Tshozoです。前回の続き、②リチウムイオン電池についてです。なおこの関連の技術は進化が非常に早く、筆者が認識していない技術や試算結果があるかもしれませんので、その点ぜひご指摘頂ければと思います。
②リチウムイオン電池のあとしまつ
昨年吉野先生、Goodenough教授、Whittingham博士がノーベル化学賞を受けたリチウムイオン電池。モバイル機器はもちろん、様々なところで世界を変えようとしている点は言うまでもないでしょう。
リチウムイオン電池の動作原理 非常にデザインが素晴らしい図
吉野先生のノーベル賞受賞時資料より引用[文献1]
今のところこれだけ正極材料の種類があるが主流は一番軽く性能バランスが取れた
Ni/Mn/Co 三元化合物(いわゆるNMC系)を用いたもの[文献2]
・・・が、こっちも始末がかなりめんどくさいのです(作るほうはあちこちで既に述べられていますので今回は省略します)。下記、一般的なマテリアルフローに基づいて話を進めます。
まずリチウム云々以前に、リサイクル産業は儲からなければ成立しません。つまり(収集・回収費+固定費+運営費+人件費+諸経費)<<<回収した資源による収入が成り立たなきゃ継続的に商売を回せるわけがない。では儲からない場合はどうするか。原子力や軍事技術のような安全保障の観点と関係するものでない限り税金や補助金で賄うのは公平性上有り得ないとすると、結局その最終利用者の負担ということになるのです。①で述べた炭素繊維のところでも言及していますが、これがリチウムイオン電池では筆者の知り得る範囲では相当バカにならない額になるもよう。一時的に誤魔化しても必ず顕在化すると思うのですが・・・定性的ではありますが上記のように儲からん可能性が高いという理由について、推定されることを以下に述べていきます。
Umicore社によるリチウムイオン電池のリサイクルフロー[文献2]
いきなり高温のSmelting(精錬炉)にぶち込んでいる時点で
下記に述べるフローとは異なるので注意
リサイクルは、収集→破砕/分解→選別→抽出/高純度化→売却、というステップを経るのが一般的です。まず収集。これはリチウムイオンの場合特に発火に気を付けて安全に集めなければならず、運ぶのがそもそもめんどくさい。トラブル例としては、ゴミ収集車で頻繁に火事が起きている現実を考えてみればわかると思います。テープで絶縁させたりしていても破砕して燃えてしまったりするんですね。また船舶でのリチウムイオン電池の運搬はきちんと管理しないとそれなりにリスクがあるため(参考リンク)、保険額などが変わってくることになりますので国をまたいだ輸送の場合は法制対応・安全対応が面倒で結局輸送費がかさむのは特に考慮すべきことです。
最近よくある例[文献3]
ただし大容量電池の場合はパッケージごと集めるのでこういうことは起こりにくい
で、集めた後は分解したいのですがそのまま壊すと燃えて有毒ガスを発生させる可能性があるので、まず安全に全部放電させなきゃいけません。大量の電池を放電処理するには塩水に漬けるという比較的楽な方法があるのでそれを使うとしましょう(ただ発生する塩素系ガスを処理する装置などが必要なので規制以下レベルに下げるためのスクラバや処理水の無害化設備などにそれなりに金がかかる・またアルカリ塩などでの放電処理は水素と酸素が発生して爆発する危険があるのでムリ・一番妥当なのは放電装置を用いて残留エネルギーを電力系統に還すことだが設備にそれなりに金がかかる)。
そして完全放電させて動かなくなった電池ですがこの時点でもかなり気を遣う。おそるおそる「安全に」容器に孔を空けた後、電解液を減圧炉に入れて酸素が無い状態で溶媒であるジエチルカーボネートなどを揮発させて分け、液が飛んだ電池から容器をより分け、正負の集電体をより分け、ふるい落とした粉からリチウム塩をより分け、正極活物質と負極活物質をより分け、洗浄を繰り返ししたりしてここでようやくそれぞれが原材料に近い状態になります。
しかし現在の技術レベルではこれらの活物質を魔法のようには戻せないのでここからは元素を取り戻すマテリアルリサイクルを行うしかありません。そうなると抽出作業が必要になる。具体的には正極側は酸やアルカリで分解し、主要成分のニッケル、コバルト、マンガンを金属抽出や電解によって取出しさらに選り分けるというプロセスを踏まねばなりません。一方、負極側は主要はカーボンなのですがこっちは経時で状態がかなり変わってるので元には戻せず、燃やすしかない。
ということで今まで見てきた中で回収出来て売れるのは主にアルミ容器、集電体のアルミと銅、ニッケル、コバルト、マンガンくらいでしょうか。なおリチウムは全体に渡って洗浄した水溶液から抽出して回収出来るでしょう(やろうと思えば)。
上記の電池(いわゆる角型電池)を分解した際の重量比率
割合としては希少金属(Ni, Co)は全体のうちわずか6%前後であることがわかる[文献4]
