このシリーズでは、化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。今回は、現代にいたるフォトレジストの歩みについて触れていきます。
初期のゴム系レジスト
フォトリソグラフィ技術の黎明は、1955年、ベル研究所のJules AndrusとWalter L. Bondによって開発されたものに遡ります。これは写真技術を応用したもので、写真用品で著名なEastman Kodak社のKPR(Kodak Photoresist)が使われました。KPRはゴムに感光材を添加することで露光により架橋するもので、基板との密着性を優先させたものでした。しかしながら、フォトマスクがレジストと密着するコンタクト露光方式のため、マスクの解像度がレジストの解像度を規定してしまう点など、微細加工には限界がありました。
ポジ型フォトレジストの席巻
微細加工を行う上では、フォトマスクとレジスト表面とを非接触の状態で露光する投影露光方式に適し、より解像度の高いポジ型フォトレジストが有利です。しかしながら、ポジ型レジストは脆性が高く膜割れしやすいという欠点があり、米国企業のネガ型フォトレジストが主流となっていました。
東京応化工業はこうしたポジ型フォトレジストの改良に取り組み、その結果ノボラック樹脂を基盤とし、感光剤としてNQD(ナフトキノンジアジド)を用いたレジストを開発しました。
これは塩基性の現像液であるTMAH(テトラメチルアンモニウムヒドロキシド)に不溶ですが、光によってカルベンが発生、ウルフ転位(Wolff rearrangement)と続く求核攻撃によってインデンカルボン酸を与え、可溶化する仕組みです。
これによってg-line(436nm)や i-line(365nm)での縮小露光が可能となり、大いに微細化に貢献しました。とりわけi線分野では老舗の東京応化工業に加えて住友化学も大きくシェアを伸ばしました。しかしながら、ノボラック樹脂はより短波長の光を吸収してしまうため、この露光波長が解像度の限界でした。
光酸発生剤と化学増幅型レジスト
従来の水銀灯と比べて短波長の光源として、かねてよりエキシマレーザーの利用が脚光を浴びていました。KrFエキシマレーザー光(248nm)は先のノボラック樹脂に吸収されてしまうことから、水酸基を保護したポリヒドロキシスチレン(PHS)樹脂へと変更、IBMの伊藤洋とC. G. Wilsonが開発した光酸発生剤を用いた酸触媒反応により脱保護を行うことで溶解性を変化させる手法が確立されました。このようなレジストは化学増幅型レジストと呼ばれます。
光酸発生剤としてはスルホニウム塩が、保護基としてはBoc基が広く利用され、露光するとフェノール性水酸基が露出して塩基に可溶となります。
この分野では東京応化工業に並び、信越化学工業も名乗りを上げるなど、多極化が進みました。
エキシマレーザーと液浸の普及
その後、より短波長のArFエキシマレーザー(193nm)がもちいられるようになると、KrFレジストに用いられていたベンゼン骨格に二重結合をもつPHS樹脂はこれを吸収してしまうため、アクリル樹脂が利用されるようになります。この技術はJSR、富士通、日本電気(NEC)も開発に成功し、JSRが首位に躍り出るなど一層の多極化が進んでいます。
また、ArFでは、フォトマスクとレジストの間に水の層を作って露光する液浸が本格的に普及し、解像度の向上に寄与しました。
次世代EUVレジスト
微細化の要求は日に日に高まりを見せ、2020年現在では10 nm以下の解像度が求められるようになっています。その実現のため、極端紫外線EUV(13.5nm)の時代が幕を開けようとしています。この波長域はもはやX線に近く、ほとんどの物質が吸収してしまうために液浸はおろか、真空中での露光が必要となります。EUVレジストには従来通り光酸発生剤を起点とする方式のほか、露光によるベース樹脂の電離(イオン化を用いて励起するアプローチ[1]もあります。後者には、EUV光の吸収特性が良好な含フッ素樹脂の利用が嘱望されています。
様々な技術的困難を乗り越えたフォトリソグラフィ技術が今後どのような発展をたどるのか、楽しみですね。
参考文献
[1] 征矢野 晃雅, フォトレジスト材料における高分子材料技術, 日本ゴム協会誌, 2012, 85 巻, 2 号, p. 33-39, 公開日 2013/08/02, Print ISSN 0029-022X, doi:10.2324/gomu.85.33関連リンク
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