第273回のスポットライトリサーチは、北海道大学触媒科学研究所・中谷勇希さんにお願いしました。
プロパンを脱水素してプロピレンへと変換する触媒のように、工業的に重要な触媒はその耐久性が課題となります。中谷さんは、触媒の不必要な活性サイトを被覆することでこれを実現しました。本成果はNature Communications誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。
“Single-atom Pt in intermetallics as an ultrastable and selective catalyst for propane dehydrogenation”
Nakaya, Y.; Hirayama, J.; Yamazoe, S.; Shimizu, K.; Furukawa, S. Nat. Commun. 2020, 11, 2838. doi:10.1038/s41467-020-16693-9
研究グループを統括されている古川森也 准教授から、中谷さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
中谷さんはとにかく情熱の塊です。研究を心から楽しんいて、自分のアイデアでどんどん進めて行きますし、一度やると決めると細部まで詰めて徹底的にやりつくします。また実験だけでなくディスカッションも積極的で、自分の考えやアイデアを毎日のように投げかけてきてくれます。このような熱意のある人と一緒に研究をできるのは教員冥利に尽きるもので、お陰様で日々楽しい研究活動を送ることができています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
『金属間化合物(規則的な結晶構造を持つ合金)中の孤立した「Pt1サイト」を利用することで、プロパン脱水素に対して世界最高の耐久性を示す触媒の開発に成功した。』という研究です。プロピレンはプラスチックや合成ゴム、医薬品などの様々な化成品の原料となる、石油化学工業における重要な基幹原料です。近年、プロパン脱水素によるプロピレン製造が注目されていますが、プロピレンが高収率で得られる600°C以上の高温条件下では副反応の炭素析出による触媒の著しい劣化が大きな課題でした。本研究では、金属間化合物PtGaの表面を第三金属のPbで制御することで高耐久性触媒の開発に成功しました。具体的には、PtGa表面上の、副反応を進行させる「Pt3サイト」をPbでブロックし、副反応が進行しない「Pt1サイト」だけをプロパン脱水素に対する活性点とすることで、炭素析出による触媒劣化を抑制しました。この「Pt1」サイトはプロパン脱水素だけではなく、エタンやイソブタンなどのその他の低級アルカンの脱水素などにも応用可能であると期待しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
合金ナノ粒子の調製法です。シリカ(SiO2)上に合金ナノ粒子を調製する過程で溶液を乾燥する必要があるのですが、従来の単純な加熱乾燥では高分散化(サイズが小さい)が難しいだけではなく、再現性も悪いという問題がありました。基本的に高分散化した触媒のほうが活性・選択性などは高いですし、なおかつ再現性が悪いということで初期は触媒調製の段階でかなり苦労しました。そんな中、凍結乾燥により乾燥することで均一な高分散化した合金を再現性良く調製できるようになったときはとても嬉しかったことを覚えています。特に、労力を削減することができ、研究効率がかなり上がりました。この研究を支えているこだわりのポイントです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
「Pt1サイト」だけを表面に露出した構造に、本当になっているのか、これを明らかにすることが一番苦労しました。この触媒は表面偏析したPbの影響により「Pt3サイト」が消失し、「Pt1サイト」だけになる、なおかつ母体のPtGaは維持するという特殊な構造をしています。これを明らかにするには様々な測定を組み合わせる必要があり、また初めてのアプローチが多く、非常に大変でした。特に触媒の表面を少しずつ削りながらPtの電子状態がどのように変化するかを観測した際は、何日も連続で測定をする必要があり体力的にはもちろん、上手くいく確証がないため精神的にもきました。しかし反応結果が良かったので、それを心の支えにしながらとにかく手を動かすことで乗り越えました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
これからも触媒分野に携わり、様々な新規触媒をつくり続けたいと思っています。ある反応・材料で真っ先に自分の名前が挙がるような研究者になるのが夢です。また、実験だけでなく計算化学や異分野融合など、多角的視点から論理を展開できる化学者になれたらと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
興味があることをとことん突き詰めることが大切だと思います。私にとってはそれが金属間化合物触媒の調製法でした。如何に均一で高分散化した金属間化合物ナノ粒子を調製できるか、こればかりにこだわり続けてきました。時には調製ばかりで実験が進まないなど、回り道をした時もありましたが、結果、研究の大事な礎となりました。自分が誇れるこだわりを持つことは後々研究の助けになるはずです。
最後に、古川森也先生、清水研一先生をはじめとする研究室の皆様、共同研究でお世話になりました山添誠司先生(都立大教授)並びに平山純先生(京都大ESICB特定助教)、STEM測定を行って頂いた大多亮様(北大工学研究院)、平井直美様(北大電子研)、そして実験のサポートをしていただいた北大触媒研技術部の皆様にこの場を借りて感謝申し上げます。また、この度スポットライトリサーチにて研究紹介の機会を下さったChem-Stationスタッフの皆様にも深く御礼申し上げます。
研究者の略歴
中谷 勇希(なかや ゆうき)
[所属]北海道大学大学院総合化学院 総合化学専攻 清水研一研究室 修士2年
[研究テーマ]金属間化合物を駆使した表面反応場の精密設計による高効率アルカン脱水素