前回のおさらい: 時間に依存しないシュレディンガー方程式とは
前回の記事で波動関数が定常波であることを仮定することにより、化学の教科書でおなじみの「時間に依存しないシュレディンガー方程式」が導かれることをお話ししました。
\[\left\{–\frac{\hbar^2}{2m}\left(\frac{\partial^2}{\partial x^2}+\frac{\partial^2}{\partial y^2}+\frac{\partial^2}{\partial z^2}\right)+V(\mbox{\boldmath$r$})\right\}\psi(\mbox{\boldmath$r$})=E\psi(\mbox{\boldmath$r$})\]
この式のうち m は粒子の質量、 $\hbar$ はプランク定数 (比例定数の一種です)、E は粒子のエネルギー、そして $\psi$ (ギリシャ文字でプサイと読みます) が波動関数です。$\psi$ の括弧の中のある r は粒子の座標 r = (x, y, z) を表しています。化学者は、時間に依存しないシュレディンガー方程式を、電子の波動関数やエネルギーを求めるためなどに利用します。波動関数は電子の存在確率と関係しているため、電子の軌道とも呼ばれ、化学者にとって重要です。
そこで今回は、一番単純な例として、一次元の箱の中に閉じ込められた粒子について考えます。これは量子力学において一番シンプルな系です。この系のシュレディンガー方程式を解く過程で、化学の教科書においては天下り的に与えられる “量子力学のルール” が導かれることを見ていきたいと思います。
一次元井戸型ポテンシャルとはどんな系ですか?
粒子が x 軸上のある領域にしか存在できず、その領域内ではポテンシャルエネルギーがゼロであるような系です。その領域の外側では、無限大のポテンシャルエネルギーが課せられると仮定して、壁の外へは粒子が侵入できないものとします。ポテンシャルエネルギーを x 軸に対してプロットすると、ポテンシャルエネルギーが深い壁をつくっており、井戸のように見えます。
井戸型ポテンシャルの系のポテンシャルを表すグラフ (上図オレンジ) と実際の系のイメージ図 (下図).
この系のシュレディンガー方程式はどのような形をしていますか?
井戸の中ではポテンシャルエネルギーがゼロだと仮定しており、今は一次元 (x 軸)しか考えていないため、井戸の中におけるシュレディンガー方程式は以下のようになります。
\[–\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2\psi(x)}{dx^2}=E\psi(x)\]
記事冒頭の式から変わっている点について、注釈を加えます。今は x 軸の一次元しか考えていないため、波動関数 $\psi$ の変数 (括弧の中身) は r=(x,y,z) ではなく x だけになります。さらに、変数が x だけになったため、微分は偏微分 $\frac{\partial}{\partial x}$ でなくて、常微分 $\frac{d}{dx}$ となります (偏微分は変数が2つ以上あるときに考えるものです)。
なお、粒子は井戸の中ではポテンシャルエネルギーがゼロだと仮定しているため、ここでは粒子のエネルギーはもっぱら運動エネルギーを表しています。運動エネルギーの符号は正なので、E > 0 です。ただし、具体的なエネルギー E の大きさは、今はまだわかりません。これから計算して求めるのです。
で、このシュレディンガー方程式は何を意味しているのですか?
上のシュレディンガー方程式は次のように読むことができます。
ある関数 Ψ を 2 階微分する(と同時におまじないの係数をかける)と、その関数 Ψ の形そのものは変わらずに、係数 E が飛び出てきた。その関数 Ψ と E はなーんだ?
つまり、「シュレディンガー方程式を解く」とは、上記の関係を満たす関数 Ψ と係数 E の 2 つを求める問題だと言えます。
ではその問題はどのように解けるのですか?
上の微分方程式を見たときに、数学が得意な人なら「2 階微分して関数の形が変わらないのだから、三角関数か指数関数か」と予想できます。実際に、三角関数や複素指数関数を仮定することで、この微分方程式は解けます。しかしこの記事では、そのような量子力学の参考書に載っているような解き方はせずに、式の性質から量子力学の原理を読み解くことに努めます。具体的には、シュレディンガー方程式の左辺が関数の曲率を表していることを利用して、半定性的に波動関数の形を予想する事に徹します。
「左辺が関数の曲率」ってどういうことですか?
