Tshozoです。
スタジオジブリの名作「天空の城ラピュタ」。この映画を観た人なら必ずやる、登場人物の台詞を全部覚える行為。全部で何十回と見直したのでビデオテープが伸びまくってしまい結局バイトして2回VHSを買い直したのですが、その中でずーっと印象に残っている台詞があります。シーンは鉱山の親方ダッフィーがパズーとシータを庇ってドーラ海賊団のシャルルと対峙し、力自慢を見せつけるために筋肉でシャツを破いだ後のこと。
「誰がそのシャツを縫うんだい」
ダッフィーの肩の横にある黒い物体はフライパンです(模写/所要時間10分)
筆者はダッフィーの奥さん(CV:鷲尾真知子さん)のこの台詞に不思議な魅力を感じていて何十年も頭の中にひっかかっていました。南宋時代の禅宗のとある坊様の頭の中に「万物は一に帰す、この一はどこに帰するか」という公案がずっと引っかかっていた、というくらい。何かにつけ思い出すので、自分にとって意味でもあるんかいなと思っていたわけです。
で、最近あるふたつの開発案件を目にした時にこの台詞がまた頭の中に登ってきたわけです。ひとつは①炭素繊維、もうひとつは②リチウムイオン電池。どちらも華々しい成果を挙げていますが共通の問題を抱えているので、そこらへんを現実・現状と併せて書いていけないかを模索してみることにしました。自分が知っている情報が少し古いため現在はもう少し改善されているかもしれませんが、本質は変わらんと思いますのでお付き合いください。
①炭素繊維のつくりかたとあとしまつ
色んなものの軽量化によく採り上げられる炭素繊維。最近では飛行機のほぼ全てに使用されている状態です。
前回の記事より引用
そのつくりかたは以前こちらの記事(前編・後編)で描いたように、高配向化させたポリアクリロニトリル(PAN)繊維を超高温で蒸し焼きにする方法が基本です。グラフェン状構造がバッキバキに整列した構造を仕上げるため各社極秘の作り方をしており、ごく一部のメンバー以外は製造エリアに入ることすら許されないレベルの厳重な管理と製造ノウハウを武器に、相変わらず東レ、帝人、三菱の3社の存在感はハンパではありません。最終的には樹脂と一緒に固めて使用するため繊維以外の総合的な化学技術力が要求され、素材、繊維エンジニアリング、樹脂、品質管理全てに極めて高いレベルを要求されるこの材料は、中韓勢が追いかけてきているとはいえ、ハイエンド製品では間違いなく日本勢がシェア・性能いずれもトップクラスに位置しています。
以前の記事より再掲
・・・が、今回の話はそれが製品寿命を迎えて処理へ向かうときのこと。問題の本質は、炭素繊維協会が出しているこの文書[文献1]が参考になると思いますのでこれをよく読んでみましょう。
そう、「燃やせない」のです(注:一部の炭素繊維は強度を下げつつ組成を工夫して燃やせるようにしています・三菱化学殿のこちらなど)。炭と一緒でしょ、燃やせるでしょと思ったらおおまちがい。グラフェンがバッキバキに揃っているので(下図)端部からしか酸化されず、連続的に燃えない。超高温(~2000Kとか)レベルまでいくと酸化しだしますがここまでいくと分解とかに等しい。プラズマとかで分解出来ないわけではないのですが投入電力や高価な設備に対し効率が悪すぎる。結局使ったはいいが始末できない困りもの、というわけです。特に高強度・高品質化するためには欠陥を最少化することが必要になり、それがさらに分解性を悪くする。新製品として良い(高強度・高品質)ことが最終的にはあまりいい方向に行かなくなる実例だと思います。
前回の記事より再掲
自然的に燃やせるのは1200℃程度の構造までのもよう
で、こうして出た廃棄炭素繊維はどうしているか? 今はほとんどが埋立です。でなければ粉砕されたあと、短炭素繊維として樹脂などのフィラーに再度使われるか、セメントなどに混ぜて使われたりします。しかし今の技術ではいくら再生しても元の長繊維には戻らない。当面は短繊維にチョップドして樹脂に埋め直す、とかいうのがメジャーな方法になりそうですが、これは劣化リサイクルであってしかも上記のルールどおり「燃やせない」ので、山を切り拓いて産廃処理場を作ってそこに埋める、ということになるはずです。下図の「リユース→販売」の後もチョップドもミルドも不織布も結局は埋立行きなのが現実です。
