[スポンサーリンク]

一般的な話題

化学者のためのエレクトロニクス入門② ~電子回路の製造工程編~

[スポンサーリンク]

bergです。さて、前回は日々微細化を遂げる電子回路の歴史についてご紹介しました。二回目の今回は、半導体とプリント基板の2つの部位に分けてその製造工程を詳しく見ていきます。

半導体の仕組み

まずは電子機器の機能の要となる半導体集積回路について、その動作原理をおさらいしましょう。現在使われている半導体素子の多くは、シリコン(まれにゲルマニウム)にリンやヒ素をドープしたn型半導体と、ホウ素やアルミニウムをドープしたp型半導体とを接触させる(pn接合)ことで動作します(金属と半導体のShottky接合などを利用した例外もあります)。

最も単純な例がダイオードです。ダイオードはn型半導体とp型半導体を直接接合しただけの素子ですが、それぞれの電子と正孔が再結合する順方向(n側が負電圧)にしか電流を通さない整流作用を持ちます。再結合時のエネルギーを光として放出するのがLEDです。

diode

ダイオード:一方向にのみ電流を流します

演算を行う上で最も基礎となるのがトランジスタです。二つのn型[p型]半導体の間に極めて薄いp型[n型]半導体を挟んだ構造で、単に両端(図のE:エミッタとC:コレクタ)に電圧をかけただけでは電流は流れません。しかし、間のp型[n型]半導体にB:ベースがEに対して正[負]になるように電圧を加えると、Eから電子がBに流入し、大部分は勢い余ってそのままCまで流れます。すなわち、Cに流れる電流はB電流の関数であり、B電流でC電流を制御、あるいはB電流を増幅してC電流を得ることが可能となります。

transistor

トランジスタ:信号の増幅や制御ができます

このように半導体素子(能動素子)は、供給された電力の消費・蓄積・放出しかできない抵抗・コンデンサ・コイル(受動素子)とは本質的に異なります。このトランジスタ2つから1 bitの情報を保持するフリップフロップ回路を構築でき、これがCPUの論理演算の根幹をなします。

LSIの製造工程

半導体集積回路のことをIC、そのうち集積度の高いものをLSIと呼びます。まず、半導体の原料となる高純度のシリコンインゴットを薄い円盤状に加工して、ウエハを製造します。ウエハには99.999999999%(イレブンナイン)という極めて高い純度が要求されます。

wafer

シリコンウエハ(画像:flickr

続いて、ウエハ表面に高温で酸化膜(絶縁体)を成長させ、その上にパターンを形成します。微細なパターンを設計図(フォトマスク)通り精巧に転写する技術はリソグラフィと呼ばれ、ここで感光材料のフォトレジストが活躍します。

フォトレジストは後のエッチングに耐えてウエハ表面を保護する役割があり、紫外線や電子線の照射部位が不溶化するネガ型と、可溶化するポジ型に大別されます。ウエハを高速回転させながらフォトレジストで覆い(スピンコート)、パターンの原本であるフォトマスクを通して露光します。その後、現像液で処理することで不要なレジストは除かれ、ウエハ表面に所望のレジストパターンが形成されます。

spincoat

スピンコート(画像:wikipedia

続く工程のエッチングではレジストに保護されていない表面を溶かしてシリコンを露出されます。その後のイオン注入によって所定の不純物をドープすることで、n型、p型の半導体となります。

最後に配線と電極を形成します。フォトマスクと紫外線などを用いて酸化膜にコンタクトホールを設け、その空孔内にめっきにより金属を埋め込むことで、周囲との電気的接続を確保します。これらの工程を繰り返し行うことで、素子間の配線層を積み重ねてLSIとしての機能が完成します。ウエハから必要部分を切り出し(ダイ)、パッケージに封止されてチップとして出荷されます。

chip

半導体チップ(画像:pixabay

プリント基板の製造工程

プリント基板の製造においても微細加工が鍵となります。その手法には何通りかありますが、ここでは多層基板製造の代表的な工程を示します。

まず、大本となる銅張積層板はエポキシ樹脂などの絶縁体に銅箔を均一に貼り合わせたものです。これにドライフィルムを貼り付けます。ドライフィルムは半導体製造で使われたフォトレジストと同様に、紫外線照射で可溶化、または不溶化する性質があるため、パターンを正確に形成できます。

続いてエッチングにより不要な銅箔を溶かして配線を形成します(サブストラクティブ法の場合。近年ではドライフィルムのない部分に銅を埋め込むアディティブ法で高価な銅を節約するのが主流になりつつあります。)。その後不要となったフィルムは除かれます。

こうしてできた内層基板の両面に、外層となる銅張積層板を圧着し、同様にパターン形成します。これを所望の枚数分繰り返します。貼り付けにはプリプレグと呼ばれる半硬化状態の熱硬化樹脂が用いられます。

必要な層が完成すると、素子の端子を挿入するための貫通穴であるスルーホールや層間の導通を取るために金属を埋め込むビアなどを作るため、所定位置に微細な穴を開けます。その後、スルーホールの場合は穴の周囲(もしくは壁面)のみ、ビアの場合は穴の内部全体を銅めっきで埋めます。

この時点の基板は、表面の銅が露出しています。これを酸化や、後のはんだ付けから保護するために必要部分をソルダーレジストで覆います。ソルダーレジストは多くの場合緑に着色された膜で、ご覧になったことのある人も多いと思います。基本的な性質は先述のフォトレジストと類似していますが、高温のはんだに耐えるための耐熱性も兼ね備えています。

最後に、はんだ付け性や耐食性の向上を目的にはんだめっき金めっきフラックス塗布などを施し、素子の実装位置を示すマーク等を印刷して完成します。

PCB

完成した基板(画像:Pixabay

基板への素子の実装

こうして製造されたプリント基板上にLSIなどの素子を実装していきます。チップ状の素子は基板表面に載せ、リード線を持つ素子はスルーホールに挿入してはんだ付けを行いまいます。近年でははんだの代わりに異方性導電膜(ACFによる接着も普及しています。これは熱硬化樹脂に金属微粒子を分散させたもので、圧力を加えた方向にのみ導通する優れものです。他にも、金属端子を熱圧着するワイヤボンディングなども用いられています。

circuit

完成した回路(画像:Pixabay

このように、電子回路の製造プロセスは極めて複雑な工程を経ているのがお分かりいただけたかと思います。使用される材料や薬品も多岐にわたり、その中にはフォトレジストのように最終製品には残らない処理剤もあります。これらは高い技術力の結晶とも呼べるもので、一つの記事では細部まで紹介しきれないので今後別途シリーズ化するかもしれません。

というわけで今回も長くなりましたので、このあたりで区切ります。次回はエレクトロニクス産業の関連企業を製品別に、ざっくりと上流から下流にかけてご紹介する予定です。お楽しみに!

関連リンク

グローバルニッチトップ企業の5年後の現状と課題(令和元年6月 経済産業省製造産業局総務課)

関連書籍

[amazonjs asin=”4526066893″ locale=”JP” title=”よくわかるプリント配線板のできるまで”] [amazonjs asin=”406257084X” locale=”JP” title=”図解・わかる電子回路―基礎からDOS/V活用まで (ブルーバックス)”] [amazonjs asin=”4526068144″ locale=”JP” title=”本当に実務に役立つプリント配線板のめっき技術”]
gaming voltammetry

berg

投稿者の記事一覧

化学メーカー勤務。学生時代は有機をかじってました⌬
電気化学、表面処理、エレクトロニクスなど、勉強しながら執筆していく予定です

関連記事

  1. 先端領域に携わりたいという秘めた思い。考えてもいなかったスタート…
  2. 「自分の意見を言える人」がしている3つのこと
  3. 研究者のためのCG作成術②(VESTA編)
  4. 始めよう!3Dプリンターを使った実験器具DIY:準備・お手軽プリ…
  5. Carl Boschの人生 その10
  6. 花粉症対策の基礎知識
  7. 抗体を液滴に濃縮し細胞内へ高速輸送:液-液相分離を活用した抗体の…
  8. 2残基ずつペプチド鎖を伸長できる超高速マイクロフロー合成法を開発…

注目情報

ピックアップ記事

  1. サントリー、ビールの「エグミ物質」解明に成功
  2. Altmetric Score Top 100をふりかえる ~2018年版~
  3. アメリカへ博士号をとりにいく―理系大学院留学奮戦記
  4. バイオマスからブタジエンを生成する新技術を共同開発
  5. ラジカルを活用した新しいケージド化法: アセチルコリン濃度の時空間制御に成功!!
  6. ハネシアン・ヒュラー反応 Hanessian-Hullar Reaction
  7. ノーベル医学生理学賞、米の2氏に
  8. 「イオンで農薬中和」は不当表示・公取委、米販2社に警告
  9. 有機化学の理論―学生の質問に答えるノート
  10. 100 ns以下の超高速でスピン反転を起こす純有機発光材料の設計

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2020年7月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

注目情報

最新記事

硫黄と別れてもリンカーが束縛する!曲がったπ共役分子の構築

紫外光による脱硫反応を利用することで、本来は平面であるはずのペリレンビスイミド骨格を歪ませることに成…

有機合成化学協会誌2024年11月号:英文特集号

有機合成化学協会が発行する有機合成化学協会誌、2024年11月号がオンライン公開されています。…

小型でも妥協なし!幅広い化合物をサチレーションフリーのELSDで検出

UV吸収のない化合物を精製する際、一定量でフラクションをすべて収集し、TLCで呈色試…

第48回ケムステVシンポ「ペプチド創薬のフロントランナーズ」を開催します!

いよいよ本年もあと僅かとなって参りましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。冬…

3つのラジカルを自由自在!アルケンのアリール–アルキル化反応

アルケンの位置選択的なアリール–アルキル化反応が報告された。ラジカルソーティングを用いた三種類のラジ…

【日産化学 26卒/Zoomウェビナー配信!】START your ChemiSTORY あなたの化学をさがす 研究職限定 キャリアマッチングLIVE

3日間で10領域の研究職社員がプレゼンテーション!日産化学の全研究領域を公開する、研…

ミトコンドリア内タンパク質を分解する標的タンパク質分解技術「mitoTPD」の開発

第 631 回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院 生命科学研究科 修士課程2…

永木愛一郎 Aiichiro Nagaki

永木愛一郎(1973年1月23日-)は、日本の化学者である。現在北海道大学大学院理学研究院化学部…

11/16(土)Zoom開催 【10:30~博士課程×女性のキャリア】 【14:00~富士フイルム・レゾナック 女子学生のためのセミナー】

化学系の就職活動を支援する『化学系学生のための就活』からのご案内です。11/16…

KISTEC教育講座『中間水コンセプトによるバイオ・医療材料開発』 ~水・生体環境下で優れた機能を発揮させるための材料・表面・デバイス設計~

 開講期間 令和6年12月10日(火)、11日(水)詳細・お申し込みはこちら2 コースの…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP