9‐Dechlorochrysophaentin Aとその類縁体が合成された。細胞分裂と細胞壁生合成に密接するタンパク質FtsZの局在化やD–アミノ酸の取り込みを阻害することが明らかになった。
Chrysophaentins
多剤耐性菌の出現に伴い、新規抗菌薬の開発が急務となっている[1]。FtsZ*はGTPase*ドメインをもつ原核生物のタンパク質であり、細胞分裂や細胞壁生合成の中枢を担う。FtsZと細胞分裂の詳細な相関は未だ不明な点は多いものの、FtsZは新規抗菌薬の標的物質として注目されている[2]。しかし、FtsZを標的とする分子で医薬品として承認された例はない。
一方、chrysophaentinsは2010年にBewleyらによって海藻C. tayloriから単離、構造決定された化合物群である。黄色ブドウ球菌や大腸菌のFtsZのGTPase活性および重合を阻害することで高い抗菌活性を示す(図1A)。より詳細なFtsZ阻害に関する研究を通じ、chrysophaentinsが新規抗菌薬のリード化合物となると期待される。しかし、chrysophaentinsは天然からの供給が少ない上にC. tayloriの培養が困難な点が、chrysophaentins研究の進展を妨げている[3]。近年chrysophaentinsの合成研究がされてきたが、Bewleyらによるフラグメントの合成とHarrowvenらによるchrysophaentin F(混合物)の合成に限られる(図1B)[4,5]。
今回、ヴァンダービルト大学のSulikowski教授らは9‐dechlorochrysophaentin A(1)とその類縁体2の合成に成功した(図1C)。FtsZ阻害剤としてよく知られるPC190723*との比較など、合成した1と2の生物活性を評価することで、2がchrysophaentin Aより高い阻害活性をもつことや、PC190723とは異なる表現型を有することがわかった。
“Synthesis of 9‐Dechlorochrysophaentin A Enables Studies Revealing Bacterial Cell Wall Biosynthesis Inhibition Phenotype in B. subtilis”
Fullenkamp, C. R.; Hsu,Y.-P.; Quardokus, E. M.; Zhao, G.; Bewley, C. A.; VanNieuwenhze, M.; Sulikowski, G. A. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 16161–16166.
DOI: 10.1021/jacs.0c04917
論文著者の紹介
研究者の経歴:
–1984 B.S., Wayne State University, USA
1984–1989 Ph.D., University of Pennsylvania, USA (Prof. Amos B. Smith, III)
1989–1991 Postdoc, Yale University, USA (Prof. Samuel J. Danishefsky)
1991–2001 Assistant Professor, Department of Chemistry, Texas A&M University, USA
2001–2004 Professor, Department of Chemistry, Texas A&M University, USA
2004– Professor, Vanderbilt University, USA
研究内容:生物活性を有する天然物の全合成、ケミカルバイオロジー
研究者の経歴:
–1984 B.S., Kalamazoo College, USA (Prof. Thomas J. Smith)
1986–1988 M.S., Yale University, USA (Prof. Samuel J. Danishefsky)
1988–1992 Ph.D., Indiana University, USA (Prof. William R. Roush)
1992–1994 Postdoc, The Scripps Research Institute, USA (Prof. K. Barry Sharpless)
1994–2002 Discovery Chemistry Research at Eli Lilly and Company, USA
2002–2007 Assistant Professor, Department of Chemistry and Biochemistry, University of California, San Diego, USA
2007–2016 Associate Professor, Department of Chemistry, Indiana University, USA
2016– Professor, Department of Chemistry, Indiana University, USA
研究内容:細胞壁生合成を阻害するペプチド抗生物質の合成、ペプチドグリカンの合成と細菌細胞の形態学、HBVカプシドに結合するプローブの開発と抗ウイルス剤の開発
論文の概要
著者らは、閉環メタセシス(RCM)で1および2の大環状骨格を構築することを考えた(図2A)。そこで、まずレゾルシノール(3)を出発原料として、10工程でBC環フラグメント4を、4-ブロモ-3,5-ジヒドロキシ安息香酸(5)から16工程でAD環フラグメント6を合成した。得られた4と6を光延条件下でカップリングさせ7とした。7に対してGrubbs Z-選択的触媒[6]を作用させることでRCMが進行し大環状化合物8を得た。8をBF3·Et2O存在下反応させたところC環上C3’位とC5’位へのアルキル転位が起こり、その後イソプロピル基をBCl3で除去することで9‐dechlorochrysophaentin A(1)とiso-9‐dechlorochrysophaentin A(2)を生成比約1:1で合成した。なお、1と2は高速液体クロマトグラフィーにより分離できた。