問題はこれらの回収した元素の価格です。多く占めているAlもCuもだいたい安いのと市場に非常に多く出回ってるので儲けが出にくい。樹脂類はだいたい劣化していて精密部品に使えないので焼いたほうがマシ。ニッケルはまぁ高いですがステンレスなどに大量に使用されていますのでそこまで値段が吊り上るようなことは考えにくいのでこれも儲からない。
結局辛うじて高いのはコバルトでしょうが、これもラフ試算レベルで儲かるとは思えない。たとえば最も電池を多く使うであろう電気自動車1台あたりのバッテリー全重量が400kgだとして、そのうち3%=12kgがコバルトだとしましょう。ここに収率80%をかけて純度の高いものが約10kgが取得できるという前提で、しかもCo単価が史上最高の10000円/kg付近になったとしましょうか。だとすると最大で10万円くらいが売価になるわけです。その他のリサイクル材料を含めて+1万円くらいとして台あたり11万円、年間1万台処理すれば最大で11億円くらいは売上が取れるでしょうか。なおこれはあくまで最大値で、コバルトを現在価格に合せると3億円/年前後です(コバルトは確かに価格変動が激しいですが、儲かるとみた資源大手が供給量を増やしつつあるので将来価格は適当なところで落ち着く可能性大・リチウムは足らんと言われてきましたが近年の需給を考えると過度な不足は考えにくいです)。
一方こうしたプラントの新規設備投資は凄まじいものが多く、ざっと電池処理キャパ10000ton/年で電気自動車を2万台/年処理相当と仮定しても少なくとも200~300億円くらいの設備投資が必要になるはずで、減価償却10年としても20億円の固定費分は毎年最低限稼いでいかねばなりません。稼働費、人件費、利益とか考えると設備固定費×3倍=60億円/年が少なくとも必要になるので、上手くいって11-60=-49億円/年の赤字です。これでは商売にならん。
ということでこれを黒字にしようとすると廃棄の際に利用していた人間が最低 49億円/20000台≒25万円/台以上負担すればちゃんと商売は回ります(定置用電池として長期間使う話もありますが、振動や温度の履歴がほとんど追跡できないリチウムイオン電池を管理することを考えると筆者には恐ろしくてできません)。個人的な予想としてはこれに運搬費とか土地代とか利益分とか乗ってくるので40万円/台くらいかかると思っています。海外に持って処理しようとしても海運法上かなり厳しい規制があるので上記よりさらに値段が上がります。
また回収された材料にもグレードがあって、色々混ざってると純度を上げる手間が必要なので買いたたかれる。また抽出作業を頑張って高純度を追及すればするほど回収費がかかって元手が出ない。折角苦労して取り出した材料にかかる費用が市場価格のン倍、ということすら有り得るような状態になり、そんな値段は売れない(ので自分のところの製品に使うしかないが結局材料費とかが上がる)。要は処分すればするほどもうからんということが容易に推定されます。
2万台/年程度の規模の工場でこれですから、最近よく言われるような年間100万台レベルになったらえらいことになる。さらに恐ろしいことに規模を拡大すると新規設備投資分をユーザが支えなければならず、赤字は全く解消しない。量産化においては製品は量産規模を大きくすればするほど値段が下がりますが、この電池のリサイクルの話は散々処分した結果回収した材料の値段がお安く、まるで儲からないという基本的な問題を解かないとならないわけです。筆者はこの問題にきちんと解決できると答えている論説は今のところ見たことがありません。
ということで本来の正しい処理方法は細かい分別などは行わず、一番最初のUmicoreによる例で示した「電池まるごと高温でガーっと燃やしてあとでスラグからほどほど回収」が一番面倒でなく、かつ廉価なわけです(注:電池ごと燃やすとフッ素とリンが含まれた腐食性ガスが出るので排ガス処理には相当に気を遣う必要があり、それなりに設備は高価になります・日本でリサイクルを進めている同和鉱業殿などもこの方法で処分しています いっぽう最近太平洋セメント殿が焙炒法を提案しているのですがこちらはかなり興味深い技術であるほか、住友金属鉱山殿も既にあるプラントに織り込む形でトライを重ねています)。これらの精錬を生業にするメーカ各位は既存の設備が比較的活用できるという面からの参入だと思いますが、量が増えてくるとおそらく完全新規で設備投資が必要になるのと合金から色々分ける手間が相当にかかるので儲からんというのは変わりませんしセメントの供給に合わせてしか稼働できないとなると色々面倒なことになるので薔薇色というわけにはいきません。というか書いてて気づきましたがこれをさらに発展させてリサイクルを諦めて全部スラグ行きにしてしまい、利用者から処理費をとって工場を運営する方が一番安く挙がる気がしてきました。 そう、リチウムイオン電池はリサイクルを諦めればすべてうまくいくかもしれません。
最近のUmicore資料から抜粋[文献5]
運営開始から10年近く経ってるのにやることとや課題が多いままなのは
炭素繊維と同じでは?