まず式の見方を少し変えるために、このシュレディンガー方程式を式変形して左辺を x に関する二階微分だけにしてみます。
\[\frac{d^2\psi(x)}{dx^2}=-\frac{2mE}{\hbar}\psi(x)\]
この式の読み方も本質的には先ほどと変わりません。この式は次のように読むことができます。
波動関数 を 2 階微分すると、波動関数 Ψ の形そのものは変わらずに、係数 E におまじないの係数をかけたもの飛び出てきた。その関数 Ψ と E はなーんだ?
ここで立ち止まって考えます。波動関数の 2 階微分は何を表すのでしょうか。関数の微分は、その曲線の接線の傾きを表すので、2 階微分 (微分の微分) は傾きの傾きに相当します。数学の用語を用いると、曲率です。
高校数学の復習として関数の曲率についておさらいしましょう。下のグラフの上に凸な部分 (左半分)の傾きに注目します。グラフの左端では、グラフの傾きは右上がりでしたが、x が増加するにつれて次第に水平に近づき、やがては右下がりになっていることに気づきます。これは傾きが負に変化していることを意味します。つまり、上に凸なグラフにおいて傾きの傾き (曲率) はマイナスなわけです。同様の考え方を用いると、下に凸な曲線は、正の曲率を持っていることがわかります。ここまでの議論をまとめると、曲率が正であればグラフは下に凸になり、曲率が負であればグラフは上に凸になります。
関数の二階微分 (曲率) の意味. 二階微分 (曲率) が負のとき, グラフは上の凸の曲線を描き, グラフの二階微分 (曲率) が正の時グラフは下に凸の曲線を描きます.
関数の曲率とシュレディンガー方程式の解はどう関係しているのですか?
関数の曲率の議論だけで、私たちは波動関数の概形を予測することができます。さらに、境界条件を課すことで、実際にその系が取り得る波動関数とエネルギーについてヒントを得ることができます。詳しくお話しましょう。
さて、関数の曲率という観点からシュレディンガー方程式を読み直すと、次のことが言えます。
\[\frac{d^2\psi(x)}{dx^2}=-\frac{2mE}{\hbar}\psi(x)\]
- 波動関数の曲率は、粒子のエネルギー E と関数値 Ψ に比例する (ルール1)[脚注1]
ここに符号に関する情報も加えましょう。E は運動エネルギーに相当するので正の値をとり、右辺の他の係数である質量 m やプランク定数 $\hbar$ も正の値を取ります。ただし式の右辺にマイナス符号が付いています。このように E などの係数は全て正であるなかで、右辺にマイナス符号が存在することは、次のことを意味します。
- 波動関数の曲率は、関数値 Ψ とは逆の符号になる (ルール2)
このような関数の曲率についての情報を頼りに、波動関数の概形を予想してみましょう。
例えば、ある地点で波動関数が正の値をとっているとします。このとき、ルール2 により曲率 $\frac{d^2\psi}{dx^2}$ は負の値を取ることがわかります。したがって、例えもともと右上がりの軌跡を描いていたとしても、その曲線は下方向に曲げられ、上に凸な曲線を描くようです。
上に凸なグラフはいずれ右下がりになるので、曲線はあるとき x 軸を通り越し、負の領域に突入します。波動関数が負になったことにより、ルール2によって、曲率 $\frac{d^2\psi}{dx^2}$ は正の値を取ります。曲率が正であれば、関数は下に凸な曲線を描くはずです。したがって、波動関数が負領域に突入すると、波動関数は下に凸な曲線を描こうとし始めます。
下に凸なグラフはいずれ上向きになるので、波動関数はあるとき x 軸を通り越して、正の値を取ります。波動関数が正になったことは、ルール2によって、曲率が負の値を取り、関数が下に向かおうとしていることを意味します。おや?カンの鋭い方ならもうお気づきでしょうか。そうです。波動関数は再び上に凸な曲線を描き、x 軸を通り越して負の領域へ向かい、同じ議論が繰り返されるのです。以上の議論をまとめると、 波動関数は振動形を描くということが結論できます。
ここで、振動の緩急についても予測してみます。「波動関数の曲率は粒子のエネルギーに比例する」というルール1を思い出すと、粒子の運動エネルギーが大きいほど、波動関数の振動は急激になることがわかります。言い換えると、粒子の運動エネルギーが大きいほど波動関数の曲線は鋭くなり、細かく揺れます (振幅については何も言っていないことに注意)。
このような振動する関数がシュレディンガー方程式の解なのですか?
