PhD留学について、受験や大学院生活についての情報は豊富に手に入るようになってきていますが、卒業後の進路についての情報が得られる機会はまだまだ限られていると思います。私は、最近アメリカの大学院で化学のPhDを取得し、今後アメリカのバイオテック企業で研究者として働く予定です。これから3回に分け、PhD取得後の進路や就活の様子について私の経験をもとに綴ろうと思います。
アメリカ大学院留学:卒業後の進路とインダストリー就活
(1)アメリカPhD取得者の一般的な進路や就活の時期 ←本記事
(2)インダストリー研究職の就活の流れ
(3)私の就活の経験
1. アメリカのPhD取得者の進路
アメリカの大学院を卒業したPhD取得者は、以下のような様々な道に進みます。
- ポスドクを経て、大学の教授や研究員
- ポスドクを経て、インダストリー就職
- 企業でのポスドクを経て、インダストリーまたはアカデミア就職
- 国立研究所(national lab)での研究員やポスドク
- ポスドクを経ずに企業の研究職
- 研究職以外(技術系コンサル、政府機関など)
日本人学生の場合、それに加えて日本かアメリカか(またはそれ以外の国か)、という基準もあると思います。私の知り合いの日本人学生(化学以外の専攻も含む)は、ほとんどがアメリカで就職し、そのうち企業就職とポスドクが半々くらいの割合です。
そのときの政治状況によっていろいろとルールに変更がある可能性もありますが、科学・工学系のPhD取得者はオプショナル・プラクティカル・トレーニング(OPT)という制度を利用し、学生ビザのまま最長3年間アメリカで就労することができます。3年以上アメリカで働くことを希望している場合は、OPTの期限内にH-1Bビザなどへの切り替えを目指し、申請を行います(毎年1回抽選のチャンス)。さらにアメリカに定住することを希望する場合は、永住権(グリーンカード)の申請を行います。
2. 就活とディフェンスのスケジュール
就活のスケジュールは、卒業時期や進路によって大きく違います。アメリカの大学院は、卒業時期・学年が個人によってバラバラで、年度の途中でディフェンスをする人も多くいます。学年も、有機化学・材料系ほど卒業が早く、生物系に寄るほど卒業年数がかかるという傾向があったり、教授の方針にも大きく依存したりするので、同じ化学科の中でも4年半で卒業する人から7~8年かけて卒業する人までいます。
とは言え、一応「ディフェンスのシーズン」というものは存在します。5年生または6年生の4月〜5月末の間にディフェンスをし、6月の卒業式に出た後、夏〜秋頃から次のポジションに就くという形が多いです(大学によって入学式・卒業式の時期に違いがあるので、ディフェンスのシーズンにも多少ずれがあると思います)(図1)。
また、就職先は必ずしもディフェンス前に決めるわけではなく、ディフェンスを終えて時間に余裕が出てからポスドクや企業への応募を始める人もよく目にします。外国人で、ビザやOPTの期限がある場合は入念にスケジュールを立てて就活に取り組む必要がありますが、アメリカ人学生の場合、ディフェンスを終えて数ヶ月間は旅行をしたりなど余暇に時間を使い、十分リフレッシュしてから本腰を入れて就活に取り組むという人もいます。ディフェンスまでにポスドク先が決まらず、同じラボで1年近くポスドクの身分として働きつつ、他のラボでのポスドクに応募するという人も結構見かけます(その場合、元のラボでのポスドク期間はポスドク経験として見なされません)。
3. 出願時期
では、いつから就活を始めるかについてですが、志望職種によってもかなり違います。アカデミックのポスドク志望の場合、卒業の1年〜6ヶ月ほど前から希望先の教授とコンタクトを取っている人が多いです。もちろん、もっと早い段階から学会などで積極的に教授に声を掛けたり、指導教官に具体的な行き先を相談したりしている学生もいます。受け入れ先がすぐに決まるかは人によって違うので、なかなか決まらない場合は前述のように、ディフェンス後も元のラボにしばらく居残ったり、ディフェンス自体を先延ばしにしたりすることになります。
インダストリー就職の場合は、大企業orスタートアップ、研究職orそれ以外などによって状況が大きく異なります。
まず、コンサルタント職の場合は、1年ほど前から就活を始めるケースが多いです。内定を貰うのはディフェンスの半年以上も前で、就業開始時期を設定した上でディフェンスや研究の仕上げのスケジュールを逆算して行う形になります。
大企業の研究職の場合は、1年〜3ヶ月ほど前から就活を始めることが多いです。大企業の場合、秋のリクルートシーズンに学内で説明会を開いてくれたり、それと併せて学内で面接を行ってくれたりするため、その機会に合わせて出願を始めるとスムーズです。私の大学(カリフォルニア工科大学)の化学科では、有機合成系の学生を対象に、Merck・ Pfizer・Novartis・Gilead・GlaxoSmithKline・Takeda・AbbVie・Janssen・Bristol Myers Squibb・Amgen・Eli Lilly・Genentechといった企業がリクルーティングに訪れます。それなので、大企業の有機合成系の研究職に就きたい場合は、かなり楽に就活が行えます。ただし、合成系以外の職種は対象にしていないので、生化学系の職種を希望する場合には、別で応募する必要があります。有機合成系以外では、南カリフォルニアにあるバイオ系企業や大学発のスタートアップなどが10社程度リクルーティングに来るだけなので、大学の説明会に頼らず自力で会社を探して応募する必要があります。化学以外の分野だと、IT系企業などがかなりたくさんリクルーティングに来ます。こういう事情は大学の規模や所在地などによって大分異なるのかもしれません。
大企業の有機合成系以外の職種(主にバイオ系や材料系)や、スタートアップの研究職を希望する場合は、ディフェンスの日程が定まってから出願を始めた方が良いと聞きます。大企業の合成化学者のように定期的に募集のあるポジションとは違い、個別のプロジェクトに合ったスキルを持つ人をその時の必要に応じて募集しているため、オファーを受けた後すぐに働き始めることが求められます。もちろん、学生のディフェンスの日程を考慮して、ある程度就業開始日を融通してくれますが、あまり早くオファーをもらうとPhDの研究をしっかり仕上げる時間もなく就職しなければならなくなってしまうので、ディフェンスの1〜3ヶ月前くらいに出願を始めるくらいが良いとされます。
とは言え、就活は十人十色で、スムーズに行くかは人それぞれですし、卒業後すぐに働き始めたいかといった個人の事情にも依るので、「一般的にはこうだ」と言えないのも事実です。上記の出願時期はあくまで目安として考えてください。次回は、インダストリー就職について、詳しい流れを紹介します。
次回に続く。
関連リンク
- アメリカ大学院留学:卒業後の進路とインダストリー就活(2)
- アメリカ大学院留学:卒業後の進路とインダストリー就活(3)
- とある化学者の海外研究生活:アメリカ就職編:ケムステ記事
- 米国大学院学生会説明会資料
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