使用後の炭素繊維マテリアルフロー
三菱レイヨンによる発表資料[文献2]より引用
なお同社の炭素繊維事業は三菱ケミカルが合併により継承(リンク)
なおこの劣化リサイクルした繊維が入った樹脂をムリヤリ燃やすと炭素の短繊維が燃えないまま空中を漂い、工場の電源とかで電気ショートを引き起こす微粉末をまき散らす可能性がありますので、精密なバグフィルタとかスクラバが付いたきちんとした処理炉でないと本来は処分してはいけない。・・・となると処理費用が高くなるわけなので結局埋めるしかなく、めんどくさくなった連中が不法投棄することも十分考えられます。また粉で棄てたら今あちこちで叫ばれているマイクロプラスチックならぬマイクロ炭素繊維とかにもなるおそれだってあるわけです。というか細かくて強いとか言うと針っぽいので人の肌とかに刺さりそうですよね。
NASAの”Carbon Structure Hazard Control”[文献3]という
カーボン繊維構造体に対する安全対策レポート中の作業風景イメージ
すげぇ重装備
ということで誤解を招く言い方かもしれませんが炭素繊維は現状「材料版トイレの無いマンション**号」と表現するのが適切な気がします。土地さえあれば産業廃棄物として埋立は出来ますがそのためにあっちこっちの山切り拓いて色んなもん犠牲にして一体何を作ってるんですか、ということ。飛行機に使って軽量化の結果ジェット燃料が節約できたりするのはそりゃ素晴らしいので、人様の商売に難癖をつけるつもりはないのですが。
なお炭素繊維製造業界としても上記の問題は認識していて2000年あたりから経産省の助成も受けてリサイクル活動が各社入って進められています(下図)。とはいえ現状は商売として成立していない可能性が非常に高い。例えば下記の個別開発以降に炭素繊維リサイクル事業を引き継いだ各社(こちら、こちら、帝人[旧 東邦テナックス]は2008年に還元剤応用に目途を付けています(リンク)が、まだ短繊維リサイクルを続けようとしていますからまだ課題があるのでしょう)の当該事業が儲かってるイメージはほとんどありませんし、これらの会社以外に大規模でも小規模でも参入が無く、国家プロジェクトになってから20年近くたった今でもまだ難儀しているということは本質的に儲かるリサイクルができない材料ということなのでしょう。欧米中はきちんと調べていませんがまぁ同じような状況だと認識しています。[注:樹脂を分解したりするところまでは一部事業化出来ているようですが繊維はやはりしんどそう・文献4]
再生や分解の技術ハードルが高すぎる模様で、
取組みを開始し出してからもう20年近く経っているの図[文献5]
実質出来ないと言っているのと同義では、という気がしないでもない
さらに最近特に気になるのが先端技術と言われて久しい燃料電池(NASAの開発からもう50年近く経ってる)(市販化がもう目前とか言ってたアメリカの某経営者は今どこにいるのでしょうか)、これを車両に適用する試みは日本を中心に欧州でも進められており最近では中国でも研究開発が進む傾向にありますが、ほとんどのメーカにおいて燃料の水素を貯める高圧タンクは相当量の高強度炭素繊維を使っており、これが街をどんどん走ったらどうなるでしょうか。
飛行機ならまだ台数が限定されますからマシでしょうが車を何百万台と作られたら本当に始末に負えなくなります。こういうことに目をつぶって開発を進めること自体、凄まじい欺瞞ではないですか。もっともその昔、とある命令に従って類似案件に手を染めた筆者も同罪ですからおそらく地獄行くでしょう。あ、そんなに広まりませんかそうですか。