振動している関数ならなんでもよいかというと、そうではありません。具体的には、今回の系の場合、井戸の両端では波動関数の値がゼロでなければなりません。その理由は、ボルンの確率解釈と微分方程式の性質によります。
ボルンの確率解釈によると、波動関数の絶対値の二乗は粒子の存在確率に相当します。粒子の存在確率がある境界で突然消失したり、突然出現することは考えにくいため、波動関数は滑らかなひと続きの曲線でなければなりません。言い換えると、波動関数の値がゼロから突然 0.5 とか 0.8 になってはなりません。数学の用語を借りると、波動関数は連続でなければならないと言えます(脚注2)。さらに、ある座標で存在確率が 2 通りあることは不自然なので、ある座標での波動関数の値はただ一つに対応しなければなりません (一価)。くわえて、存在確率を全領域で足し合わせると 1 にならないといけないため、無限に発散してはならないという条件もあります(有界)。これらをまとめると、波動関数の性質は一価, 有界, 連続でなければならないということになります。
物理的に許されない波動関数の例. 波動関数は一価, 有界, 連続の条件を満たしていなければなりません.
今回、井戸の外は無限大のポテンシャルの壁が存在しており、粒子はそこへ侵入できないと仮定しています。したがって、井戸の外の波動関数の値はゼロでなければなりません。しかしその境界の前後と井戸の中で波動関数が繋がっていなければなりません。今回の場合、井戸の左端 (x = 0) で波動関数がゼロで、そこから井戸の右端 (x = L) も波動関数がゼロです。この二つの点をうまく結ぶ関数が、この系の波動関数として認められることになります。
井戸型ポテンシャルの系の境界条件. 粒子は井戸の外側では存在確率がゼロなので, 連続の条件を満たすためには, 井戸の両端で波動関数がゼロでなければならない [脚注2].
では具体的にどのような関数が解になるのですか
グラフが左端から出発して曲線が上に凸な曲線を描こうしている状況を想像します (先ほどお話ししたように、波動関数が正の値をとるとき、グラフは上に凸な曲線を描きます)。その曲線の鋭さは、粒子の運動エネルギーによって決まっており、粒子の運動エネルギーが大きいほどグラフは鋭くなるのでした。そこで、初めに粒子のエネルギーが小さい場合を想像します。粒子の運動エネルギーが小さい場合は、波動関数の曲がり方が緩やかなため、井戸の右端まで曲線を伸ばしたときに、曲がり方が足りず ψ がゼロにはならず壁を通り過ぎてしまいます (下図の薄いオレンジの点線)。この点線は境界条件を満たさないので、その曲率に相当するエネルギーは認められず、その波動関数も解として許されません。
ここから粒子の運動エネルギーEを少しずつ大きくしてみます。言い換えると、グラフの曲率を少しずつ大きくします。すると、ある決められた E のときに、グラフの両端がうまく繋がるような曲線が描けることがわかります (下図のオレンジの実線)。これは物理的に許される波動関数であり、このときのエネルギーと波動関数が、シュレディンガー方程式の解の一つ、ということになります。ただし、それ以上Eを大きくすると、今度は曲線が曲がりすぎて、グラフはx軸の下に潜り込むため、グラフは両端でつながらなくなります (下図の濃いオレンジの点線)。
系のエネルギーを大きくしていったときに, 最初に見つかる物理的に意味のある解.
ここで懲りずに、さらにEを大きくするとどうなるのでしょうか。先ほど説明したように、波動関数が負の値を取る領域では、波動関数は下に凸を描きます。したがって、Eをさらに大きくしてグラフのカーブをさらに鋭くしていくと、今度は波形一つ分の振動をへて、井戸の両端がつながります。しかしそれ以上カーブがきつくなると、波動関数は正の値を取り、また井戸の両端はつながらなくなります。
一番目の解からさらにエネルギーを大きくしていった場合に, 次に見つかる物理的に意味のある解.
同様の議論が続きます。波動関数が正の値をとると上にグラフは上に凸な曲線を描きます。したがって、Eが大きくなって、さらに曲線のカーブがきつくなると、あるとき井戸の両端がつながり、物理的に許される波動関数の解が見つかります。
二番目の解からさらにエネルギーを大きくしていった場合に, 次に見つかる物理的に意味のある解.
