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化学者のつぶやき

分子集合体がつくるポリ[n]カテナン

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美しい構造の分子ってワクワクしますよね。

更に高分子だと、二次構造, 三次構造が可愛くなることもあり、一石二鳥です。

そんな中、先日のNatureから、嘘でしょ!って、二度見するような美しい高分子が報告されました(アイキャッチ画像出典:矢貝研究室動画)。

“Self-assembled poly-catenanes from supramolecular toroidal building blocks”

Datta, S.; Kato, Y.; Higashiharaguchi, S.; Aratsu, K.; Isobe, A.; Saito, T.; Prabhu, D. D.; Kitamoto, Y.; Hollamby, M. J.; Smith, A. J.; Dalgleish, R.; Mahmoud, N.; Pesce, L.; Perego, C.; Pavan, G. M.; Yagai, S. Nature 2020, 583, 400–405. DOI: 10.1038/s41586-020-2445-z

まず、美しい子の画像をみていただきましょう。

Figure 1. nano[5]catenaneのAFMイメージ.(画像:千葉大学プレスリリース)

お、オリンピックのロゴだぁ。ポリマーで作られているため、なんとAFM (顕微鏡の一種)で直接視認されています。

一応カテナン構造にはなっていない低分子OlympiceneはAFMにて確認されているものも、ここまでしっかりとカテナン骨格で結びついた5つの輪が視認されたのは初めてです。(Olympiadaneとして合成はされています2。こちらも低分子。)

こんなエレガントな分子を合成されたのは千葉大学の矢貝史樹教授。これまでも幾度となく”うっとりとするような” 超分子ポリマーを合成されており、ケムステ でも何度か紹介させていただきました(ケムステ関連記事参照)。

はじめに

そもそもの用語解説。カテナンって?超分子って?

カテナン(Catenane)はドーナッツ型の分子が鎖 (catena)のように絡み合った構造をとった分子を総称したものです。1960年に初めて合成されたのち、Jean-Pierre Sauvageによって効率的な合成法が提案されました3。彼はこの功績により2016年のノーベル賞を受賞しております鋳型合成法と呼ばれるその合成では、金属の配位結合を用いて2つのリング前駆体を近づけたのち、リング形成をすることでカテナンを合成しています。現在は配位結合以外にも水素結合や疎水性効果など色々な鋳型形成がなされています。

Figure 2. カテナンの構造と鋳型合成.

 

超分子は2個以上の分子が共有結合以外の相互作用によって秩序立って集合した系のことを指します。タンパク質の四次構造も超分子と言えるでしょう。その中でも超分子ポリマーは、モノマー種が水素結合やπ—π相互作用などの非共有結合で繋がることで合成される高分子であり、弱い力で集合しているが故の、自己修復性や外部刺激応答性が見受けられます。

論文概要

さて、今回の矢貝研究室の成果、端的に言ってしまうと、超分子ポリマーを用いて、カテナンを作ってしまった。しかも、そのカテナンは極めて合成が困難なPoly[n]catenaneと呼ばれる、ナノリングが多数連結したポリマー構造をとることが可能だった、というものです。(超分子を用いない合成例は2017年に報告されています8。これも本当にかっこいい。)

イントロで語ったオリンピック型カテナン分子は序の口で、最大22個の鎖が連結したPoly[22]catenaneまで確認されています。

Poly[22]catenane

Figure 3. Poly[22]catenane. (画像: 千葉大学プレスリリース)

さて、どのようにして、この美しい分子は合成されたのでしょうか?

分子集合体の化学

超分子ポリマーは、モノマー単位から色素や半導体などの機能を詰め込むことが可能な反面、主鎖のとる形を制御することは非常に難しいです (これは共有結合で繋がった高分子でも同じことですが)。

生体高分子がその三次元構造から、その高度な機能を創出していることを鑑みても、主鎖の三次元構造制御は高分子/超分子共通の課題だと言えます。

矢貝研究室ではバルビツール酸を末端にもつπ共役化合物が、風車型集合体 (rosettes)を形成することを発見し、その風車型集合体の集合挙動を緻密に制御することで、特定の構造の主鎖を持つ超分子ポリマー合成をされています。

Figure 4. 矢貝研究室. モノマー設計.

 

これまでの作品といえばリング型、ランダムコイル、ラセン型、そしてキメララセン型など7。いずれも精密な分子設計+丁寧な外部条件検討 (溶媒条件や温度条件など)により合成されてきました。

Figure. 5. 分子集合体のAFM図 (画像: 矢貝研究室ホームページ)

 

今回用いたモノマーは元々、methylcyclohexane (MCH) 中、徐々に冷却することで螺旋型集合体を形成することが報告されていました。これは熱力学的に螺旋型が安定となるためです。対して、急冷することでリング状集合体を生成することが今回確認されました。こちらは速度論的支配と言えます。

そこで速度論的支配をより強固にするため、良溶媒に溶かしたモノマーを急激に貧溶媒に混ぜる方法を試してみました。結果、系中約半分 (44%)のモノマーがリング状になることが確認されました。

これだけで十分面白いと思うのですが、驚きの事実が付随してきます。系中、3%のリングがカテナンを形成していたのです。これは自然発生にしては、量が多すぎる。ということで成された原因解析がこの論文のキモとなっています。(僕だったら3%はたまたまだ!と思って、深追いできない気がします。すごい。)

Figure 5. リング・カテナン形成。エネルギー図. (画像: 参考文献4を改変)

 

二次核成長、検証

なぜ、カテナンが高収率で形成されるのか….その鍵は通常のカテナン高収率合成法=鋳型合成にありました。

すなわち、リング形成時にリング前駆体が他のリング近くにあれば、カテナンが生成するだろうということです。

そこで、本論文では生成したリングが他のリングの生成時の核形成場になるのではないかと仮説を立て検証が行われました。このような分子集合挙動は二次核形成と呼ばれ、自然界でもアミロイド凝集等で見られる現象です6

Figure 6. 二次核形成メカニズム. ナノリングによりモノマーの凝集が促進される. (画像: 千葉大学プレスリリース)

 

詳しい検証内容はぜひ論文を読んで頂きたいです。端的に説明すると…

  1. リングの単離、SANS/SAXSを用いた構造解析により、リング表面が核形成を起こしうるアルキル鎖で出来ていることの確認。
  2. 系中リングの有無による二次リング形成速度の差の確認 。二次リング形成速度―系中リング濃度の相関の解析。
  3. Rosetteとリングそれぞれの粗視化モデルの作成。両者の相互作用の解析。リングとRosette間に強いアフィニティーがあることの確認。

がメインになります。(1)ではリング構造の安定性を活用した単離操作6に超分子職人の技が見られます(普通の高分子では見たことない方法です)。(2)ではタンパク質の二次核形成になぞらえた解説が見事です。(3)は専門外でモデル作りが実際どれだけ難しいのか分からないですが、私にはやり方がさっぱり分からないことをなされているので凄いと感じました。

Poly [n] catenaneの合成

以上の解析から二次核形成がカテナン形成の肝となっていることが確認されました。ここから、Poly[n]catenaneの合成が目指されます。

まず、二次核形成に必要な溶質間相互作用が、溶媒によって作用されることから溶媒条件検討がなされます。

MCHよりn-Octaneの方がカテナン形成に適していることが確認され、上記のオリンピック型Poly[5]catenaneがAFMにて観察されました。

加えて、二次核形成によりカテナンが合成される=モノマー添加の度、カテナンの伸長のチャンスがあるという考えのもと、複数回モノマーをインジェクトすることでPoly[n]catenaneの分子量を上げることに成功しました。

最終的に10回のインジェクションで、Poly[22]catenaneまで合成確認されています。

Figure 7. ポリ[n]カテナン合成メカニズムとその方法. (画像: 千葉大学プレスリリース、参考文献[1])

以上の結果から、AFMで観察可能な、カテナン超分子の合成法が確立されました。

合成されたPoly[n]catenaneは溶液中で数ヶ月安定とのことです。本当にどこからどうみても見事な成果だと思います。

個人的な感想

実はこの論文が出る前から友人から、「矢貝研究室がポリカテナン合成に成功した」との噂は聞いていました。ずーと、楽しみにしていたため、論文を手に入れると同時に一気に読んでしまいました。

勝手に「Poly[n]catenaneができました!すごい!」という論文を予想していたのですが、実際読んでみると内容はそれだけにとどまらず、むしろそれ以上に、二次核形成の考え〜証明がメインに置かれています。そこが本当にScientificで魅力的でした。現象の発見(超分子カテナン形成)→仮説(二次核形成)→立証応用(Poly[n]catenane合成)の流れが綺麗な論文に仕上がっています。

(追記: 後述する矢貝先生のコメントで、実際の研究の流れとは違うことが判明しました笑)

より事象がハッキリしてくると当然疑問も生じてきます。

個人的には

  • 二次核形成がカテナン形成機構なら、リング密度の高いポリカテナン中央部の方が末端部より新規リング生成を誘導するはず→生成するPoly[n]catenaneは分枝状のものが多いのか?
  • モノマーのアルキル鎖部位が、二次核形成アフィニティーを作っているならば、そこの構造を色々変化させることで、よりカテナン形成を誘発できないか。
  • 10回インジェクション後得られるAFMの全体図が見たい!

など読んでいて思いました。

著者からのコメント

最後に著者らによりコメントをいただくことができましたので写真とともに紹介したいと思います。

2011年頃は自己集合でリングを作ることに熱中していました。その時稀にリング2個が繋がった[2]カテナンが見つかったので、なんとか論文にしたのですが(Chem. Eur. J. 2011, 17, 13657)、10年後にまたこのような形でカテナン研究をリバイバルできるとは思ってもみませんでした。7,8年経つうちにリングはすっかり忘れ去られ、螺旋に没頭していたのですが、研究室内でまたリングが面白いんじゃないか、という幾つかの成果が出始めていました。それで、うちの自慢の「リング(速度論的生成物)で止まりにくく螺旋(熱力学的生成物)へと伸長しやすいDeepak分子」(Deepak D. Prabhu et al., Sci. Adv. 2018, 4, eaat8466)を高収率でリングにしてみよう!という謎のテーマが生まれました。

最初テーマを進めてくれたのは、東原口君という当時4年生の学生さんでした。東原口君が速度論的な超分子重合法として溶媒混合法を試していると、[2]カテナンがえらく多く見つかってきたんです。しかも[3]カテナンも見える。報告会は大盛り上がりで、おいヒガシ!オリンピックまでに5つ繋げてくれ!って冗談を言ってたんです(盛っていません)。驚いたことに、東原口君は翌週にはびっくりするくらいオリンピックロゴに似た[5]カテナンのAFMを撮ってきました。彼は何をしたかというと、貧溶媒を変えてくれたんです。それで、2次核形成が起こりやすくなったということです。東原口君は別の研究室に移動することが決まっていましたので、この研究もヒガシとともに去っていくのかーと思ってましたが、またセンスのいい加藤君という4年生(現M2)がカテナンをやりたい!と言ってくれ、学振PDで採用されたソーガタさんとタッグを組んで研究を進めてくれました。

こんなにリングが繋がるのは、リングのそばでリングができているに違いない、と思ってはいましたが、これをどう証明するか。一年くらい悩みました。実はその傍らで加藤(K)-ソーガタ(S)の日印コンビの頑張りで、カテナンは次々と伸びていきました。その方法(複数回インジェクション)は当時は全くもって感覚的ではありましたが、まさに2次核形成を起こり易くすることに他なりませんでした。はっきりしたメカニズムがわからないままどんどん伸びていくカテナン。それに協働的に比例して募る私の焦り。そんなさなか、研究室の別のプロジェクトで、超分子ポリマーの2次核形成に関して研究をしてくれていた学生さんの修論が目にとまりました。リングの表面で核形成が起これば、高確率でカテナンができるに違いないと気がついた瞬間です。さらにまた別のプロジェクトで、いろいろな形の超分子ポリマーから、環化して安定なリングだけを取り出すトリッキーな手法が開発されていました。それで、KSコンビに、リングをタネにしてシード実験をしてくれ!と頼みました。結構無茶なお願いだったと思います。この複雑な実験をKSコンビは見事遂行してくれ、リングが存在するとモノマーの超分子重合が起こりやすいことが証明されました。我々のリングは、大親友のNIMS・杉安さんが成し遂げた超分子シード重合(Nat. Chem. 2014, 6, 188)とは異なり、シードに末端がないので、リングの表面でモノマーが核形成しやすくなっていることは間違いありません。さらにタンパク質凝集メカニズムの解析法を適用して核形成過程を精査することで、2次核形成が確固たるものとなりました。

これで完璧!と思ってソーガタさんと論文を推敲していると、推敲すればするほど物足りなさを感じるようになってきました。よくあることです。そこで、カテナンを構成するリングを精製してイギリスの共同研究者に送り、小角中性子/X線散乱測定を行ってもらい、リングの表面がアルキル鎖で覆われ、2次核形成に適していることを示してもらいました。さらに、イタリアの共同研究者にも粗視化MD計算を行ってもらい、リングの表面において核を想定した分子の集まりがエネルギー的に安定化されることを証明してもらいました。もうこれ以上やることはなさそうです。あとは多様な実験結果をいかに論理立てて組み立て、読者に読みやすい形に纏め上げるか、だけでした。(追記:学生のみなさん、実際の研究の流れの通り論文を書いてはいけませんよ笑)

