計画的に論文執筆を進めるようにすると良いと思います。
関連リンク
- アメリカ大学院留学:卒業後の進路とインダストリー就活(1);ケムステ記事
- アメリカ大学院留学:卒業後の進路とインダストリー就活(2);ケムステ記事
- とある化学者の海外研究生活:アメリカ就職編:ケムステ記事