第272回のスポットライトリサーチは、九州大学 薬学研究院(大嶋研究室)・松本洋平さんにお願いしました。
今回取り上げる研究は、非天然アミノ酸の合成反応ですが、2連続の4置換炭素を有する超嵩高いα,α-二置換アミノ酸の合成に成功しています。反応機構的にも非常に興味深い本反応は、Journal of American Chemical Society誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Amino Acid Schiff Base Bearing Benzophenone Imine As a Platform for Highly Congested Unnatural α-Amino Acid Synthesis”
J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 8498–8505. DOI: 10.1021/jacs.0c02707
松本さんは本研究のみならず、いくつものテーマで論文になる結果を出しており、多数の学会発表賞も受賞されています。修士課程で卒業したとは思えないほどの実験結果を出していて、将来の活躍が楽しみな研究者です。
・第55回化学関連支部合同九州大会 最優秀発表賞
・第116回有機合成シンポジウム 優秀ポスター賞
・第36回日本薬学会九州支部大会 優秀発表賞
本テーマを担当されていた大嶋研究室の矢崎助教から、松本さんについて以下のコメントを頂いています。
これまで合成できなかった非天然α-アミノ酸を作るというコンセプトのもと、研究室内での知見が少しずつ集まってきている中、松本くんはこのテーマを修士の途中からスタートしました。彼は非常にスマートに研究を進めてゆき、いつの間にか最適化が終わっていたような印象です。私の予想をはるかに超えるスピードで研究が進んでゆき、副反応の最適化など最終的にはかなりのボリュームになっていました。在籍中に論文のアクセプトが間に合わなかったのが申し訳なかったですが、才能溢れる松本くんが行ってくれた実験からは、論文の内容以外にも多くのことがわかってきており、今後さらなるケミストリーを展開していけると思います。限られた期間の中で最大限の成果を上げることが出来る松本くんの今後の活躍を確信しています。
それでは今回もインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回の研究は今まで合成するのが非常に難しかった立体的に大きなα-アミノ酸を作るというものです。α-アミノ酸は私たちの体をつくるたんぱく質の構成成分として、生命活動を維持するための重要な役割を担っています。また最近では、創薬分野において低分子と抗体の特徴を有した中分子ペプチド、中でも天然には存在しない非天然α-アミノ酸を有する中分子ペプチドが革新的な次世代型医薬品として期待されています。
そのため非天然α-アミノ酸の合成法は古くより盛んに研究が行われてきました。代表的なものにO’Donnell教授らによって40年以上前に開発されたアミノ酸Schiff塩基を用いた反応がありますが、この反応は本質的に立体障害に弱いイオン型の反応機構であるために立体的に大きな非天然α-アミノ酸、特に連続して立体的に大きな部位をもつ非天然α-アミノ酸の合成はこれまで非常に困難でした。
そこで私たちは、大きな立体障害を克服するために反応性の高いラジカル型の反応機構に着目し、銅触媒を用いることでアミノ酸Schiff塩基を世界で初めてラジカル型機構で反応させることに成功しました。今回の合成手法を用いることで、様々な種類の立体的に大きな非天然α-アミノ酸の合成が可能で、光学活性なα-アミノ酸への展開にも成功しました。本成果により、今後立体的に大きな非天然α-アミノ酸の機能評価や、中分子ペプチド医薬品などの様々な機能性分子創製への応用が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
新しく見出した反応系を活かしてβ位アルキル化や三成分反応を達成した点です。β位アルキル化はα位アルキル化の副反応として、三成分反応は先輩のアドバイスから生まれました。今回の反応系はこれにとどまらず、さらに面白い反応に繋がる余地があると思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
光学活性なアミノ酸の合成です。当初は不斉配位子を用いた検討を行なっていたのですが、箸にも棒にもかかりませんでした。そこで、続いて様々な不斉補助基を検討したところ、メントール誘導体が最も良い結果を与えることが判明し、こちらを採用しました。
ただ、不斉補助基により立体をコントロール可能であったという結果は、裏を返せば適切な不斉場を構築できれば不斉反応が達成できる可能性があったという証拠でもあり、この点は今でも心残りです。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は現在、製薬企業の研究者として働いています。大学で学んだ反応開発の知識を活かして誰かに貢献できる業種を考え、自分の中で一番しっくりきたのが製薬業界でした。まだまだ未熟ですが、
イメージ通りの化合物を合成する力や最適なルートを見出す力を磨きたいと考えています。1つの新薬を生み出すことは想像以上に長く困難な道のりですので、根気強く化合物と向き合い、チームの皆さんと共に新薬の創出というミッションを達成したいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
化学と一言で言っても様々な分野があり、大学の研究は先生方が許す限り自由に研究することができると思うので、興味を持った領域の研究に好きなだけ取り組んでください。化学のことはもちろん、研究活動で習得した全ての力が将来の財産になると思います。
最後になりますが、熱心にご指導いただいた大嶋孝志教授や矢崎亮助教をはじめとする大嶋研究室の皆さま、また共同研究させていただいた山口大学の西形孝司教授のグループの皆さまにこの場を借りて感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:松本洋平
所属:九州大学大学院薬学研究院 環境調和創薬化学分野
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