そしていよいよ論文も完成に近づいてきた頃、わが国でも新型コロナウイルスが猛威を振るい始め、ただことではなくなって来ました。ちょっと前までオリンピックまで影響はないだろう、延期などありえないだろう、と思っていたのも束の間、いよいよこれはやばいんじゃないか?と思うようになります。実は前々から、カバーレターにおまじないとして「まさに今年我が国でオリンピックが・・・このナイスなタイミングで本論文を・・・云々」としたためておりました。おまじないのはずが、下手すると「不謹慎な日本人」などと悪印象を与えかねません。ソーガタ決めてよ、いや、センセーが決めてよ。大の大人二人がiMacの前でうだうだしてましたが、神のご加護を!と遂に決心して投稿した1週間後には,案の定オリンピックが延期になってしまいました。あと10日待てば、、、と真剣に後悔しました。

しかしそんなおまじないで一流科学誌が惑わされるはずもありません。論文はしっかり中身を評価していただき、審査員からは身に余る程の高い評価をしていただきました。

今回の研究を振り返ってみると、たとえ原理がわかったとしても、やはりガラスバイアルに分子を注入するというごく簡単な操作でこのような複雑な構造が自発的に組み上がる、という事実が不思議でなりません。今回業者さんにお願いしてナノポリテナンができる動画も作成してもらいましたが、その過程でまだまだ謎が残されていることに気がつきました。これからカテナンの収率向上や分離、さらに特異な光機能などをみていきたいです。また、2次核形成を活用してさらにエキゾチックな分子集合体も構築できると考えていますので、楽しみにしていただければと思います。

奇しくも我々の論文と同じ週に、杉安さんの研究グループのアルキメデス螺旋状の超分子ポリマーがNat. Commun.誌に掲載されました(https://www.nature.com/articles/s41467-020-17356-5)。こちらも美しい構造と緻密なメカニズム解析が提示されており、必見です。オリンピアとアルキメデス。古代ギリシアが超分子ナノトポロジーのカギを握っているのかもしれません。

関連動画

動画1. ポリ[n]カテナン形成イメージ動画

動画2. 矢貝教授インタビュー動画

参考文献

  1. Datta, S.; Kato, Y.; Higashiharaguchi, S.; Aratsu, K.; Isobe, A.; Saito, T.; Prabhu, D. D.; Kitamoto, Y.; Hollamby, M. J.; Smith, A. J.; Dalgleish, R.; Mahmoud, N.; Pesce, L.; Perego, C.; Pavan, G. M.; Yagai, S.  Nature 2020, 583, 400–405. DOI: 10.1038/s41586-020-2445-z.
  2. Amabilino, D. B.; Ashton, P, R.; Reder, A. S.; Spencer, N.; Stoddart, J. F. Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1994, 33, 1286-1290. DOI: 10.1002/ange.19941061212
  3. Dietrich-Buchecker, C. O., Sauvage, J. P. & Kintzinger, J. P. Tetrahedron. Lett. 1983, 24, 5095–5098.
  4. Prabhu, D. D.; Aratsu, K.; Kitamoto, Y.; Ouchi, H.; Ohba, T.; Hollamby, M. J.; Shimizu, N.; Takagi, H.; Haruki, R.; Adachi, S.; Yagai, S.  Sci. Adv. 2018, 4 (9), 1–9. DOI: 10.1126/sciadv.aat8466.
  5. Törnquist, M.; Michaels, T. C. T.; Sanagavarapu, K.; Yang, X.; Meisl, G.; Cohen, S. I. A.; Knowles, T. P. J.; Linse, S. Chem. Commun. 2018, 54 (63), 8667–8684. DOI: 10.1039/c8cc02204f.
  6. Suzuki, A.; Aratsu, K.; Datta, S.; Shimizu, N.; Takagi, H.; Haruki, R.; Adachi, S. I.; Hollamby, M.; Silly, F.; Yagai, S. J. Am. Chem. Soc. 2019, 141 (33), 13196–13202. DOI: 10.1021/jacs.9b06029.
  7. Yagai, S.; Kitamoto, Y.; Datta, S.; Adhikari, B. Acc. Chem. Res. 2019. 52, 1325. DOI: 10.1021/acs.accounts.8b00660.
  8. Wu, Q.; Rauscher, P. M.; Lang, X.; Wojtecki, R.J.; Pablo, J. J.; Hore, M. J. A.; Rowan, S. J. Science 2017 358, 1434–1439 DOI: 10.1126/science.aap7675

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Maitotoxin

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学生。高分子合成専門。低分子・高分子を問わず、分子レベルでの創作が好きです。構造が格好よければ全て良し。生物学的・材料学的応用に繋がれば尚良し。Maitotoxinの全合成を待ち望んでいます。

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