韓国や中国でも開発が進む燃料電池車の高圧水素を貯める炭素繊維強化プラスチックタンク
これを金にまかせてガンガン作り出したらどうなることか・・・[文献6]
筆者の考え方が偏り過ぎと言われるかもしれませんが、イギリス最古参の環境NGOであるGreen Alianceの報告書[文献7]でも同様の認識ですしちょっと調べれば国内の報告でも多数同様の見解が出てきます。廃プラスチックの問題が大きく採り上げられてきていることもあり「埋立以外の方法で処分できなければ、炭素繊維のそもそもの製造量を制限する」くらいの法制やレギュレーションが出てきてもおかしくないと筆者は考えています。
そんなこと言っていたら商売にならん? 結局は冒頭で述べた「誰がそのシャツを縫うんだい」です。資本主義的商売という神輿をかついでお祭りを盛り上げるのはいいですが、その後始末を人任せにしていたり誤魔化したり先送りした結果が今の状態です。今までは良かったかもしれませんがそもそもが石田梅岩が主に唱えた「実の商人は、先も立、我も立つことを思うなり」「四方よし=買ってよし、売ってよし、作ってよし、環境よし」という近江商売道に反します(環境ヨシ、は筆者が加えました)。
理想論だとか空論だとか言われるかもしれませんがシャツの後始末をすることを最初から考えましょう、後始末が出来ないなら破かない別の道をいきましょう、ということだけなのです。シャツの縫い方が確立されるまで、「必要なもの(軍事や航空の特殊用途など)」のところだけで使うべき材料であって、「便利なもの」はほどほどでいいんですよ。・・・と言っても某資本主義国の親玉の方々は多分全く理解しないでしょうけど。本当にお脳の病気に罹ってるんじゃないかと思う、所謂「支配の悪魔」って本当に居ますからねぇ。妖怪がまんまと人間界に忍び込んだと言われても普通に信じるくらいですよ。
その点、鉄鋼はやっぱりすごい材料です。CO2は多少消費しますが今ある技術で溶かして高炉で火を入れればまたすぐ還元されて甦る。アルミと比較して電気もさほど食わないし修理も楽、たとえ環境中に置いても錆びて最終的には酸化鉄として土へ戻る。製造で増えたCO2は植林などの緑化政策で戻せる可能性が大きい。そしてリサイクルすればある程度売れるので商売も成り立つ。つまりやはり誰が何と言おうと将来のことも考えたトータル環境負荷がきわめて低い材料なのです。この観点から、メーカは今こそ鉄鋼に戻るべきだと筆者は本気で思っています。重かろうが何だろうが耐えなさい! つまりは鉄鋼最高! 鉄鋼最高! おまえらも鉄鋼最高と叫びなさい!(しかし過当競争で儲からない)(本当に買い叩かれる)。
ということで少し長くなってしまいました…②は次回へ。
[参考文献]
- “炭素繊維の安全な取扱い” 炭素繊維協会 リンク
- “炭素繊維複合材料とリサイクル” 2015年2月23日 三菱レイヨン㈱ リンク
- “Carbon Structure Hazard Control”, NASA, NTRS, 2015, リンク
- “CFRP・炭素繊維の資源循環サイクルを実現する材料プロセスの開発” 産業技術総合研究所 2019年7月2日 リンク
- “炭素繊維・CFRPのリサイクル材の利用促進に向けた課題と今後の見通しについて” 東レ 2018年9月28日 リンク
- “Current Status of Hyundai’s FCEV Development”, Hyundai Motor Group, 2019, “リンク“
- “Getting it right from the start Developing a circular economyfor novel materials”, Green Aliance, リンク
- “Economie and environmental assessment of recovery and disposai pathways for CFRP waste management “, リンク