合成した1と2は共に種々の細菌に対する抗菌活性があり、特に2はS. aureusに対してchrysophaentin Aより約2倍活性が高いことがわかった(図2B)。著者らはより詳細な作用機序解明をすべく、蛍光標識されたFtsZと蛍光D-アミノ酸(FDAA*)を用いて、細胞分裂における1と2の影響を確認した。1および2を処理した場合、蛍光標識されたFtsZは細胞分裂部位に局在化せずに細胞全体に分散した(図 2C)。興味深いことに、既存のFtsZ阻害剤PC190723が細胞壁のペプチドグリカン生合成を阻害しない一方で、1および2は細胞壁のペプチドグリカン生合成も阻害することが明らかになった。すなわち、PC190723では細胞壁生合成が進行し蛍光D-アミノ酸(FDAA*)が細胞壁に取り込まれる様子が確認されたが、1および2では隔壁と細胞壁共に蛍光標識が確認されなかった(図2D)。また、PC190723では細胞長が伸長したが、chyrsophaentinsでは変化しなかった。これらの作用機序の詳細はまだ明らかになっておらず、今後の研究の進展が待たれる。
以上、9‐dechlorochrysophaentin A(1)とその異性体2の全合成が達成され、これら化合物のFtsZ阻害の作用機序が解明された。新規抗菌薬の開発や、細菌の細胞分裂におけるFtsZの詳細な働きを理解する分子ツールとしての応用が期待できる。
用語説明
FtsZ
原核生物の細胞分裂に必須のタンパク質である。GTPaseの一種でそれ自身が重合することでフィラメントを形成し、細胞分裂部位にリング(Zリング)を形成する。また、細胞壁生合成に関与するタンパク質を分裂部位に誘導することで細胞壁を形成する。
GTPase[7]
GTPをGDPに加水分解する酵素であり、細胞内でシグナル伝達を担う分子スイッチとして作用する。
PC190723[1]
抗菌活性を有する3-methoxy-benzamideの構造活性相関(SAR)により発見されたFtsZ阻害剤。FtsZのGTPase活性を阻害する。
FDAA[8]
Fluorescent D-Amino Acid。細胞壁のペプチドグリカン合成に関与するトランスペプチダーゼの働きによりFDAAはペプチド鎖と共有結合を形成してペプチドグリカンに組み込まれる。細胞壁生合成の様子を標識するために用いられる。
参考文献
- Haranahalli, K.; Tong, S.; Ojima, I. Recent Advances in the Discovery and Development of Antibacterial Agents Targeting the Cell-Division Protein FtsZ J. Med. Chem. 2016, 24, 6354–6369. DOI:10.1016/j.bmc.2016.05.003
- Schaffner-Barbero, C.; Martin-Fontecha, M.; Chacón, P.; Andreu, J. M. Targeting the Assembly of Bacterial Cell Division Protein FtsZ with Small Molecules. ACS Chem. Biol. 2012, 7, 269–277. DOI: 1021/cb2003626
- Davison, J. R.; Bewley, C. A. Antimicrobial Chrysophaentin Analogs Identified from Laboratory Cultures of the Marine Microalga Chrysophaeum taylorii. Nat. Prod. 2019, 82, 148–153. DOI: 10.1021/acs.jnatprod.8b00858
- Keffer, J. L.; Hammill, J. T.; Lloyd, J. R.; Plaza, A.; Wipf, P.; Bewley, C. A.; Geographic Variability and Anti-Staphylococcal Activity of the Chrysophaentins and Their Synthetic Fragments. Drugs 2012, 10, 1103–1125. DOI: 10.3390/md10051103
- Vendeville, J.-B.; Matters, R. F.; Chen, A.; Light, M. E.; Tizzard, G. J.; Chai, L. L.; Harrowven, D. C. A Synthetic Approach to Chrysophaentin F. Chem. Commun. 2019, 55, 4837–4840. DOI: 10.1039/c9cc01666j
- Herbert, M. B.; Grubbs, R. H.; Z-Selective Cross Metathesis with Ruthenium Catalysts: Synthetic Applications and Mechanistic Implications. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, 54, 5018–5024. DOI: 10.1002/anie.201411588
- コスモバイオ株式会社, https://www.cosmobio.co.jp/product/detail/gtpase-atpase-scp.asp?entry_id=36774, “GTPアーゼ & ATPアーゼ(GTPase & ATPase),” 20201012参照.
- Hsu, Y.-P.; Booher, G.; Egan, A.; Vollmer, W.; VanNieuwenhze, M. S.; D‐Amino Acid Derivatives as in Situ Probes for Visualizing Bacterial Peptidoglycan Biosynthesis. Acc. Chem. Res. 2019, 52, 2713–2722. DOI: 10.1021/acs.accounts.9b00311