化学の中で酸化還元反応というのは非常によく出てくるトピックであり、高校でも水の電気分解から電気化学系列などの基礎的事項も紹介されています。最新の研究においても、酸化還元反応による分子変換、光電気と化学結合のエネルギー変換から分子の微小量検出等といった形で、電気化学者、分析化学者、物理化学者、材料科学者に非常に親しまれています。昨年のノーベル化学賞に輝いたリチウムイオン電池は記憶に新しいところかと思います。一方でもっぱら合成化学者には「CV」と呼ばれ続けています。私見ですが、電気化学の教科書を開いたときに、電気化学ポテンシャル、電気二重層、溶媒和など数式ばかりで教科書からみると電気化学は難しい!!!というのがたまにキズです。そんな学問的な難解さからほとしれず、実はポテンショスタットと電極を用意してしまうだけで何かしらできてしまうという意味では本来ハードルは低いのです。
というわけで、電気化学を専門としない方向けに、何回かに分けて、実用的な電気化学とその概念から紹介していければと思います。
歴史
電気化学の歴史的には非常に古く、1781年のGalvaniらによるキチガイじみてるカエルの脚が動いたという実験(動物電気説)を契機にVoltaらの電池の発明がされ、Carlisle、Nicholsonが初期の電池を利用して水の電気分解に成功し、化学結合のエネルギーを電気エネルギーとして取り出すことに成功しました。一方でDavyらは19世紀初頭にはK、Na、Mg、Ca、Sr、Baなどと言った元素の発見に電気分解が利用されたという背景もあり、電気エネルギーを化学結合のエネルギーとして利用することにより未知の物質を発見することに成功しています。後にFaradayが化学反応において電子は数えることができるということを電気分解の法則として提案され、数えることができる電子の概念が提案されてきました。
有機化学とも歴史は古く1848年のKolbeらによる脱炭酸によるラジカル二量化、硫酸水溶液中におけるTafel転移等といった反応が知られています(Fig.1)。近年の産業プロセスにおいてもフルオロアルカンの合成はHF中でのアルカンの酸化反応がプロセスとして知られていますし、最近では吉田らによるカチオンプール法や、光レドックス触媒などの分子系が多く知られていて、研究されてきています。化学反応を考えるうえで、重要なのは電気化学系によって酸化試薬や還元試薬を使わなくても良い点です。有機合成でよく使われるCANやアルカリ金属などの試薬においては(疑)均一系での反応なので反応条件の調整に手間がかかりますが、電気化学反応であれば電極を使って電位制御するだけで(時間はかかりますが)反応を起こせます。物質の酸化還元電位などの分析手段としての利用のみならず、酸化還元反応や分子変換に使えるというところは強調しておきたいところです。
電気化学測定とは何をみているのか?
電気化学測定は電気化学電位を規定した上で、電位を負(還元側)あるいは正(酸化側)に掃引した際に、電子の移動(電流値)を観測します。酸化反応と還元反応を分けることができ、電子の関わる反応(半反応)を観測します。熱力学的なエネルギー(電位)制御のもと電子移動速度(電流)を観測でき、分子の拡散定数を考慮した上で理解できるという点においては非常にパワフルな手段です。
難しいことを言っているように聞こえますが、電池と電極と溶液を用意すれば酸化反応と還元反応を起こすことができます。水の電気分解を想像してもらえればいいと思いますが、実際に2つ鉛筆の芯を用意し、単三電池を2本直列につないで、水道水につけると水素と酸素がだいたい2:1の比率で出てきます。電流値は電位差に依存するので、電池の数を1本、2本、3本と増やしていくことで、電位差(電圧)が増大するので電流値を増やしていくことができます。電池の本数は電位の差に相当し、出てきた気体の量は流れた電荷量に比例します。この電池に相当するところを厳密に制御できるところをポテンショスタット(CV装置とか言われたりしますが。。。)と呼ばれ、電極での反応性は電極の種類によって変えることができます。
結局何が必要なの?
電極とポテンショスタットとサンプルです。電極は3つ、電解質溶液1つ、装置1つ、PC1つ、コンセントが最低限必要という感じです。窒素ガスなどあると役に立つ場合が多いです。
予算はものによりけりですが、ポテンショスタットは100万円程度、電極は10万円程度あれば、基本的には準備することができます。
企業の宣伝ではないのですが、日本では東陽テクニカや北斗電工、BASなどから装置を購入することができます。一方で電極に関しては純度の高いものは田中貴金属工業などの金の会社から、モノタロウで購入できるレベルまで様々にあります。
サンプル量:分子の量は1 mM程度あれば検出はほぼできます。ただし溶媒の電位窓に依存します。他の記事にて各予定ですが、サイクリックボルタンメトリーだけでなく、クロノアンペロメトリーやパルスボルタンメトリーなどを利用することにより検出感度の向上ができる場合があります。
溶媒:興味のある溶媒なら大体なんでも大丈夫です。ただし溶媒ごとに電位窓と呼ばれる安定に測定可能な範囲があるので、必要に応じて変える必要があります。水溶液は水素発生、酸素発生の反応が進行するために(2H+ + 2e– → H2、2H2O → O2 + 4H+ + 4e–)、電位窓が狭いです。それぞれ酸化反応と還元反応の半反応で描けるので、溶媒が酸化されやすければ見たい物質の酸化反応は溶媒分子の酸化反応に対して相対的に少ないため、酸化反応は見えにくいです。これらの理由から近年では分析的な利用においてイオン液体など利用されてきていますが、実はイオン液体への物質の溶解性がそれほど知られていないのと、水への潮解性の関連からまだまだ発展されてきていません。
電解質:電子を流すための保証電荷として、溶液系でイオンを流すための電解質が必要です。有機系であれば、TBAPF6(tetrabutylammonium hexafluorophosphate)、合成的には大変ですが、Ph4P Ph4B(tetraphenylphosphonium tetraphenylborate)があれば、できます。水溶液ではなど、NaClO4などの相互作用しにくい電解質が好まれますが、電極への吸着や化学反応に関与しなければ多くの用途において問題なしとされています。実際に触媒反応プロセスにおいては局所的なpHが変わってしまうために緩衝溶液を電解質として利用することが好まれます。
気体雰囲気:基本はAr雰囲気下での計測が多いです。例えば空気中で測定を行うと、酸素の還元電流(O2+e–→O2–や2H+ + O2 + 2e– → H2O2)などが観測されてしまいます。有機溶媒系では水蒸気に由来した水の還元電流なども観測される場合があるので注意が必要です。
作用極(Working electrode):電位を変化させ、電流を観測する電極。主役です。安価で反応性の低いグラッシーカーボン電極から、Pt電極など多種多様な電極での測定が可能です。半導体電極を利用することで光電気化学測定をすることもできます。分析的な観点から作用極の面積は比較的狭いほうが良いとされていますが、電極面積を増やせば電流が増えるので電解反応においては高表面積の電極が利用されます。
参照極(Reference electrode):作用極を電位操作するときの電位の基準です。よく使われるのはAg/Ag+(有機溶媒)、Ag/AgCl | KCl(水溶液)など。次の記事にて詳しく話をします。
対極(Counter electrode):作用極で酸化反応を行った際には還元反応、還元反応を行った際には酸化反応を行う電極であり、系全体の電荷保証のために必要です。対極の電位は厳密には制御されていないので、電極の酸化溶出・還元溶出を防ぐためにも作用極より数倍以上広い面積をもつ電極がよく利用されます。反応性および安定性の観点からPt電極が多用されます。
実際の測定系はどうなのか?
例えば、参考文献2においては、簡便な反応セルを実際に示してあります。電極の面積が広ければ広いほど電流は流れるので、早く反応を起こすことができます。ただ本当は溶液抵抗が大きくなってしまうので、電場勾配の不均一性が生じて、反応の生成物にばらつきが生じます。多分。
溶液だけではなくて電極の表面構造に特に興味がある人達は単結晶電極を利用して電気化学計測をしたりします。Clavilier法とも呼ばれますが、金属電極を融解、再結晶に寄る配向をさせた上で、ある結晶面を研磨させるという手法により単結晶面を用意し、表面張力により単結晶面のみを電解質水溶液と接触させることにより、電極の面指数に依存した電極の反応性に関して検討することができます。また電極表面には自己組織化単分子膜などの手法を利用することにより、興味ある分子を担持することもできます。これにより溶液中に偶然ある分子ではなく、表面に存在する分子に電子を受け渡し化学結合の開裂再結合などの触媒過程を誘起させることもできます。Fig.2の実験系の粗さ(笑)からするととてもではないが同じ分野とは思えません笑
結局何が言いたいの?
電子のエネルギーを規定して、電子の動きを観測する手段であり、理解することで化学の幅が広がります!そして意外と実験系の構築が簡単!
ざっと書いていきましたが、電位や測定方法などに関して紹介していく予定ですので、次回は酸化還元電位とpKaの関係性について話します!
参考文献
- N. G. Connelly, and W. E. Geiger, Chem. Rev., 1996, 96 (2), 877–910. DOI: 10.1021/cr940053x
- P. S. Baran et al., Nature 2015 doi:10.1038/nature17431
- M. Koper et al., Nature Chemistry 4, 177–182. (2012) DOI: 10.1038/nchem.1221