以上、炭素繊維と同じ感じで書いてきてしまいましたが、リチウムイオン電池の場合は上記のように高温炉で一気に燃やして電力としてリサイクルすれば変なものが環境中に残留したりせず、だいたい解決するので(しない)マシなのかもしれません。ユーザが処分する時に支払う負担が膨大になるとおちおち中古車も買えませんから、ここらへんはそもそもの最初の購買者に負担してもらうようにすべきだと思うのですが現在はどうなってんでしょう?。いずれにせよ処理費の数十万円レベルが惜しくないような富豪層ならポンと出してくれるでしょうから、値段が下がるまで当面は富裕層限定で回していくの作戦なのかもしれません(あと安全上電池用の各材料はそれに見合ったグレードで作らなくてはならないのでかなり高純度まで上げないと買取価格が上がらない問題もあります)。
もちろん現状を打破しようとリサイクルを進めようとしています。たとえばアップルはほぼ全部品を分解してマテリアルリサイクルとサーマルリサイクルを実施しています。ただ使ってる電池はそもそも容量が少ないですし、実際にどこでどこまでリサイクルしているかは公表していません(注:2018年時点での全世界でのリチウムイオン電池リサイクル率は8%を切ってます[文献5])。
概要(リンク) 確かに分解はしているがバッテリーをどうリサイクル処理しているかの言及がない
また今や電気自動車の世界トップメーカとなったテスラも大号令を発して対策検討を開始(リンク)しています。全貌は明らかになっていませんが、同社のようにほぼ同一形状の電池を大量に作るのであれば高速に処分できる可能性があるのでそれには期待していきましょう。ただ気になっているのは同社が中国市場で買い入れる電池がこれまでの同一形状(円筒型)でなく角型としている点。これは電池メーカ(中国最大の電池メーカであるCATL)との合意で「製造と車が回収された後の電池処理まで」をセットでお願いしている可能性があり、この場合にはCATLがきちんと処理しているかが大きな問題になります。ウナギを食いちらかして絶滅させてしようとしている日本から言う話ではないのですが、たとえばフロンガスにしてもまだどこかの国の山奥で作っている可能性が高いというブリストル大学の指摘があるように、だだっ広い国家でやる場合、適当に埋めたり捨てたりしてても政治力で何とかなってしまう可能性はありうるので。ということで「ちゃんとやってます」的な話で実はその裏は…となってしまってはもう勘弁、です。欧州の一部のメーカは処理の方法を変えて儲かるようにすると喧伝しているようですが、天下のUmicoreを差し置いてそんなことが出来るとも思えないので個人的にはおそらくそうおいしい話ではないとみています。
Tesla社が提唱するマテリアルフロー(参考:リンク)
自社工場で原材料まで戻す気でいるようだがどういうカラクリでやるのかは非公開
もしかしたら古い活物質と新しいのを混ぜて作る、等の常識外れの方法も使ってくるかも
しかし2000年の時点ではTOXCO社の冷凍破砕プロセスを使っていて
その後の元素抽出をどうやってるか正確に説明していない(リンク)
ということで結局「誰がそのシャツを縫うんだい」です。今回のケースではシャツを縫うのはユーザですので、出来るだけ最初からオープンにして進めてほしいもんです。リサイクルは花火の見た目のハデさとは関係なく、誰かの努力が必要でその「誰か」が実際に誰となってしまうかを最初から開示しておく必要があると思うのです。それを踏まえて環境負荷が一番低い製品と規模が決まるべきだと思います。
・・・と、花火すら打ち上げたことが無い人間がまとめてみました。どっちかいうと花火の後始末ばっかりやってた人間の側なのでなおさら強く製品化の時点でその処分方法が明確にならないと後が困る、というのを実感しているため、今回のような記事を仕立てた次第です。なお筆者の観点とほぼ一致しているのが、ACSによるこちらの記事。この記事には書いた後に気づいたのですが、そのくらい最初から調べておきましょう、というオチになるかと思います。
おわりに
コロナウイルス発生前は時々琵琶湖や久美浜などの関西周辺を旅したりしていたのですが、いずれも浜辺に行くと必ずプラスチックごみが大小凄まじい量存在しています。パッと見で無さそうなところでも、ほとんどの場合土を掘り返すとその中に小さなプラスチックの欠片が存在したりしています。ゴミ袋を持って行って出来るだけ拾ったりしてはいますが結局は蟷螂の斧。景色は素晴らしくいいのに非常に大きな罪悪感と焦燥感を感じながら帰ることが多くなっています。おそらく筆者を含む誰もがこの犯罪の直接的・間接的責任者であるのでしょう。
結局こうしたゴミ問題もリサイクル問題も何もかも全て今回の台詞、「誰がそのシャツを縫うんだい」を考える前に話が進むから。ただ考え出すと8割方儲からん商売になる。それでいいはずなのにハデにやるやつだけが儲かる。これはもう規制規制で国家が主導していくしかないのでしょう。実際欧州などではその方向でかなり強く進んでおり、とある分野では商品そのものが売れなくなってしまう危機を迎えるような法制が成立しようとしたりしています。
しかしどんな規制を積み上げても春秋戦国時代の墨家道が滅んだように、良心的な金貸しが儲からないように、ハデにかつテキトーにシャツを破く方の商売が儲かるのはほぼほぼ世の常です。『たくさんのかわいそうな労働者を使い倒し、もうけを剥ぎ取り、山ほどの銭を積み上げて後始末を考えずに天へのきざはしを作っても幸せに生きられるかは別問題なのよ』とシータに言われそうな気がしています。というか言われたところで行動を変えるような良心的な人なら最初からそういう道は歩まんですね。いずれにせよ自覚的にか無自覚的にか競合を踏み倒した側が最終的に勝ってしまうので、その時にはボロボロに破られたシャツしか残らんのでしょう。
とはいえいつまでも資源火祭りをやっていてはもうダメなのですが「世界平和!」と叫んだところで、或いは「How Dare You!」と喚いたところで大して世界は変わらないので、筆者のごとき凡人は光の当たらない片隅から世界をめくるくらいを目指してやっていくしかないのであります。ただ最近は『1日だけなら共産主義になりたい』と考えるようになっているので極めて精神状態が悪い気がします。
…厭世的になっては敗北主義者と変わらないのでもう少し楽観的にいくと、モノの本によると「植物が進化でセルロースを合成出来るようになった直後は、世界にこの材料を分解できる生物はいなかった」ということが古代にあったそうです。このために植物が世界中にはびこることになったのですが、これに対抗して微生物はこうしたセルロースも分解するように進化してきたのだそうで。だから炭素繊維も電池も置いといたら勝手に分解してくれる微生物が発生するはずです! 問題はそれに何億年かかるかわからんのと、メテオストライクで文明がリセットされる方が早い可能性の方が高いということなのですが!
・・・なおその1の方の冒頭で持ち出した高峰という坊様は、修行で強烈な悟りを体験し師匠ともやりあうことが出来るようになり、その後に高僧として生きていきます。一方筆者は今回の「だれがそのシャツを縫うんだい」という台詞を坊様よろしくずーっと頭の中で反芻していたのに、こんな感じで何十年たっても全く悟りに至りませんね。ぼやぼやしていては死んでしまうので色々必死におしごとをやったりしていますが、結局自分の外にお釈迦様を求めている以上悟りには至らんのです。「お前の生まれる前の面目を教えてくれんか」という問いにも未だに応えを出せんでいますからきっと今回も因果を過ったままなんだろうなという確信だけはあるのですが、まぁ来世にもう1回やりなおすとしましょう。
というオチができたところで今回はこんなところで。
[参考文献]
- “Press release: The Nobel Prize in Chemistry 2019 “, Nobel Prize Foundation, 2019 リンク
- “Battery Recycling”, Jan Vliegen – Senior Vice President, Umicore 2010, リンク
- “プラスチック製容器包装リサイクルにおけるリチウムイオン電池発火トラブル”, 公益財団法人日本容器包装リサイクル協会 2019, リンク
- “ECODESIGN BATTERIES –TASK 1”, VITO, Fraunhofer, 2018 リンク
- “Introducing Umicore”, Umicore, 2019, リンク
- “Research Plan to Reduce, Recycle, and Recover Critical Materials in Lithium-Ion Batteries”, DoE, 2019, リンク