[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

アレノフィルを用いるアレーンオキシドとオキセピンの合成

[スポンサーリンク]

脱芳香族化を伴う直接的な酸化により芳香族化合物からアレーンオキシドとオキセピンを合成する手法が開発された。温和な条件で進行し、不安定なアレーンオキシドが得られる。

アレーンの酸化反応

哺乳類や真菌の生体内において、芳香族化合物は酸化酵素によりアレーンオキシドへと代謝される(図1A)[1]。アレーンオキシドはオキセピンと原子価互変異性の関係にある。また、1,2-ヒドリド転位により容易にフェノールへ変換される(NIHシフト)。アレーンオキシドと種々の求核剤との反応で生成するtrans-ジヒドロジオール誘導体は、一次、二次代謝産物の生合成や薬物代謝に関わる前駆体である。特異な化学的性質のみならず、その生物学的な重要性から、アレーンオキシドの化学合成はこれまで数々の試みがなされてきた。
しかし、アレーンオキシドの合成法は限られている(図1B)。代表的な合成法は、Birch還元または細菌の酸化酵素を用いたジヒドロキシル化によって脱芳香族化し、その後数工程の変換によってアレーンオキシドへと導く手法である[2]。一方、オキセピンの合成法も少なく、フタルアルデヒドの増炭反応または7-オキサベンゾノルボルナジエンの光異性化による合成が報告されている[3,4]。しかし、アレーンの直接エポキシ化によるアレーンオキシドおよびオキセピンの合成は未だ発展途上である。
本論文著者であるイリノイ大学のSarlah助教授らは、2016年にアレノフィルを用いたアレーンの脱芳香族化反応を報告した(図1C)[5,6]
可視光照射下、MTADとアレーンとの[4+2]付加環化反応が進行する。得られた脱芳香族化体は、オスミウム酸化やジイミド還元、Pd触媒を用いた1,4-カルボアミノ化を経て種々の脂環式化合物へ誘導が可能である。今回、著者らは同様の脱芳香族化反応とMn触媒によるエポキシ化反応を用いて、アレーンオキシドおよび3-ベンゾキセピンの合成に成功した(図1D)。本反応はヘテロアレーンにおいても反応が進行する。

図1. (A) 代謝におけるアレーン酸化 (B) アレーンオキシド・オキセピンの合成 (C) 著者の先行研究 (D) 今回の反応

Chemical Equivalent of Arene Monooxygenases: Dearomative Synthesis of Arene Oxides and Oxepines

Siddiqi, Z.; Wertjes, W. C.; Sarlah, D. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 10125–10131.

DOI: 10.1021/jacs.0c02724

論文著者の紹介


研究者:David Sarlah
研究者の経歴:
–2006 BSc, University of Ljubljana, Slovenia (Prof. Roman Jerala)
2006–2011 Ph.D, The Scripps Research Institute, USA (Prof. K. C. Nicolaou)
2011–2014 Postdoc, ETH, Switzerland (Prof. Erick M. Carreira)
2014– Assistant Professor at University of Illinois, Urbana-Champaign, USA
研究内容:天然物合成、ケミカルバイオロジー、脱芳香族化反応の開発

論文の概要

本反応は次の機構で進行する(図2A)。アレーン1としてベンゼン誘導体を用いた場合、MTAD(2)存在下、可視光照射により[4+2]付加環化反応が進行する。続いて、Mn(ClO4)2および1,10-フェナントロリン、過酢酸を作用させ、エポキシド3が得られる。3に水酸化カリウムを作用させ、ウラゾール部位を加水分解することで環状セミカルバジド中間体4に導き、Ni2O3によるセミカルバジドの脱離を経てアレーンオキシド5を与える。本反応は、ベンゼン(5a)やtert-ブチルベンゼン(5b)に適用可能であった。また、電子不足なベンゼン誘導体の付加環化反応は進行しないが、オルトエステル(5c)から所望の生成物に導くことができた。
また、1に多環式アレーンを用いた場合、同様の三工程の変換により3-ベンゾキセピン6を与える。ただし、エポキシ化の配位子にはピコリン酸を用いる必要があった。また、6は酸素に安定であるため、セミカルバジドの脱離において酸素を酸化剤として利用することができた。本反応は、無置換または電子求引基を有するナフタレン(6a,6b)に適用可能であった。また、フェナントレン(6c)は両端の芳香環が酸化される一方、フェニルナフタレン(6d)はナフタレン環が選択的に酸化された。ヘテロアレーン(6e)に対しても反応が進行した。なお、56は誘導化が可能である(図2B)。

図2. (A) アレーンオキシド・オキセピンの合成 (B) 誘導化

以上、アレーンオキシドとオキセピンの新規合成法が開発された。本手法は、合成中間体の有用な構築法としての利用が期待される。

 

Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. がんをスナイプするフェロセン誘導体
  2. 超多剤耐性結核の新しい治療法が 米国政府の承認を取得
  3. 結晶データの登録・検索サービス(Access Structure…
  4. 還元的にアルケンを炭素官能基で修飾する
  5. 陶磁器釉の構造入門-ケイ酸、アルカリ金属に注目-
  6. (+)-フロンドシンBの超短工程合成
  7. 荷電π電子系の近接積層に起因した電子・光物性の制御
  8. Nature Chemistry:Research Highli…

注目情報

ピックアップ記事

  1. 後発医薬品、相次ぎ発売・特許切れ好機に
  2. 研究内容を「ダンス」で表現するコンテスト Dance Your Ph.D.
  3. 有機フッ素化合物の新しいビルドアップ構築法 ~硫黄官能基が導く逐次的分子変換~
  4. 甘草は虫歯を予防する?!
  5. The Journal of Unpublished Chemistry
  6. 【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし
  7. スナップタグ SNAP-tag
  8. 第45回「天然物合成化学の新展開を目指して」大栗博毅教授
  9. BASFとはどんな会社?-2
  10. 有機合成化学協会誌2018年2月号:全アリール置換芳香族化合物・ペルフルオロアルキル化・ビアリール型人工アミノ酸・キラルグアニジン触媒・[1,2]-ホスファ-ブルック転位

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年8月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

注目情報

最新記事

人工光合成の方法で有機合成反応を実現

第653回のスポットライトリサーチは、名古屋大学 学際統合物質科学研究機構 野依特別研究室 (斎藤研…

乙卯研究所 2025年度下期 研究員募集

乙卯研究所とは乙卯研究所は、1915年の設立以来、広く薬学の研究を行うことを主要事業とし、その研…

次世代の二次元物質 遷移金属ダイカルコゲナイド

ムーアの法則の限界と二次元半導体現代の半導体デバイス産業では、作製時の低コスト化や動作速度向上、…

日本化学連合シンポジウム 「海」- 化学はどこに向かうのか –

日本化学連合では、継続性のあるシリーズ型のシンポジウムの開催を企画していくことに…

【スポットライトリサーチ】汎用金属粉を使ってアンモニアが合成できたはなし

Tshozoです。 今回はおなじみ、東京大学大学院 西林研究室からの研究成果紹介(第652回スポ…

第11回 野依フォーラム若手育成塾

野依フォーラム若手育成塾について野依フォーラム若手育成塾では、国際企業に通用するリーダー…

第12回慶應有機化学若手シンポジウム

概要主催:慶應有機化学若手シンポジウム実行委員会共催:慶應義塾大学理工学部・…

新たな有用活性天然物はどのように見つけてくるのか~新規抗真菌剤mandimycinの発見~

こんにちは!熊葛です.天然物は複雑な構造と有用な活性を有することから多くの化学者を魅了し,創薬に貢献…

創薬懇話会2025 in 大津

日時2025年6月19日(木)~6月20日(金)宿泊型セミナー会場ホテル…

理研の研究者が考える未来のバイオ技術とは?

bergです。昨今、環境問題や資源問題の関心の高まりから人工酵素や微生物を利用した化学合成やバイオテ…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー