第268回のスポットライトリサーチは、金沢大学医薬保健研究域薬学系(大宮研究室)の佐藤 由季也(さとう ゆきや)さん、中村 渓(なかむら けい)さんのお二人にお願いしました。
佐藤さん、中村さんの所属する大宮研究室では、有機合成化学をベースとして、新触媒・新反応・新機能を独創的な研究手法で創りだし、医薬・農薬の開発や生命科学研究の未来を切り拓くことを目標に掲げられています。これまでに「電子反応を制御する有機触媒」「不斉銅触媒反応」「新しい機能をもつホウ素分子」の開発に成功されています。この度、細谷孝充教授(東京医科歯科大学/理化学研究所)、橋爪大輔博士(理化学研究所)らとの共同研究により、巧みに設計されたホウ素化合物を活用することで、可視光照射による炭素ラジカルの発生に成功され、ラジカルを経由するクロスカップリング反応やアルケンの官能基化反応などの有機合成反応への展開も示されています。本研究成果は、J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文・プレスリリースに公開されているだけでなく、JACSの月間最多アクセス論文(Most read Articles)にランクインしたり、Asia Research NewsやEurekAlert!など様々なメディアで取り上げられるなど、非常に注目度の高いものと言えるでしょう。
“Generation of Alkyl Radical through Direct Excitation of Boracene-Based Alkylborate”
Sato, Y.; Nakamura, K.; Sumida, Y.; Hashizume, D.; Hosoya, T.; Ohmiya, H. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 9938-9943.
doi: 10.1021/jacs.0c04456
研究室を主宰されている大宮教授から、佐藤さん、中村さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
細谷孝充教授が主宰する研究室にて、当研究室の隅田助教が見出した「ボラセン」を、佐藤くんと中村さんが共同で「有機ラジカルの化学」に見事に展開しました。佐藤くんは当研究室の2期生にあたり、配属時から博士進学を宣言し、高い意識で研究を続けています。佐藤くんは、M2の7月時点で2000反応ぐらいを仕込んでいる、とにかくよく実験する(体力もある)学生です。コロナ禍で研究時間が制限される中、鬼気迫る追い込み実験により、本論文は学振応募の学内締切日にJACSにアクセプトされました。佐藤くんの日頃の研究への情熱や努力が実を結んだのだと思います。中村さんは、研究室配属前の授業において「化学をよく理解している」「私の小ネタに笑ってくれる」「私の問いに頷いてくれる」という素晴らしい学生でした。配属後、期待通りの活躍ぶりで、創意工夫を繰り返しながら、クロスカップリング反応を高収率に導きました。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
有機合成反応に有用なアルキルラジカルを効率良く発生させることができれば、さまざまな分子合成が可能となります。しかし、アルキルラジカルを発生させる従来の手法は、高価な光触媒が必要であることや、発生可能なアルキルラジカルに制限があることなどの課題がありました。我々は、さまざまな測定技術を駆使しながら可視光を吸収できるように設計した有機ホウ素アート錯体に光照射することで、「嵩高い第三級アルキルラジカル」や「不安定なメチルラジカル」を発生させることに成功しました。
本研究では、ホウ素原子が環状分子骨格に埋め込まれた「ボラセン」から調製される有機ホウ素アート錯体を独自に設計・合成しました。有機ホウ素アート錯体と可視光により発生させたアルキルラジカルは、化学反応の炭素源として活用でき、これまで到達困難とされていた複雑かつかさ高い有機化合物などをつくり出すことができます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
(佐藤)有機ホウ素アート錯体の直接光励起により生成したアルキルラジカル種は、種々の化学反応へと適用することが可能です。ニッケル触媒によるアルケンの三成分アルキルアリール化の条件探索は思い入れがあります。限られた時間の中で、持ち前の実験量と過去の知見からの考察により、高収率を実現する反応条件を発見できたことは自信に繋がりました。
(中村)本反応の特筆すべき点のひとつに、ボラセンを回収できることが挙げられます。収率良く回収するためにさまざまな検討を行い、メタノールで洗浄するというシンプルな方法にたどり着きました。簡単にきれいなボラセンを回収することができ、回収したボラセンを再度用いても収率が低下しないことが魅力的な点だと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
(佐藤)有機リチウム試薬およびグリニャール試薬から調製した有機ホウ素アート錯体を種々の化学反応に用いる際に、収率が向上せず苦しみました。これら有機金属試薬の当量設定の見直しおよび有機ホウ素アート錯体のアミノシリカゲルによる精製法の確立により、収率を向上させることに成功しました。
(中村)有機ホウ素アート錯体を調製する際に有機リチウム試薬またはグリニャール試薬を用いるのですが、有機リチウム試薬がうまく調製できず苦労しました。結局は経験値な気がしますが、何度も繰り返すことで調製できるようになりました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
(佐藤)大宮研の皆に支えられながら、充実した研究生活を過ごしています。日々の研究に関する議論などを通じて、化学に対する探究心を育んでいます。将来は、知的探究心を失わず、独創性に富んだ研究者を目指し、化学に対する新たな可能性を見出していきたいです。
(中村)実験をするだけで精一杯な毎日ですが、光反応はもちろん触媒化学や量子化学など幅広い分野に目を向けていきたいです。私は薬学を専攻しており、卒業後に化学研究に直接的に関わることはないかもしれませんが、研究室で培った化学の知識を少しでも活かしていければと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
(佐藤)ケムステは最先端の化学に触れることができる大切な情報源であり、いつも楽しく拝見させていただいております。このように日頃から親しみのあるケムステに私達の研究を取り上げていただくという貴重な機会をいただき非常に感謝しております。この記事が少しでも多くの方々の目に留まり、自分のようにケムステを楽しみにしている方々の知的好奇心を刺激できれば幸いです。
(中村)ケムステはいつも拝見させていただており、ごく普通の大学生の私が寄稿させていただくことになりとても驚いております。この記事が少しでも私のような大学生の励みになれば幸いです。
研究指導してくださった大宮さん、隅田さん、研究に携わって下さった細谷先生、橋爪先生にこの場を借りて深く御礼申し上げます。
研究者の略歴
名前:佐藤 由季也(さとう ゆきや)
所属:金沢大学医薬保健研究域薬学系 大宮研究室 博士前期課程2年
研究テーマ:直接光励起による有機ラジカル生成に基づく合成反応の開発
名前:中村 渓(なかむら けい)
所属:金沢大学医薬保健研究域薬学系 大宮研究室 薬学類5年
研究テーマ:有機ホウ素アート錯体の直接光励起を活用した合成反応の開発