以上の結果を下の図にまとめました。下の図は、ある決まったエネルギーのときにのみ、対応する波動関数が存在することを意味しています。ちなみに、一番低いエネルギーとそれに対応する波動関数には 1 という添え字をつけ、その次に高いエネルギーとそれに対応する波動関数には 2 のような添え字をつけるのが慣習になっています。これらの添え字は量子数とよばれます。
ところで、このような単純で非現実的な系のシュレディンガー方程式を解いて、何がわかるんですか?
今回、シュレディンガー方程式を定性的に解いたことで、量子力学において重要な結果が2つ導かれました。1つ目は、粒子のエネルギーは、どんな値でも許されるわけではなく、とびとびの特定の値しか許されないということです。つまり、量子力学の世界では、エネルギーは離散的ということが導かれました。2つ目は粒子のエネルギーが上がるにつれて、対応する波動関数の節が増えるということです。順に詳しくお話ししましょう。
粒子のエネルギーがとびとびであることは何が不思議なんですか?
ニュートン力学ではエネルギーが連続であったことと対照的だからです。例えばニュートン力学の運動エネルギーは、1/2 mv2で表され、速度の違いによってどんな運動エネルギーも取れました。また、位置エネルギーを見ると V = mgh であるため、粒子を持ち上げればそれに正比例してポテンシャルエネルギーが上がりました。しかし、この例で見たように、量子力学では、粒子のエネルギーは連続的には変化できないのです。
古典力学と量子力学でのエネルギーの違い
ではなぜ量子力学ではエネルギーがとびとびになってしまったのですか?
これは境界条件という物理的な要請と数学の手続きがうまく溶け合った局面だと言えます。どういうことかというと、数学的には微分方程式の解には、任意の積分定数が現れるため、無数の解が存在することになります。しかし、境界条件の存在によって、物理的に意味のある解が制限されます。その結果、限られた波動関数のみが境界面での連続の条件を満たす事ができ、その関数に対応するエネルギーのみが系のとりうるエネルギーとして許容されるというのです。
これは原子軌道を考えるときでも同様です。例えば球対象な s 軌道では原子核付近で電子の存在確率はゼロでなくていいものの、原子核から無限遠にはなれたときには、さすがに電子の存在確率がゼロのはずであると予想できます。つまり、無限遠で Ψ = 0 が境界条件として存在するのです。
2つ前の質問の「波動関数の節」とはなんですか?
波動関数の値がゼロになる点や領域を指します。物理的には、粒子の存在確率がゼロになる領域を意味します。
井戸型ポテンシャルの系の波動関数の節.
今回の井戸型ポテンシャルの例で、粒子のエネルギーが上がるにつれて、対応する波動関数の節が増えることをみました。この結果は、井戸型ポテンシャルに限らず、原子軌道や分子軌道にも当てはまる一般的な規則になります。原子の軌道である1s 軌道には節がありませんが、2s 軌道には節が 1 つあり 3s 軌道になると節が 2 つになります。また、共役ポリエンの π 軌道においても、分子軌道のエネルギー準位が上がるにつれて節が増えます。このように粒子のエネルギーが上がるにつれて節が増えることは、エネルギーが上がるにつれて、波動関数の曲率がきつくなるため、波動関数が横軸を余計に横切ったあとに境界条件を満たさなければならないことを意味するのです。
(左) 水素型原子の 1s, 2s, 3s 軌道の動径波動関数 (左上) と動径分布関数(左下). 動径分布関数は, 核からの距離 r ~ r+dr の微小な殻で電子を見出す確率を表しています. 半径が小さいと殻の体積が小さいので, 核付近において波動関数自体は大きくても, 動径分布関数自体はゼロになっています. (右) 1,3-ブタジエンの π軌道. 井戸型ポテンシャルとの対応をオレンジの点線で示しています.
もし井戸の幅が広くなった場合、シュレディンガー方程式の解はどのように変わりますか?
波動関数の概形はほとんど変わりませんが、それぞれのエネルギー準位は低下し、さらにエネルギー準位間のエネルギー差が小さくなります。順に説明しましょう。
まず思い出さなければならないことは、先ほどの例において一番エネルギーが低い状態でも運動エネルギーを持っていたことです。古典的には、止まっている粒子は運動エネルギーを持たないため、運動エネルギーに関する最低準位はゼロでした。古典的には言い換えると運動エネルギーがゼロでもよいのです。
しかし井戸型ポテンシャルの例において粒子の運動エネルギーがゼロの解は許されませんでした。その理由は、波動関数のカーブの曲がり具合 (曲率) は運動エネルギーの指標になっているからです。もし全く曲がらない直線のグラフで井戸の両端を繋ごうとすると, 井戸の中でずっと波動関数がゼロでなければなりません。それは箱の中に粒子が存在しないことを意味します。関数値がゼロである井戸の両端同士を結びつつ、箱の中でいくらかの関数値を持つためには、波動関数はカーブを描かねばならないのです。なので、「粒子が極小な箱の中に閉じ込められると、その粒子は運動エネルギーを持たざるを得ない」と言うことができます。
ここで井戸の横幅が広げることを考えます。井戸が広がると、井戸の両端を結ぶ際により緩やかなカーブの曲線で両端を繋げられるようになります。このとき、曲線のカーブ(曲率)は分子の運動エネルギーに相当するため、井戸が広がるというただそれだけの効果によって、電子の運動エネルギーが小さくなり、電子は安定化できるのです。
井戸が広くなると, よりゆるいカーブで両端を結べるので, 系の運動エネルギーが低下する.
このような、井戸の拡大による系の安定化は、共役によってπ電子が安定できる原因にもなっています。なぜなら、π 電子の共役系が広がることは、井戸が広がることに対応するからです。π軌道の共役だけでなく、一般的な結合形成においても、井戸の拡大に伴う運動エネルギーの低下が重要な役割を果たしているといわれています。例えば、水素分子イオンは結合を分子軌道的に考えるための最も単純な系として、研究されます[4]。水素分子イオンにおいて、多くの学部レベルの教科書の場合、「2つの水素イオンの間で電子が共有されて、電子が水素イオンをつなぐ糊の役割を果たす」という描写がされることもあります。しかし、実際にはクーロン力の効果だけでなく、電子の非局在化の効果も無視できないというのです[4]。
記事タイトルにある、「なぜ電子は非局在化すると安定化するの?」という疑問の答えは、「電子が運動できる領域が広がると、より緩やかな曲率で境界条件を満たせるようになり、電子の運動エネルギーが下がるから」と言えるでしょう。
まとめ
本記事では「シュレディンガー方程式が波動関数とその曲率の関係の関係式である」という視点から波動関数の形を予想し、さらに境界条件によって軌道のエネルギーが上がるにつれて波動関数に節が増えることをお話ししました。今回の記事では数式を使いませんでしたが、数学的な考え方を交えることによって、量子力学の仕組みを理解すると、化学の現象をより俯瞰的に解釈できるのではないかと思います。というわけで、次回以降は水素分子イオンの分子軌道を変分法を使って解き、分子軌道法の基本原理について、数学を交えながらお話していきたいと思います 。
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脚注
- 今回は井戸の中ではポテンシャルエネルギーがゼロとしたため、E はもっぱら粒子の運動エネルギーをしています。そのため関数の曲率が E に比例していると言って良いこととなります。ただし、系にポテンシャルエネルギーがある場合は、関数の曲率は運動エネルギーに関係していることになります。そのことは、ポテンシャルを含んだシュレディンガー方程式を移項して整理すればわかるかと思います。
- シュレディンガー方程式は二階微分方程式なので、厳密には傾きに関する連続の条件もあります。そのため、本文中では「なめらかなひと続きの曲線」と表現していました。つまり、たとえ値が連続であっても、途中でカクンと曲がるようなグラフは境界条件を満たしていないわけです。そのため、今回の記事において、波動関数を「両端で滑らかにつなげる」という議論も本来は接線の連続の条件も考慮しなければなりませんでした。しかしながら、今回の記事では定性的なイメージのしやすさを重視して、「関数値をつなげる」という議論をしました。接線の連続の条件も考慮するには、波動関数が少しだけ井戸の外側に染み出して、関数が立ち上がっている状況か、傾きも関数値もゼロである壁から滑らかに曲線が立ち上がる状況を考える必要があります。
参考文献
- Atkins, P. W. ; de Paula, J. C. Physical Chemistry, 10th Edition, 2014, Oxford University Press.
- DeKock, R. L.; Gray, H. B. Chemical Structure and Bonding, 1980, University Science Books.
- 九鬼導隆 「量子力学入門ノート」2019, 神戸市立工業高等専門学校生活協同組合.
- Ruedenberg, K.; Schmidt, M. W. J. Phys. Chem. A 2009, 113, 10, 1954–1968. DOI: 10.1021/jp807973x