第264回のスポットライトリサーチは、高野 秀明 博士にお願いしました。
多環式芳香族炭化水素(PAH)は近年様々な角度からの研究が進められている、世界中でホットな研究トピックです。これを光学活性な形に出来れば円偏光発光(CPL)などをもとにした3Dディスプレイなどへの応用が期待できます。こういった光学活性PAHの不斉合成は困難な課題ですが、C-C活性化触媒系を用いてあっと驚く経路で達成したというのが今回の成果です。この成果は早稲田大学 先進理工学部(柴田研究室)で行われ、J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。また、Cover Pictureとして見事採用される栄誉にも輝いています。
“Catalytic Enantioselective Synthesis of Axially Chiral Polycyclic Aromatic Hydrocarbons (PAHs) via Regioselective C–C Bond Activation of Biphenylenes”
Takano, H.; Shiozawa, N.; Imai, Y.; Kanyiva, K. S.; Shibata, T. J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 4714–4722. doi:10.1021/jacs.9b12205
研究室を主宰されている柴田高範 教授から、高野さんについて以下のコメントを頂いています。高野さんは博士号取得後、現在は北海道大学 化学反応創成研究拠点(ICReDD)で博士研究員として勤務され、新たなキャリアを歩まれています。前途洋々な若手のインタビューをお楽しみください!
髙野くんは、学部の頃よりニックネームが「ミスター」であり、研究室でも、6年間「ミスター」(さん)として、先輩、同輩、後輩から慕われました。彼の面目躍如の活躍は、正に「ミスター」の名に相応しく、研究室を先導(良い意味で「扇動」)し続けました。常に発される髙野くんの(有機)化学大好きオーラに周りは圧倒され、そして励まされて、研究に行き詰まって苦しい時も笑顔を絶やさず、次の実験に向かう姿に、研究者として高い潜在性を感じます。
3月に無事「ドクター」になりましたが、今後も、「有機化学」そして「化学」界の「ミスター」としての活躍を期待します。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
従来、らせん不斉を有する多環芳香族炭化水素(PAHs)の触媒的不斉合成は知られていましたが、軸不斉PAHsの触媒的不斉合成はほとんど報告されていませんでした。その理由は、一般的な軸不斉創製では基質のヘテロ原子と触媒の相互作用を利用するのに対し、炭素と水素のみからなる軸不斉PAHs合成ではその相互作用を利用できないからです。
そこで今回我々は、そこで今回我々は、分子内に配向基かつ反応部位として機能するアルキン部位を有するビフェニレン誘導体をキラルロジウム触媒存在下反応させることで、ビフェニレンの立体的に混み合ったC-C結合の切断を伴う軸不斉PAHsの高エナンチオ選択的合成を達成しました。また、複数の反応部位を有する連続反応へ応用することでベンゼン環が9つ縮環した軸不斉化合物の高エナンチオ選択的合成を達成しました。
さらに、得られた軸不斉PAHsは有機分子としては比較的大きなCPL特性を有していることも明らかとなりました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
最も思い入れがあるのは、連続反応による高次に縮環した光学活性PAHsのワンポット合成です。複雑な炭素骨格が一気に組み上がる格好良さから、研究の初期段階から連続反応の達成を最終目標としており、効率のいい原料合成法をいつも考えていました。結果的としては、市販のn-BuLiを濃縮するというトリッキーな合成法を駆使して、連続反応の基質であるビフェニレン誘導体の合成に成功しました。そして、最適条件下反応を行ったところ、非常に高い収率で所望の多環式化合物が得られました。得られた生成物をHPLCで分析した際、キレイなone peakのチャートを目にしたときの感動はひとしおでした。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
高エナンチオ選択性の実現のための条件検討に最も苦労しました。所望の反応自体はすぐに進行しましたが、よく使われる不斉配位子であるBINAP系配位子や先行研究で用いたNHC配位子などでは十分なエナンチオ選択性を達成できず、低から中程度のeeのデータが積み重なるだけでした。その中で、たまたま研究室にあったHayashiジエン配位子(R,R)-Ph-bodを使ってみたところ、明らかに他の配位子とはエナンチオ選択性に違いが見られました。最終的には当時B4の塩澤さん(現M2)の丁寧な条件検討のおかげで、非常に高い収率とeeを実現できました。配位子合成の原料が不安定であったり、在庫が欠品してしまったりと本筋ではないハプニングも色々ありましたが、そこに関しても塩澤さんが粘り強く対応してくれたお陰で、質の高いデータを揃えることができまました。本当に感謝しかありません。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
これからの時代の有機化学は、様々な科学との融合研究が不可欠だと考えています。特に近年では機械学習などのコンピューター関連技術との融合が増えてきており、有機化学も新たな局面を迎えつつあると感じています。私自身も自分が今まで培ってきた反応開発に関する知識と知恵に加え、計算科学や情報科学を最大限に活用し、誰も想像しないような新反応の開発をしたいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでいただきありがとうございます。現在は北海道大学に場所を変え、博士研究員として新たな研究にチャレンジしています。研究者としてまだまだ新米ですので、学会等でお会いできる機会がありましたら是非お声掛けください。
最後になりましたが、本研究に関して多くのご指導をしていただきました柴田高範教授、Kyalo Stephen Kanyiva准教授、CPL測定に関して共同研究をしてくださった今井喜胤教授(近畿大学)にこの場を借りて感謝申し上げます。また、プロジェクトを一緒に進めてくださった塩澤さんをはじめ、柴田研究室の学生の皆様や協力してくださった方々にも感謝いたします。
研究者の略歴
名前:髙野 秀明
研究テーマ: AFIR法を用いた新規反応開発
2015年3月 早稲田大学 先進理工学部 化学・生命化学科 卒業
2017年3月 早稲田大学大学院 先進理工学研究科 化学・生命化学専攻 博士前期課程 修了 (柴田研究室)
2018年4月-2019年3月 日本学術振興会 若手研究者海外挑戦プログラム (受入研究者 Dr. Robert J. Phipps, University of Cambridge)
2018年4月-2020年3月 日本学術振興会 特別研究員(DC2)
2020年3月 早稲田大学大学院 先進理工学研究科 化学・生命化学専攻 博士後期課程 修了 (柴田研究室)
2020年3月 博士(理学)取得
2020年4月~ 北海道大学 化学反応創成研究拠点(ICReDD) 博士研究員